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嘘の始まりを教えて

Chap.1 Sec.1

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「お兄様がほしい」

 誕生日のお祝いになんでもあげようと約束してくれたお父様は、わたしのシンプルな一言を聞き、困ったように眉根を寄せて沈黙した。

「ネリーもジョゼットも持ってるの。わたしもほしい!」
「うむ……それは、難しいな……」

 ほしいほしいとわめくわたしを、イスに座る父は膝で受け止めながら、あごひげをでつつ傍らに控えていた使用人を振り返った。父が幼き頃からの専属の使用人であり、現在では家令かれい[執事長]である彼を。
 どうしたものかね、といった表情の父に、父よりも年配に見える家令——ゲランは、丸眼鏡を手で押し上げて口を開き、
 
「〈黄金おうごんのろば〉から推薦された者で、首席の少年がおります。お嬢様のメイドとは別に、専属の使用人としてはいかがでしょう」
「若い男など危険ではないか」
「……非常に優秀で、歴代の首席の中でも群を抜いていると聞きます。ご心配は無用かと」
「ふむ……」

 黄金のろば。
 耳にしたことのないワードが聞こえ、大人の会話が何やら自分にとって都合のいいように展開されていることを察し、父の顔を見上げた。

「お兄様! くれるの!」
「ああ、そうだね。兄のように面倒を見てくれるだろう」

 にこやかに笑う父の言葉に、歓声をあげて抱きついた。



 §



 憧れのお兄様が、専属の使用人というかたちで目の前に現れたのは、誕生日の朝だった。

「ほんとうのお兄様じゃない! うそつき!」

 「兄と呼ぶことは禁じる」とことづけたらしい父は、仕事のため祝いの会には来ることができなかった。大好きな父はおらず、欲しいものも裏切られて泣き続けるわたしを、母やメイドたちが持て余していたところ……くだんの人物である少年(14歳と聞いた)は、片膝を折って小さなわたしの前にかがんだ。

「——泣かないでください、お嬢様」

 黒い髪に、グレーの眼。初めて見る組み合わせは、彼をどこか幻のような存在に見せた。おとぎ話のなかにいる、闇の王子様みたいな。
 大人の物よりも小さく仕立てられた燕尾服テールコートに身を包み、幼いわたしへと真摯しんしなまなざしを向け、

わたくしは、貴女の知るどんな兄上よりも、貴女を深く想い、慈しみ、大切にすることを誓います」
「……どんなお兄様よりも?」
「はい」
「……ジョゼットのお兄様は、ピアノを弾いてくれるのよ」
「様々な楽器に精通しております。お嬢様のために、いつでも奏でましょう」
「……ネリーのお兄様は、乗馬を教えてくれるって」
「どれほどの暴れ馬であっても、お嬢様のために手懐てなずけ、安全にお乗せしましょう」
「…………ほんとうに?」
「はい、約束いたします。私はお嬢様を決して裏切りません。兄にはなれなくとも、お嬢様を護る騎士となりましょう」

 使用人にしては若すぎる彼は、細いその体で、女性にも見える繊細な顔を大人のように厳しく律していた。
 歳に不相応なその姿に圧倒されたからか、ようやく止まったわたしの涙の跡を、彼はそっとハンカチでぬぐい、

「お嬢様のそばに……私を、置いていただけますか?」
「……うん」

 こくりとがえんじると、ほっとしたように彼は微笑ほほえんだ。薄い色の眼を優しく細め、唇をあたたかに緩めて。
 ——それが、彼との出会いで、初めての笑顔。
 なのに、

——約束いたします。私はお嬢様を決して裏切りません。

 あのとき貰った言葉は、偽りだったのか。
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