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嘘の始まりを教えて

Chap.1 Sec.8

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 ともされていた火が、いつのまにか消えていた。
 乱暴な行為が為されたあとの部屋は暗く、外の月明かりのみを頼りに、うっすらと家具の形が分かる程度だった。

 自分の頬を流れる涙を、手の甲でぬぐう。泣いている顔を見られずに済んだのはせめてもの救いだが、彼が今どんな顔でいるのかも分からなかった。わらっているのか、何も感じていないのか、あるいは——。

 ぎしりとベッドを鳴らして、彼が立ち上がった。黒く長い影が、「念のため言っておくが——」冷たい響きの声を発する。

「俺があの地下室にいたことは、口外するなよ」

 どうして。
 思うだけで、問う力はなかった。
 全身がぎしぎしときしんでいるように痛い。長く力を入れていたせいか、手脚が悲鳴をあげている。脚の根も、奥も——にぶい痛みがあった。

「誰かに話せば、俺との行為を公の場で暴露させると思え。……未婚の娘が、恥をさらされたらどうなるか——想像できないほど馬鹿じゃないだろ?」

 使用人に手を出された娘と、婚姻を望む者などいない——と言いたいのか。
 わたしの価値は〈貴族の血〉。由緒ある家柄の、けがれなき処女おとめであること。

「…………隠し立てしたところで、わたしが穢れたことに変わりない。……いつか明るみに出るわ」
「そんなことにはならない。隠蔽いんぺいの手助けはしてやる。いい子に黙っていれば、な」
「………………」
母の人生まで、穢したくないだろ?」

 はかなげな母の笑顔が、脳裏のうりに浮かんでしまった。
 もう、消せない。

 黙ったわたしの姿を振り返るように、黒い影が動いた。表情は見えないまま。

「賢明な判断を期待するよ。——おやすみ、従順なお嬢様」

 去っていく影を、じっと見ていた。
 暗闇に慣れた眼が、彼の顔つきを少しでも捉えないかと——願ったけれど、なにも分からなかった。
 同じように、わたしの頬を流れ続ける涙も、彼には分からなかっただろう。
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