【R18】好奇心に殺されたプシュケ

藤香いつき

文字の大きさ
61 / 72
真実が終わりを告げる

Chap.6 Sec.1

しおりを挟む
 白々と染まる空の下、悲しみに暮れる間もなく、破滅が始まりを告げた。


「——お嬢様! ご主人様と奥様がっ……」

 早朝、寝室のドアを叩く重い音で起こされた。涙ながらに眠りについていた頭はぼんやりとし、しばらくのあいだ状況をつかめずにいた。

 ——父と母が、亡くなったという。

「……お父様と……?」

 母だけでなく、父までも。
 わたしが事の次第を理解するのを待たず、警察が屋敷にやって来ていた。
 明け方の巡回で発見されたらしい父と母の遺体は、母は病気によるものだと推測されたが、父は明らかに不審死であり、毒物によるものである——と。
 屋敷の者への聴取や毒物の入手経路、それらを照らし合わせたうえで、最終的に父は毒物による自死と結論づいたが……

「——嘘よ、お父様が自殺なんてするはずないわ!」

 警察の者に必死に訴えてみたが、根拠のない言い分など耳に入れてもらえず、遺書のない死だというのに自殺として片付けられてしまった。

「お嬢さま、このたびはお悔やみを……」
「神の御許みもとへお二人で参られたのでしょう……」

 周りの者たちに声を掛けられて、それでも現実を受け入れられず、寝室に閉じ込もっていた。

 何もかも現実味がない。
 全部つくり物のお話みたいで、悲しみなんて少しも湧いてこない。
 オペラ座で地下へと降りてから、わたしはずっと夢でも見ているのではないだろうか——。


「——お嬢様、入室いたしますよ」

 ベッドの上で膝を抱えて小さくなっていると、ルネの声が届いた。顔を上げると、無表情の人形めいた顔が、少しばかり案じるように揺れ動いた。

「……捜査のせいで、何も召し上がっていらっしゃらないのでは? 何かお食事を……」
「要らないわ。そんなことより、お父様のことを……葬儀の話を止めてちょうだい。自殺なんてありえないのに……誰も聞いてくれないのよ」
「……親族の皆様もゲラン様も、奥様と棺を並べて、共に納めてさしあげたいのでございましょう」
「なぜ葬儀についてわたしに権限がないの? 父と母の子はわたしなのよ……?」
「……お嬢様は、女性でございますから」
「こんなことなら……もっと早く婚姻をしておけばよかった。そうしていたら、フィリップ様に頼んで、もっときちんと捜査をしてもらえたのに……」
「………………」

 掛ける言葉をなくしたように黙っていたが、ベッドのすぐそばまでやって来ると、ルネは小さく問い掛けた。

「自殺ではないと、お考えでございますか?」
「もちろんよ」
「——何故、そのように?」
「だって……わたしがいるのに死ぬわけないわ。お母様のことは、もちろんとても大切にしていて……愛していたでしょうけど……わたしのことだって愛してくれていたはずよ。わたしを……たった独り遺したりしないっ……」
「……さようでございますね」

 自然と目に浮かんだ涙越しに訴えれば、どうしてかルネは、眉を下げて微笑んだ。
 哀しそうに、慈しむように、でもどこか——安心させるような、懐かしい笑い方で。

 その笑顔は一瞬のことで、まばたきのあいだに消え失せた。
 元の無表情から唇をゆるやかに曲げてみせると、今しがた目に映ったものとは全く異なる微笑をえがき、

「……お嬢様の読みどおり、わたくしが毒を盛らせていただきました」

 なめらかな声で、そっとささやいた。

 刹那せつな、なにを言われたのか分からず……なんの感情もなくその顔を見返していた。
 ぽかんとした、あっけにとられたような表情で。

 何を言ったのか。
 数秒後に言葉の意味だけ頭に入ったが、心が……取り残されたように理解を拒んだ。

 くすりと、ルネが目を細めて笑みを落とし、ベッドに腰掛けると、しなやかな指先でわたしの頬をでた。
 すべらかな布が、柔らかに触れて、

「ご主人様が——あの男が、邪魔だったのでございます。理由はこれから……お嬢様にもご理解いただける催しがございますので、どうぞおたのしみにしてくださいませ」

 優しいルネの話し方で、ひどく冷ややかな微笑みを浮かべる。
 応えられないわたしを置いて、ルネは立ち上がった。

 言葉の意味は、宣言どおり——で、理解した。

「——遺言に基づき、すべての権利は正統な相続人へとただちに返還するよう——」

 役人が淡々と述べた文言に、居合わせた親族一同が激しくざわつく。
 見つからない遺書の代わりに、公的に保管されていた遺言が開示されたが、その内容は誰もが驚くべき内容だった。

——曰く、当主である私は正統な後継者ではない。革命の混乱を避けた国外逃亡時に、真の後継者と成り代わった。
 不正を知りながら秘匿した。
 正統な血を継ぐ者はすでに見つかっており、確認に長らく時間を要したが、確たる証拠とともにここに記す。我が家に受け継がれる家系図と、後継者の行方について証人となる方々の所在は別添のとおり。
 正統な血を継ぐ者の名は——

 ざわめきが途絶え、皆の視線が一点に集中する。
 あまたの目を、彼は静かに受け止めた。

「……わたくしには、父の形見の品がございます。こちらが証拠となるならば……ご確認くださいませ」

 立ち合いの貴族に提出された物を、わたしは見るまでもなかった。
 タレラン氏から頂いた——家紋の指輪。

「これはまさしく……革命時に失われたと言われていた当主の証……」
「示された二枚の家系図も、すべて署名の残る確かな物だ……他家の末の名が……ムシュー・パピヨンが署名した本来の名前か……」
「証人による主張と署名もこちらに……」
「ならば急いで確認と……首都に持ち帰り、正しき爵位継承を——」

 淡い色の眼。
 見つめるわたしを捉えて、反応を待つような瞳が……いだ湖畔のように、ただ静かに止まっていた。

「——真の後継者と認められるまで、今しばらくではあるが仮の当主とする。異議を唱える者はおらぬな?」

 恐ろしいほどあっさりと、この家のすべては彼のものとなった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...