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囚われの蝶々
Chap.2 Sec.1
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明るい陽光に包まれた食卓を、久しぶりに家族で囲んでいた。
父と母。給仕のためのメイドがいるのは普段どおりだが、ルネが控えているのは珍しかった。彼は父の傍らで報告をしていた。父の居ないあいだの屋敷についてではなく、わたしの素行についてだった。
「そうか、人並みにダンスができるようになったか!」
明るい表情を浮かべる父とは対照的に、わたしは粛々と口を動かしている。
父のそば、母が口を開いた。
「あら、違うわよ。この子は本当は上手なのだから……知らない殿方と踊るのが、苦手なのよ。緊張してしまうのよ……ねぇ?」
わたしに尋ねる顔は、頬の肉が落ちて青白い。さらに痩せたのではないか……心配する気持ちを隠して、唇を曲げてみせた。
「そうなの。でも……だいぶ緊張もしなくなったわ」
「それは成長したわね。あなたくらいの頃は、わたしも緊張で胸がいっぱいだったわ。どんな相手と踊ったか、すこしも覚えていないもの」
「それは、お父様と出会ったからでしょ? お母様は、お父様のことしか見えていなかったんだから……端からほかのひとなんて頭に入っていないのよ」
「あら……よく知っているわね?」
この会話は初めてじゃない。父と母の物語など、無限にくり返されている。——でも、最近の母の記憶からは抜けがちだった。父との思い出を忘れるのではなく、それをわたしに話したかどうか、分からなくなっている。
驚く母の丸い目に、笑顔を返した。
「お父様のどこが素敵だったの? 教えて、お母様」
「そうねぇ……」
母の瞳が、父を映す。父は困ったような顔をしている。
「本人のいないところで話してもらえないかね?」
そのとおりだけれど、父が母といない時間など、ここ最近はない。父は母のそばを離れない。可能なかぎり、一番近くにいようとしている。
「今ではこんなにふっくらしてるけれど……当時はとってもスリムでね。くりっとした眼と、はにかんだときの目許のしわが可愛くて……あのとき——紹介されたときに、一目で恋に落ちていたのよ。このひとが、わたしの王子様に違いないわ、一生を共にする相手だわ——と」
夢みる少女のように微笑む母の目には、きっとそのときの父が映っているのだろう。困り顔だった父の頬は、かすかに赤みを帯びていた。傍らにいるルネの表情は、人形のような微笑で止まっているが——ふと、わたしの視線に気づいて、クスリと笑みを深めてみせた。
胸が高鳴った気がするのは、勘違いだ。あるいは、恐怖だと思いたい。
「……お父様、そういえば、ゲランさんはどうしたの? 帰ってきてから、一度も見かけてないわ」
「ああ、休みを与えたんだ。視察に長く付き合ってくれたからな……」
父の言葉に、母が、
「ゲランさんは……今年で、おいくつかしら?」
「私のふたつ上だから、47だよ」
「あまり無理をさせられないわね」
たまに交わされる会話を、前回とまったく同じ言葉で父と母が唱えた。
黙って見つめてしまったわたしに、父が(心配ないよ)と、やわらかく微笑んだ。久しぶりに顔を合わせた娘の表情が重いのは、母の病状を案じているからだと思っている。
ルネには、じつに都合のいいことだろう。
目線を下げて、今日の日程を父と確認している彼の微笑は、すこしも崩れなかった。
父と母。給仕のためのメイドがいるのは普段どおりだが、ルネが控えているのは珍しかった。彼は父の傍らで報告をしていた。父の居ないあいだの屋敷についてではなく、わたしの素行についてだった。
「そうか、人並みにダンスができるようになったか!」
明るい表情を浮かべる父とは対照的に、わたしは粛々と口を動かしている。
父のそば、母が口を開いた。
「あら、違うわよ。この子は本当は上手なのだから……知らない殿方と踊るのが、苦手なのよ。緊張してしまうのよ……ねぇ?」
わたしに尋ねる顔は、頬の肉が落ちて青白い。さらに痩せたのではないか……心配する気持ちを隠して、唇を曲げてみせた。
「そうなの。でも……だいぶ緊張もしなくなったわ」
「それは成長したわね。あなたくらいの頃は、わたしも緊張で胸がいっぱいだったわ。どんな相手と踊ったか、すこしも覚えていないもの」
「それは、お父様と出会ったからでしょ? お母様は、お父様のことしか見えていなかったんだから……端からほかのひとなんて頭に入っていないのよ」
「あら……よく知っているわね?」
この会話は初めてじゃない。父と母の物語など、無限にくり返されている。——でも、最近の母の記憶からは抜けがちだった。父との思い出を忘れるのではなく、それをわたしに話したかどうか、分からなくなっている。
驚く母の丸い目に、笑顔を返した。
「お父様のどこが素敵だったの? 教えて、お母様」
「そうねぇ……」
母の瞳が、父を映す。父は困ったような顔をしている。
「本人のいないところで話してもらえないかね?」
そのとおりだけれど、父が母といない時間など、ここ最近はない。父は母のそばを離れない。可能なかぎり、一番近くにいようとしている。
「今ではこんなにふっくらしてるけれど……当時はとってもスリムでね。くりっとした眼と、はにかんだときの目許のしわが可愛くて……あのとき——紹介されたときに、一目で恋に落ちていたのよ。このひとが、わたしの王子様に違いないわ、一生を共にする相手だわ——と」
夢みる少女のように微笑む母の目には、きっとそのときの父が映っているのだろう。困り顔だった父の頬は、かすかに赤みを帯びていた。傍らにいるルネの表情は、人形のような微笑で止まっているが——ふと、わたしの視線に気づいて、クスリと笑みを深めてみせた。
胸が高鳴った気がするのは、勘違いだ。あるいは、恐怖だと思いたい。
「……お父様、そういえば、ゲランさんはどうしたの? 帰ってきてから、一度も見かけてないわ」
「ああ、休みを与えたんだ。視察に長く付き合ってくれたからな……」
父の言葉に、母が、
「ゲランさんは……今年で、おいくつかしら?」
「私のふたつ上だから、47だよ」
「あまり無理をさせられないわね」
たまに交わされる会話を、前回とまったく同じ言葉で父と母が唱えた。
黙って見つめてしまったわたしに、父が(心配ないよ)と、やわらかく微笑んだ。久しぶりに顔を合わせた娘の表情が重いのは、母の病状を案じているからだと思っている。
ルネには、じつに都合のいいことだろう。
目線を下げて、今日の日程を父と確認している彼の微笑は、すこしも崩れなかった。
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