11 / 72
嘘の始まりを教えて
Chap.1 Sec.8
しおりを挟む
灯されていた火が、いつのまにか消えていた。
乱暴な行為が為されたあとの部屋は暗く、外の月明かりのみを頼りに、うっすらと家具の形が分かる程度だった。
自分の頬を流れる涙を、手の甲でぬぐう。泣いている顔を見られずに済んだのはせめてもの救いだが、彼が今どんな顔でいるのかも分からなかった。わらっているのか、何も感じていないのか、あるいは——。
ぎしりとベッドを鳴らして、彼が立ち上がった。黒く長い影が、「念のため言っておくが——」冷たい響きの声を発する。
「俺があの地下室にいたことは、口外するなよ」
どうして。
思うだけで、問う力はなかった。
全身がぎしぎしと軋んでいるように痛い。長く力を入れていたせいか、手脚が悲鳴をあげている。脚の根も、奥も——鈍い痛みがあった。
「誰かに話せば、俺との行為を公の場で暴露させると思え。……未婚の娘が、恥を曝されたらどうなるか——想像できないほど馬鹿じゃないだろ?」
使用人に手を出された娘と、婚姻を望む者などいない——と言いたいのか。
わたしの価値は〈貴族の血〉。由緒ある家柄の、穢れなき処女であること。
「…………隠し立てしたところで、わたしが穢れたことに変わりない。……いつか明るみに出るわ」
「そんなことにはならない。隠蔽の手助けはしてやる。いい子に黙っていれば、な」
「………………」
「残り短い母の人生まで、穢したくないだろ?」
儚げな母の笑顔が、脳裏に浮かんでしまった。
もう、消せない。
黙ったわたしの姿を振り返るように、黒い影が動いた。表情は見えないまま。
「賢明な判断を期待するよ。——おやすみ、従順なお嬢様」
去っていく影を、じっと見ていた。
暗闇に慣れた眼が、彼の顔つきを少しでも捉えないかと——願ったけれど、なにも分からなかった。
同じように、わたしの頬を流れ続ける涙も、彼には分からなかっただろう。
乱暴な行為が為されたあとの部屋は暗く、外の月明かりのみを頼りに、うっすらと家具の形が分かる程度だった。
自分の頬を流れる涙を、手の甲でぬぐう。泣いている顔を見られずに済んだのはせめてもの救いだが、彼が今どんな顔でいるのかも分からなかった。わらっているのか、何も感じていないのか、あるいは——。
ぎしりとベッドを鳴らして、彼が立ち上がった。黒く長い影が、「念のため言っておくが——」冷たい響きの声を発する。
「俺があの地下室にいたことは、口外するなよ」
どうして。
思うだけで、問う力はなかった。
全身がぎしぎしと軋んでいるように痛い。長く力を入れていたせいか、手脚が悲鳴をあげている。脚の根も、奥も——鈍い痛みがあった。
「誰かに話せば、俺との行為を公の場で暴露させると思え。……未婚の娘が、恥を曝されたらどうなるか——想像できないほど馬鹿じゃないだろ?」
使用人に手を出された娘と、婚姻を望む者などいない——と言いたいのか。
わたしの価値は〈貴族の血〉。由緒ある家柄の、穢れなき処女であること。
「…………隠し立てしたところで、わたしが穢れたことに変わりない。……いつか明るみに出るわ」
「そんなことにはならない。隠蔽の手助けはしてやる。いい子に黙っていれば、な」
「………………」
「残り短い母の人生まで、穢したくないだろ?」
儚げな母の笑顔が、脳裏に浮かんでしまった。
もう、消せない。
黙ったわたしの姿を振り返るように、黒い影が動いた。表情は見えないまま。
「賢明な判断を期待するよ。——おやすみ、従順なお嬢様」
去っていく影を、じっと見ていた。
暗闇に慣れた眼が、彼の顔つきを少しでも捉えないかと——願ったけれど、なにも分からなかった。
同じように、わたしの頬を流れ続ける涙も、彼には分からなかっただろう。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
54
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる