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嘘の始まりを教えて
Chap.1 Sec.2
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——ルネ、とお呼びください。
誕生日に得た最大のプレゼントである彼に、名前は無かった。好きな名を付けていいと言われて、セブ(セバスチャン)にしようかしらと思ったけれど、いまいちピンと来なかったわたしは丸一日ネーミングで頭を使い、熱まで出した。
そんなわたしを見かねて、彼は〈黄金のろば〉で与えられたという名を教えてくれた。それもしっくりくるというほどではなかった。でも、長く使っていた名前のほうが愛着があるだろうと思って、ルネと呼ぶことにしたのだった。
§
「ルネ、約束のピアノを弾いて!」
「仰せのままに、お嬢様」
彼の指は、ピアノを弾くため矯正されたかのように長く、ねだってみせた曲を次々と華麗に奏でていった。
「すごい! ぜんぶ覚えてるの?」
「ええ、有名な楽譜はどれも覚えております」
当時の部屋付きだった家庭教師よりもはるかに高い技術を披露した彼は、その後わたしの許にやってくる家庭教師たちを、外国語・地理や歴史・音楽といった——ありとあらゆる分野で打ち負かしてしまい……舌を巻いた両親は、いさぎよく教育のすべてを彼に託してくれた。
あまりにも優秀な彼は、しかし、わたしが女であることから、知育よりも徳育——心を育むための教育——に注力していたように思う。婚姻を見据えたその配慮が、よりいっそう両親たちの信頼を得たのだろう。
——とはいえ、彼から与えられる知識ですくすくと育ったわたしは、その辺の令嬢よりは口達者だったかもしれない。
「ねぇ、ルネ。人間は生まれながらにして自由であり、権利において平等——なら、わたしでも爵位を継いでいいことにならない?」
「お嬢様には権利がございません」
「どうして? 矛盾してるわ!」
「女性は、社会において特定の層に属しておりません。市民と認められていないのでございます。貴女方の役割は、良き妻であり、良き母であること。現在においては、良き娘であられることでございます」
唇を柔らかく曲げて、優しく微笑むその顔が、魔法の言葉をもってわたしを淑女へと変えていった。反論しようにも、わたしの持つ武器は彼によって与えられた知識なのだから、戦えるはずもなく。いつだって、何も言えずに追い込まれるわたしを見て、
「慎み深いお嬢様を、私はお慕いしておりますよ」
細まるグレーの眼が、愛しい、と。最後の魔法をかけるように、従順なわたしを作りあげていった。
そうして、長らく。
わたしは彼と共に過ごした。
貴族の代わりに台頭していた新興富裕階級の令嬢みたく、寄宿学校へと行くこともなく。彼の手のなかで、雛鳥のように大切に護られながら育っていった。
誕生日に得た最大のプレゼントである彼に、名前は無かった。好きな名を付けていいと言われて、セブ(セバスチャン)にしようかしらと思ったけれど、いまいちピンと来なかったわたしは丸一日ネーミングで頭を使い、熱まで出した。
そんなわたしを見かねて、彼は〈黄金のろば〉で与えられたという名を教えてくれた。それもしっくりくるというほどではなかった。でも、長く使っていた名前のほうが愛着があるだろうと思って、ルネと呼ぶことにしたのだった。
§
「ルネ、約束のピアノを弾いて!」
「仰せのままに、お嬢様」
彼の指は、ピアノを弾くため矯正されたかのように長く、ねだってみせた曲を次々と華麗に奏でていった。
「すごい! ぜんぶ覚えてるの?」
「ええ、有名な楽譜はどれも覚えております」
当時の部屋付きだった家庭教師よりもはるかに高い技術を披露した彼は、その後わたしの許にやってくる家庭教師たちを、外国語・地理や歴史・音楽といった——ありとあらゆる分野で打ち負かしてしまい……舌を巻いた両親は、いさぎよく教育のすべてを彼に託してくれた。
あまりにも優秀な彼は、しかし、わたしが女であることから、知育よりも徳育——心を育むための教育——に注力していたように思う。婚姻を見据えたその配慮が、よりいっそう両親たちの信頼を得たのだろう。
——とはいえ、彼から与えられる知識ですくすくと育ったわたしは、その辺の令嬢よりは口達者だったかもしれない。
「ねぇ、ルネ。人間は生まれながらにして自由であり、権利において平等——なら、わたしでも爵位を継いでいいことにならない?」
「お嬢様には権利がございません」
「どうして? 矛盾してるわ!」
「女性は、社会において特定の層に属しておりません。市民と認められていないのでございます。貴女方の役割は、良き妻であり、良き母であること。現在においては、良き娘であられることでございます」
唇を柔らかく曲げて、優しく微笑むその顔が、魔法の言葉をもってわたしを淑女へと変えていった。反論しようにも、わたしの持つ武器は彼によって与えられた知識なのだから、戦えるはずもなく。いつだって、何も言えずに追い込まれるわたしを見て、
「慎み深いお嬢様を、私はお慕いしておりますよ」
細まるグレーの眼が、愛しい、と。最後の魔法をかけるように、従順なわたしを作りあげていった。
そうして、長らく。
わたしは彼と共に過ごした。
貴族の代わりに台頭していた新興富裕階級の令嬢みたく、寄宿学校へと行くこともなく。彼の手のなかで、雛鳥のように大切に護られながら育っていった。
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