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スクール・フェスティバル
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心が空になったような、蒼白な顔でヒナは停止していた。
隣にいたハヤトが「……ヒナ」何か言わなければと口を開いたが、案じる声で名を唱えるだけで、何も出てこない。ヒナの夢と、毎夜のように勉強に励む姿を知っているだけに、ハヤトは正しい励ましの言葉を見つけられなかった。
ハヤトの声に、ヒナは隣の存在を思い出したように顔を上げた。途方に暮れた顔つきで、唇を小さく震わせる。
「……はは、笑える。誰にも愛されてないのに、勝手に夢見て……馬鹿だな? おれ、サクラ先生が消えてくれたら——なんて、ひどいことまで思ったことあるのにさ。……おれが消えるべきだった。……もういっそ、このまま消えたい……」
かさついた声が、屋上の風に攫われた。
ハヤトと目を合わせ、情けなく眉じりを下げて笑うヒナの瞳には、途方もない虚無感が広がっている。
無理に笑ってハヤトから距離を取り、屋上の縁に手を乗せて太陽に目を細めるヒナの頬は引きつっていた。
なんと言えばいいのか——ハヤトが言葉を見つける前に、
「——ヒナ」
静かな声が、その名を呼んだ。
初めて聞く響きに、ヒナの丸い目がサクラを振り返る。
サクラもまたヒナとよく似て、困ったように微笑んでいた。
「私は、君がこの学園に入りたい理由を——私に会いたいのだと、思っていたよ」
「……サクラ先生に……? ……おれが?」
「私の勘違いだったね。会いたいと思っていたどころか——ヒナはずっと、私の存在を疎ましく思っていたんだね?」
くすりと落ちる嘲笑は、どこか悲しげに揺れる。
下の名を交えた、くだけた話し方が。ヒナの胸に奇妙な既視感を与えた。
なにか、聞き覚えがあるような。
とても、聞き慣れたような。
——おかえり、ヒナ。
ふっと霞のように浮かんだ既視感の正体を、ヒナが掴むことはなかった。
「——消えてあげようか?」
ヒナの思考を割り入って問いかけたサクラは、おもむろにヒナの隣まで足を進めると、屋上の縁に手を掛け——ひらり、と。小柄なヒナの胸ほどの高さを、身軽く跳び乗った。
驚くヒナを見下ろし、サクラは笑っている。
「一人息子の私がいなくなれば、櫻屋敷が君を後継ぎに望む可能性は大いにある。私の両親も君に目を掛けているからね……。本当の母親は与えてあげられないが……君が望むなら、私の居場所をあげようか?」
ヒナの見開かれた目を、サクラは心を読み取るように見据えながら、
「君が望めば、櫻屋敷は君を家族として受け入れるつもりでいる。君が消える必要など、どこにもない。……だから、」
——消えたいなんて、言わないで。
「……私があげられるものは、すべて君にあげるよ」
脳裏で聞き知った声が重なったと、ヒナが錯覚したときには、
サクラの体が、屋上の縁から外側へと傾いでいた。
「先生っ!」
焦った悲鳴が高くあがり、引き留めようと身を乗り出したヒナの腕がサクラを掴んだが——
「っ、ヒナ!」
低い声が、鋭く弾けた。
とっさに伸ばしたハヤトの手は、ヒナとの距離を埋めることなく空を切った。
ヒナよりも遥かに重量のあるサクラの体に引っ張られるようにして、ヒナの小さな体も屋上の縁を乗り越え、向こう側へ——
隣にいたハヤトが「……ヒナ」何か言わなければと口を開いたが、案じる声で名を唱えるだけで、何も出てこない。ヒナの夢と、毎夜のように勉強に励む姿を知っているだけに、ハヤトは正しい励ましの言葉を見つけられなかった。
ハヤトの声に、ヒナは隣の存在を思い出したように顔を上げた。途方に暮れた顔つきで、唇を小さく震わせる。
「……はは、笑える。誰にも愛されてないのに、勝手に夢見て……馬鹿だな? おれ、サクラ先生が消えてくれたら——なんて、ひどいことまで思ったことあるのにさ。……おれが消えるべきだった。……もういっそ、このまま消えたい……」
かさついた声が、屋上の風に攫われた。
ハヤトと目を合わせ、情けなく眉じりを下げて笑うヒナの瞳には、途方もない虚無感が広がっている。
無理に笑ってハヤトから距離を取り、屋上の縁に手を乗せて太陽に目を細めるヒナの頬は引きつっていた。
なんと言えばいいのか——ハヤトが言葉を見つける前に、
「——ヒナ」
静かな声が、その名を呼んだ。
初めて聞く響きに、ヒナの丸い目がサクラを振り返る。
サクラもまたヒナとよく似て、困ったように微笑んでいた。
「私は、君がこの学園に入りたい理由を——私に会いたいのだと、思っていたよ」
「……サクラ先生に……? ……おれが?」
「私の勘違いだったね。会いたいと思っていたどころか——ヒナはずっと、私の存在を疎ましく思っていたんだね?」
くすりと落ちる嘲笑は、どこか悲しげに揺れる。
下の名を交えた、くだけた話し方が。ヒナの胸に奇妙な既視感を与えた。
なにか、聞き覚えがあるような。
とても、聞き慣れたような。
——おかえり、ヒナ。
ふっと霞のように浮かんだ既視感の正体を、ヒナが掴むことはなかった。
「——消えてあげようか?」
ヒナの思考を割り入って問いかけたサクラは、おもむろにヒナの隣まで足を進めると、屋上の縁に手を掛け——ひらり、と。小柄なヒナの胸ほどの高さを、身軽く跳び乗った。
驚くヒナを見下ろし、サクラは笑っている。
「一人息子の私がいなくなれば、櫻屋敷が君を後継ぎに望む可能性は大いにある。私の両親も君に目を掛けているからね……。本当の母親は与えてあげられないが……君が望むなら、私の居場所をあげようか?」
ヒナの見開かれた目を、サクラは心を読み取るように見据えながら、
「君が望めば、櫻屋敷は君を家族として受け入れるつもりでいる。君が消える必要など、どこにもない。……だから、」
——消えたいなんて、言わないで。
「……私があげられるものは、すべて君にあげるよ」
脳裏で聞き知った声が重なったと、ヒナが錯覚したときには、
サクラの体が、屋上の縁から外側へと傾いでいた。
「先生っ!」
焦った悲鳴が高くあがり、引き留めようと身を乗り出したヒナの腕がサクラを掴んだが——
「っ、ヒナ!」
低い声が、鋭く弾けた。
とっさに伸ばしたハヤトの手は、ヒナとの距離を埋めることなく空を切った。
ヒナよりも遥かに重量のあるサクラの体に引っ張られるようにして、ヒナの小さな体も屋上の縁を乗り越え、向こう側へ——
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