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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.1
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白々と染まる空の下、悲しみに暮れる間もなく、破滅が始まりを告げた。
「——お嬢様! ご主人様と奥様がっ……」
早朝、寝室のドアを叩く重い音で起こされた。涙ながらに眠りについていた頭はぼんやりとし、しばらくのあいだ状況を掴めずにいた。
——父と母が、亡くなったという。
「……お父様と……?」
母だけでなく、父までも。
わたしが事の次第を理解するのを待たず、警察が屋敷にやって来ていた。
明け方の巡回で発見されたらしい父と母の遺体は、母は病気によるものだと推測されたが、父は明らかに不審死であり、毒物によるものである——と。
屋敷の者への聴取や毒物の入手経路、それらを照らし合わせたうえで、最終的に父は毒物による自死と結論づいたが……
「——嘘よ、お父様が自殺なんてするはずないわ!」
警察の者に必死に訴えてみたが、根拠のない言い分など耳に入れてもらえず、遺書のない死だというのに自殺として片付けられてしまった。
「お嬢さま、このたびはお悔やみを……」
「神の御許へお二人で参られたのでしょう……」
周りの者たちに声を掛けられて、それでも現実を受け入れられず、寝室に閉じ込もっていた。
何もかも現実味がない。
全部つくり物のお話みたいで、悲しみなんて少しも湧いてこない。
オペラ座で地下へと降りてから、わたしはずっと夢でも見ているのではないだろうか——。
「——お嬢様、入室いたしますよ」
ベッドの上で膝を抱えて小さくなっていると、ルネの声が届いた。顔を上げると、無表情の人形めいた顔が、少しばかり案じるように揺れ動いた。
「……捜査のせいで、何も召し上がっていらっしゃらないのでは? 何かお食事を……」
「要らないわ。そんなことより、お父様のことを……葬儀の話を止めてちょうだい。自殺なんてありえないのに……誰も聞いてくれないのよ」
「……親族の皆様もゲラン様も、奥様と棺を並べて、共に納めてさしあげたいのでございましょう」
「なぜ葬儀についてわたしに権限がないの? 父と母の子はわたしなのよ……?」
「……お嬢様は、女性でございますから」
「こんなことなら……もっと早く婚姻をしておけばよかった。そうしていたら、フィリップ様に頼んで、もっときちんと捜査をしてもらえたのに……」
「………………」
掛ける言葉をなくしたように黙っていたが、ベッドのすぐそばまでやって来ると、ルネは小さく問い掛けた。
「自殺ではないと、お考えでございますか?」
「もちろんよ」
「——何故、そのように?」
「だって……わたしがいるのに死ぬわけないわ。お母様のことは、もちろんとても大切にしていて……愛していたでしょうけど……わたしのことだって愛してくれていたはずよ。わたしを……たった独り遺したりしないっ……」
「……さようでございますね」
自然と目に浮かんだ涙越しに訴えれば、どうしてかルネは、眉を下げて微笑んだ。
哀しそうに、慈しむように、でもどこか——安心させるような、懐かしい笑い方で。
その笑顔は一瞬のことで、まばたきのあいだに消え失せた。
元の無表情から唇をゆるやかに曲げてみせると、今しがた目に映ったものとは全く異なる微笑をえがき、
「……お嬢様の読みどおり、私が毒を盛らせていただきました」
なめらかな声で、そっと囁いた。
刹那、なにを言われたのか分からず……なんの感情もなくその顔を見返していた。
ぽかんとした、あっけにとられたような表情で。
何を言ったのか。
数秒後に言葉の意味だけ頭に入ったが、心が……取り残されたように理解を拒んだ。
くすりと、ルネが目を細めて笑みを落とし、ベッドに腰掛けると、しなやかな指先でわたしの頬を撫でた。
