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Bal masqué

Chap.4 Sec.7

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 帰りの馬車で、思いきって尋ねた。

「デュポン夫人と……何を話していたの?」

 いつものように窓の外を眺めていたルネは、わたしの問い掛けに目を合わせると、吐息を混ぜて答えた。

「——引き抜きでございます」
「……デュポン夫人が、あなたを?」
「ええ、先日のピアノの件で、余計な噂が広まっておりまして。……ダンジュー様のお口添えもあるのでございましょう。デュポン家へ来ないか、と……」
「………………」
「……そのようなお顔をなさらないでください」

 ルネは苦笑すると、すこし懐かしい空気をまとった。

「どこにも行くつもりはございません。お嬢様のそばにります」

 穏やかな響きが、夜色の世界になじんでいく。見つめる先の瞳は外のランプを映し、やわらかに光を帯びている。

——あの使用人とじゃ、結婚はできないぞ。

 フィリップに告げられた事実を思う。
 それは、もちろんそうだろう。そんなことは、彼に恋をした幼き頃から理解している。家のためにも父のためにも、正しい婚姻が要る。

——この家を、必ず守らなくてはならない。

 昔から重くつぶやく父の声は、わたしに向けてというよりも、自分への戒めのようだった。母とのあいだに娘ひとりしか生まれなかったことについて、父なりに責任を覚えて気にしているのか。控えめではあったが、何度も言われている。

——お前に負担をかけて悪いね……。
——あら、平気よ。男の子を産めばいいだけの話でしょう?
——うむ、そうは言うが……。
——何人だって産んでみせるわ。わたしの体はとっても丈夫だもの。嫁いだとしても、あちらと我が家。どちらも継げるよう、最低でも二人は男児を産むのよ!

 父を縛りつける血統のくさりを払ってあげたくて、自信満々に明るく返すのが常だった。
 貴族にとって婚姻は——重い。
 だから、ルネと添い遂げることなど、はじめから夢にも思っていない。
 ただ、

——どこにも行くつもりはございません。お嬢様のそばにります。

 ずっと近くにいられたら、それだけでよかった。嫁ぐならば、嫁ぐ日まで。婿むこ養子をとれるならば、ゲランのように末永すえながく。どちらにしても、我が家にずっと仕えてほしい。

「……お嬢様?」

 言葉なく見つめていたわたしに、ルネが首をかしげた。なんでもないわ、と。首を振ってみせる。
 空気を変えるように、ルネは苦笑に軽さを出した。

「——とは言いましても、お嬢様がタレラン様とご結婚されれば、わたくしは不要となりますから……その際はデュポン家にお世話になりましょうか」

 冗談の響きで話す内容は、そう軽くもない。穏やかな表情に、記憶から恐ろしい声が浮きあがる。

——今の君は、俺のものだ。俺のさじ加減で、君ら家族の生涯しょうがいが決まると思え。

 どちらが、彼の素顔なのか。
 考えるまでもないのに、考えてしまう。

 彼は何を考えているのだろう。
 彼の気持ちはどこにあるのだろう。

——なら、確かめてごらん。

 思いなやむ脳裏には、悪魔の囁きが聞こえる。
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