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Bal masqué
Chap.4 Sec.18
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空がうっすらと白むころ、ようやく母の容態が落ち着き、ひっくり返るような騒ぎだった屋敷は静けさを取り戻していた。
別室で医師と父が話すあいだ、寝室のベッドに横たわる母と、わたしは久しぶりに二人きりだった。
青白く痩せこけた顔は、見つめているだけで涙がこぼれそうになる。こらえきれないように瞳を覆う涙の奥で、ふと母が目を開いた。
「……あら、どうかしたの……?」
ぼんやりとした目でわたしを捉えると、ほのかに笑ってみせる。薬が投与されているせいか、どこか夢見ごこちな表情だった。
「……お母様」
呼びかけて、手を取った。ぎゅっと握れば、弱々しくも力が返ってくる。
「……泣いていたの? なにか、悲しいことでもあった……?」
「……ううん、なにもないのよ。ちょっと……転んだだけ」
「まぁ……気をつけないとだめよ? あなたの可愛い顔に傷ができたら……お父様も悲しむわ」
「……そうね、気をつけるわ」
「お医者様か、ルネくんに……きちんとお顔を見てもらいなさいね。……結婚にも差し支えるから、傷のないよう……」
ささやき声で話していたが、疲れたのか言葉が途切れた。しばらくのあいだ浅い呼吸をくり返し、時を取り戻したようにまた言葉を繋げる。
「……ごめんなさいね。あなたは、爵位を継ぎたかったのに……わたしが、あなたを男の子に産んであげられなかったから……」
「そんなことっ……お母様は何も悪くないわ。わたしが勝手に女で生まれてきたのよ!」
強く言い切ると、何が面白かったのか、母は小さく笑った。唇が震わす吐息は、泣いているようでもあった。
「……わたしは、女の子に生まれてこれてよかったと思ってるわ。爵位だって、次に男の子を産めばいいのよ。何も問題ないわ」
「……でも、あなたは、結婚したくないのでしょう?」
「そんなことないわ、わたしはすぐにでも結婚するつもりよ」
「ほんとう? ……舞踏会でも、あなたは誰も希望しないと……聞いたわ」
「それは……」
——ルネが、好きだから。
「……お母様とお父様のもとを、離れるのが寂しかっただけ。お話してなかったけど、わたしにはもう好きなひとがいるのよ。そのひとから婚姻の申し入れもあるの」
「まぁ……ほんとうなの?」
「本当よ。お母様もよく知る、タレラン=ペリゴール家のご令息でね……フィリップ様というのよ」
「あらまぁ……それは素晴らしいお相手ね」
「そうでしょう? わたしはこう見えてちゃんとモテるんだから……ちょっと本気を出せば、すぐに見つかるのよ」
「ふふふ……頼もしい言葉だわ」
柔らかく細まる瞳に、同じように笑いかける。
うまく笑えないかも知れない——いや、笑わなくてはいけない。完璧に、喜びを込めて、少しの憂いなく。
「——だからね、なにも心配なんていらないわ。お母様は、わたしの子供を楽しみに……長生きしてちょうだいね?」
口角を上げて、やわらかく、引きつることのないように微笑んでみせる。
本当の気持ちはすべて、仮面の奥へ。
「ええ、楽しみにしているわ——」
細い指の並んだ母の手を、誓うように握りしめていた。
別室で医師と父が話すあいだ、寝室のベッドに横たわる母と、わたしは久しぶりに二人きりだった。
青白く痩せこけた顔は、見つめているだけで涙がこぼれそうになる。こらえきれないように瞳を覆う涙の奥で、ふと母が目を開いた。
「……あら、どうかしたの……?」
ぼんやりとした目でわたしを捉えると、ほのかに笑ってみせる。薬が投与されているせいか、どこか夢見ごこちな表情だった。
「……お母様」
呼びかけて、手を取った。ぎゅっと握れば、弱々しくも力が返ってくる。
「……泣いていたの? なにか、悲しいことでもあった……?」
「……ううん、なにもないのよ。ちょっと……転んだだけ」
「まぁ……気をつけないとだめよ? あなたの可愛い顔に傷ができたら……お父様も悲しむわ」
「……そうね、気をつけるわ」
「お医者様か、ルネくんに……きちんとお顔を見てもらいなさいね。……結婚にも差し支えるから、傷のないよう……」
ささやき声で話していたが、疲れたのか言葉が途切れた。しばらくのあいだ浅い呼吸をくり返し、時を取り戻したようにまた言葉を繋げる。
「……ごめんなさいね。あなたは、爵位を継ぎたかったのに……わたしが、あなたを男の子に産んであげられなかったから……」
「そんなことっ……お母様は何も悪くないわ。わたしが勝手に女で生まれてきたのよ!」
強く言い切ると、何が面白かったのか、母は小さく笑った。唇が震わす吐息は、泣いているようでもあった。
「……わたしは、女の子に生まれてこれてよかったと思ってるわ。爵位だって、次に男の子を産めばいいのよ。何も問題ないわ」
「……でも、あなたは、結婚したくないのでしょう?」
「そんなことないわ、わたしはすぐにでも結婚するつもりよ」
「ほんとう? ……舞踏会でも、あなたは誰も希望しないと……聞いたわ」
「それは……」
——ルネが、好きだから。
「……お母様とお父様のもとを、離れるのが寂しかっただけ。お話してなかったけど、わたしにはもう好きなひとがいるのよ。そのひとから婚姻の申し入れもあるの」
「まぁ……ほんとうなの?」
「本当よ。お母様もよく知る、タレラン=ペリゴール家のご令息でね……フィリップ様というのよ」
「あらまぁ……それは素晴らしいお相手ね」
「そうでしょう? わたしはこう見えてちゃんとモテるんだから……ちょっと本気を出せば、すぐに見つかるのよ」
「ふふふ……頼もしい言葉だわ」
柔らかく細まる瞳に、同じように笑いかける。
うまく笑えないかも知れない——いや、笑わなくてはいけない。完璧に、喜びを込めて、少しの憂いなく。
「——だからね、なにも心配なんていらないわ。お母様は、わたしの子供を楽しみに……長生きしてちょうだいね?」
口角を上げて、やわらかく、引きつることのないように微笑んでみせる。
本当の気持ちはすべて、仮面の奥へ。
「ええ、楽しみにしているわ——」
細い指の並んだ母の手を、誓うように握りしめていた。
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