滑らかな布が、柔らかに触れて、
「ご主人様が——あの男が、邪魔だったのでございます。理由はこれから……お嬢様にもご理解いただける催しがございますので、どうぞお愉しみにしてくださいませ」
優しいルネの話し方で、ひどく冷ややかな微笑みを浮かべる。
応えられないわたしを置いて、ルネは立ち上がった。
言葉の意味は、宣言どおり——催しで、理解した。
「——遺言に基づき、すべての権利は正統な相続人へとただちに返還するよう——」
役人が淡々と述べた文言に、居合わせた親族一同が激しくざわつく。
見つからない遺書の代わりに、公的に保管されていた遺言が開示されたが、その内容は誰もが驚くべき内容だった。
——曰く、当主である私は正統な後継者ではない。革命の混乱を避けた国外逃亡時に、真の後継者と成り代わった。
不正を知りながら秘匿した。
正統な血を継ぐ者はすでに見つかっており、確認に長らく時間を要したが、確たる証拠とともにここに記す。我が家に受け継がれる家系図と、後継者の行方について証人となる方々の所在は別添のとおり。
正統な血を継ぐ者の名は——
ざわめきが途絶え、皆の視線が一点に集中する。
あまたの目を、彼は静かに受け止めた。
「……私には、父の形見の品がございます。こちらが証拠となるならば……ご確認くださいませ」
立ち合いの貴族に提出された物を、わたしは見るまでもなかった。
タレラン氏から頂いた——家紋の指輪。
「これはまさしく……革命時に失われたと言われていた当主の証……」
「示された二枚の家系図も、すべて署名の残る確かな物だ……他家の末の名が……ムシュー・パピヨンが署名した本来の名前か……」
「証人による主張と署名もこちらに……」
「ならば急いで確認と……首都に持ち帰り、正しき爵位継承を——」
淡い色の眼。
見つめるわたしを捉えて、反応を待つような瞳が……凪いだ湖畔のように、ただ静かに止まっていた。
「——真の後継者と認められるまで、今しばらくではあるが仮の当主とする。異議を唱える者はおらぬな?」
恐ろしいほどあっさりと、この家のすべては彼のものとなった。
「——お嬢様! ご主人様と奥様がっ……」
早朝、寝室のドアを叩く重い音で起こされた。涙ながらに眠りについていた頭はぼんやりとし、しばらくのあいだ状況を掴めずにいた。
——父と母が、亡くなったという。
「……お父様と……?」
母だけでなく、父までも。
わたしが事の次第を理解するのを待たず、警察が屋敷にやって来ていた。
明け方の巡回で発見されたらしい父と母の遺体は、母は病気によるものだと推測されたが、父は明らかに不審死であり、毒物によるものである——と。
屋敷の者への聴取や毒物の入手経路、それらを照らし合わせたうえで、最終的に父は毒物による自死と結論づいたが……
「——嘘よ、お父様が自殺なんてするはずないわ!」
警察の者に必死に訴えてみたが、根拠のない言い分など耳に入れてもらえず、遺書のない死だというのに自殺として片付けられてしまった。
「お嬢さま、このたびはお悔やみを……」
「神の御許へお二人で参られたのでしょう……」
周りの者たちに声を掛けられて、それでも現実を受け入れられず、寝室に閉じ込もっていた。
何もかも現実味がない。
全部つくり物のお話みたいで、悲しみなんて少しも湧いてこない。
オペラ座で地下へと降りてから、わたしはずっと夢でも見ているのではないだろうか——。
「——お嬢様、入室いたしますよ」
ベッドの上で膝を抱えて小さくなっていると、ルネの声が届いた。顔を上げると、無表情の人形めいた顔が、少しばかり案じるように揺れ動いた。
「……捜査のせいで、何も召し上がっていらっしゃらないのでは? 何かお食事を……」
「要らないわ。そんなことより、お父様のことを……葬儀の話を止めてちょうだい。自殺なんてありえないのに……誰も聞いてくれないのよ」
「……親族の皆様もゲラン様も、奥様と棺を並べて、共に納めてさしあげたいのでございましょう」
