【R18】好奇心に殺されたプシュケ

藤香いつき

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Bal masqué

Chap.4 Sec.10

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 反対すると思っていた仮面舞踏会バル・マスケを、ルネはすんなりと許可した。以前だったら絶対に認められなかったのに、なんの注意もなかった。彼の参加も認められているからだと思いたいけれど……真意は一向に分からない。
 共に会場に向かう馬車のなかで何か言われるだろうと構えていたのに、そこでも何もなく。じっと様子を見ていたわたしに、ルネは微笑んで——くちづけを、ひとつ。馬車を降りる直前に、そっと頬へと寄越よこしてみせた。

——唇のルージュが取れないよう過ごしてくださいませ。

 飲み物を飲んだら崩れてしまう。
 反射的にそう思ったけれど、ルネの誘うような微笑に意味を悟った。

——この唇も、体も、誰にも与えるな。

 その戒めを破ったら、どうなるのか。
 魅惑的な唇は、その先を語ってはくれない。



 §



 問題はそうそうに起きた。

「未婚の女性客は、あちらの控え室ですって」

 入り口でギラギラとした装飾の仮面を受け取る前に、エレアノールと合流していた。案内に従おうとすると、わたしの後ろに控えていたルネが引き止められ、

「男性の方はご入室をお控えいただきますよう——」

 持病の話を伝えてみるが、医師も手配してある、未婚女性のための控え室に男性の入室は禁ずると繰り返され、断固として入れてもらえない。あちらの言いぶんも理解できる。未婚の女性が集まるなか、若い男性であるルネがいるのは……わたしも良くないように思う。
 致しかたないと妥協したルネ(彼も参加者として認められているので仮面を手に持っている)は、後ほどと別れを告げて別室へ向かっていった。
 ほっとしたような気持ちと多少の不安と、あとは伸びのびとした心地でエレアノールと談笑していた。

「ジョゼットも誘えたらよかったのにねぇ」
「ほんとうね」
「次の機会はデュポン夫人に頼んでみましょ。ルネさんが誘われるぐらいなのだから、本当に身分にこだわりがないのよ。さすがデュポン夫人だわ」
「……そうね。今夜は無礼講とおっしゃってたものね」

 軽食をとったあと、小ぶりの手提げバッグレティキュールから小さなコンパクトを取り出し、みずからの手で紅を直した。口許くちもとのみさらされたハーフマスクを身につけると、誰が誰だか分からなくなる。磨かれた手鏡をのぞいてみると、自分でさえも誰だろうと不可思議な思いにおちいった。淡く赤に染まる唇だけが、わたしを主張している。

 会場へと移動する時間になり、廊下へと出たときだった。
 メイドのひとりに声をかけられ、ルネから待ち合わせ場所を言付ことづかっている——と、案内の申し入れがあった。たしかに仮面を身につけているのだから再会は難しい。(ただ、きっとわたしは見つけられると思うけれど)早く会えるならそれに越したことはないので、彼女について行った。
 案内の先がなぜかにぎわいから遠ざかっているような。そんな疑問をいだいたころ、小さなドアの前で彼女は止まった。

「こちらでございます」

 開けられたドアから入室すると、小さなその部屋の奥でソファに座る人影が……

「……フランソワ様?」
「やぁ」

 振り返って人当たりのよい笑顔を浮かべる青年は、ダンジュー家のフランソワだった。ランプの明かりが透ける金の髪が、うっすらと赤みを帯びている。

「こんばんは」

 気もそぞろな挨拶をして、室内をきょろきょろと見回す。小さな部屋に死角はなく、ルネはいないように思う。

「あの、こちらに、うちの使用人が……」
「あぁ、執事くん? それならそっちにいるよ」

(そっち?)
 フランソワの目の先を見やるが、何もない。ただ壁があるのみ。
 ——いや、ドアがあった。一見すると見逃してしまいそうな、壁と一体化するように作られた奇妙なドアを見つけた。

「……こちら?」
「そう。……でも今は、のぞかないほうがいいと思うなぁ?」
「………?」

 ソファから立ち上がった彼はクスクスと意味ありげに笑って、壁に擬態したドアへと近寄った。おいでと手招きされ、そちらに近づく。
 唇に人さし指を当てて、歯列の隙間から吐息で沈黙を指示した。何がなんだか分からないまま、そっと開かれたドアの先をのぞく。

 ドアの先には、何もなく——
 目をこらすと、暗闇の物置きみたいな部屋には、うっすらと光があった。明かり取りのような小窓にカーテンが掛けられていて、一部から光がもれている。うっすらと人の声がして、それが……もしかすると、ルネだろうかと思うような響きであった。
 困惑して、傍らのフランソワを見上げる。彼は笑っている。

「——君は、彼の素顔を知りたい?」

 吐息で囁く声に、ここから先を踏み出してはいけないと察したのに、

 ——ルネを、知りたい。

 その小窓に掛けられた闇のとばりを、開けずにはいられなかった。
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