「なぜ葬儀についてわたしに権限がないの? 父と母の子はわたしなのよ……?」
「……お嬢様は、女性でございますから」
「こんなことなら……もっと早く婚姻をしておけばよかった。そうしていたら、フィリップ様に頼んで、もっときちんと捜査をしてもらえたのに……」
「………………」
掛ける言葉をなくしたように黙っていたが、ベッドのすぐそばまでやって来ると、ルネは小さく問い掛けた。
「自殺ではないと、お考えでございますか?」
「もちろんよ」
「——何故、そのように?」
「だって……わたしがいるのに死ぬわけないわ。お母様のことは、もちろんとても大切にしていて……愛していたでしょうけど……わたしのことだって愛してくれていたはずよ。わたしを……たった独り遺したりしないっ……」
「……さようでございますね」
自然と目に浮かんだ涙越しに訴えれば、どうしてかルネは、眉を下げて微笑んだ。
哀しそうに、慈しむように、でもどこか——安心させるような、懐かしい笑い方で。
その笑顔は一瞬のことで、まばたきのあいだに消え失せた。
元の無表情から唇をゆるやかに曲げてみせると、今しがた目に映ったものとは全く異なる微笑をえがき、
「……お嬢様の読みどおり、私が毒を盛らせていただきました」
なめらかな声で、そっと囁いた。
刹那、なにを言われたのか分からず……なんの感情もなくその顔を見返していた。
ぽかんとした、あっけにとられたような表情で。
何を言ったのか。
数秒後に言葉の意味だけ頭に入ったが、心が……取り残されたように理解を拒んだ。
くすりと、ルネが目を細めて笑みを落とし、ベッドに腰掛けると、しなやかな指先でわたしの頬を撫でた。
滑らかな布が、柔らかに触れて、
「ご主人様が——あの男が、邪魔だったのでございます。理由はこれから……お嬢様にもご理解いただける催しがございますので、どうぞお愉しみにしてくださいませ」
優しいルネの話し方で、ひどく冷ややかな微笑みを浮かべる。
応えられないわたしを置いて、ルネは立ち上がった。
言葉の意味は、宣言どおり——催しで、理解した。
「——遺言に基づき、すべての権利は正統な相続人へとただちに返還するよう——」
役人が淡々と述べた文言に、居合わせた親族一同が激しくざわつく。
見つからない遺書の代わりに、公的に保管されていた遺言が開示されたが、その内容は誰もが驚くべき内容だった。
——曰く、当主である私は正統な後継者ではない。革命の混乱を避けた国外逃亡時に、真の後継者と成り代わった。
不正を知りながら秘匿した。
正統な血を継ぐ者はすでに見つかっており、確認に長らく時間を要したが、確たる証拠とともにここに記す。我が家に受け継がれる家系図と、後継者の行方について証人となる方々の所在は別添のとおり。
正統な血を継ぐ者の名は——
ざわめきが途絶え、皆の視線が一点に集中する。
あまたの目を、彼は静かに受け止めた。
「……私には、父の形見の品がございます。こちらが証拠となるならば……ご確認くださいませ」
立ち合いの貴族に提出された物を、わたしは見るまでもなかった。
タレラン氏から頂いた——家紋の指輪。
「これはまさしく……革命時に失われたと言われていた当主の証……」
「示された二枚の家系図も、すべて署名の残る確かな物だ……他家の末の名が……ムシュー・パピヨンが署名した本来の名前か……」
「証人による主張と署名もこちらに……」
「ならば急いで確認と……首都に持ち帰り、正しき爵位継承を——」
淡い色の眼。
見つめるわたしを捉えて、反応を待つような瞳が……凪いだ湖畔のように、ただ静かに止まっていた。
「——真の後継者と認められるまで、今しばらくではあるが仮の当主とする。異議を唱える者はおらぬな?」
恐ろしいほどあっさりと、この家のすべては彼のものとなった。
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