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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.2
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「婚約破棄とはなんですかっ」
病みあがりであるフィリップの騒ぎ声に、議会とその後の付き合いから帰宅したタレラン氏は笑顔を返した。
「ふむ、元気になったようだね? 最近は流行り病が出ているから心配していてね……あまり街を出歩くものではないよ」
「そんな話をしてるんじゃない!」
使用人が着替えを手伝う横でわめくフィリップに、タレラン氏は横目を送った。
「言葉どおりの話だ……あの娘との婚約話は白紙に戻ったのだよ」
「昨日の朝に両親が亡くなったとのしらせが……それで今日の爵位剝奪とは……どういうことですか? 父上が何かなさったのですか?」
「無関係とは言わないが、要因は私ではなくてね……詳細は新聞に載るだろう。爵位継承を誤った……それだけのことだね」
「爵位継承を誤った?」
「誤って別人に継承していたのだよ」
「は……?」
書斎に移動するタレラン氏の後ろをついて歩いていたフィリップは、戸惑いに足を止めた。
長い廊下は、煌々とした照明によって昼間と見間違うほどの明るさで照らされている。
タレラン氏はフィリップを振り返った。
「革命の最中で入れ替わったらしい……正統な血を引く者が見つかっているから、そちらに爵位と財産が継承……いや、返還と言ってもよいのかな? ……家名を背負った事業も、その者が継ぐことになる」
「当主の死とともに正統な後継者が名乗り出たのですか? そんなもの、陰謀以外の何物でもないと……馬鹿でも分かりますよ」
「たしかに……出来すぎていると、主張する者もいたが……これはその当主による遺言だ。議会も通った。覆りはしない」
「…………娘は、どうなるのです?」
「さてね? だいぶ揉めたが……娘に法的な罪科は無いとされた。当然、貴族としての保障は取り上げられたことになるがね……。対応は新しい当主に委ねられるだろうが……彼はどうするのかな?」
「その新しい当主に話をつけて、我が家で身元を引き受けられませんか……?」
「今やあの娘に婚姻の価値はないね。使用人としてなら……あるいは、お前の妾として面倒をみてやるか……」
タレラン氏はすでに前を向いて歩みを再開させている。
付いていた使用人が書斎のドアを開き、見計らったように別の使用人がワゴンを運んできた。飲み物を何にするか尋ね、タレラン氏はワインを選んだ。二匹の蝶が舞っている。フィリップは何も選ばなかった。
「俺が……勝手に動いても構いませんか」
「新当主の機嫌を損ねないのならばね」
「? ……新しい当主は知り合いですか?」
「ああ。前当主よりも……ある意味では繋がりが深い。今後を思えば……あの者は、実によい。これから先、外交においてワインの役割は今まで以上に重要となる。国としてのブランドを維持するために法規制を行う話が出ているが……そのなかで、彼は必ず事業を拡大させるだろう。野心家だからね。人となりはすでに把握した……弱みも。やはり手を組むには内実を知らねば……ね」
書斎の机につき、フッと薄く笑ったタレラン氏は、ワインの注がれたグラスを手に取った。グラスを軽く回し、アロマに意識を傾ける。赤い花——その奥に情熱を秘めるような、スパイシーで甘い樽香。
舌の上で転がし風味を確かめながら、立ったまま思案するようなフィリップへと、
「新当主は、お前も面識があるはずだが……」
「え? 誰です?」
「あそこの使用人だった……ルネ君だよ。お前は名前など覚えていないかな? ……彼女のそばに仕えていた、灰色の眼をした青年だ」
「——は?」
理解できない事態に直面したときの瞠目の瞳に、タレラン氏は笑った。
この小犬のような息子が、意中の娘を攫ってこられるとは思えないが——仮にあの娘が手中に落ちるなら、最上の質が手に入るな——と、そんなことを思っていた。
病みあがりであるフィリップの騒ぎ声に、議会とその後の付き合いから帰宅したタレラン氏は笑顔を返した。
「ふむ、元気になったようだね? 最近は流行り病が出ているから心配していてね……あまり街を出歩くものではないよ」
「そんな話をしてるんじゃない!」
使用人が着替えを手伝う横でわめくフィリップに、タレラン氏は横目を送った。
「言葉どおりの話だ……あの娘との婚約話は白紙に戻ったのだよ」
「昨日の朝に両親が亡くなったとのしらせが……それで今日の爵位剝奪とは……どういうことですか? 父上が何かなさったのですか?」
「無関係とは言わないが、要因は私ではなくてね……詳細は新聞に載るだろう。爵位継承を誤った……それだけのことだね」
「爵位継承を誤った?」
「誤って別人に継承していたのだよ」
「は……?」
書斎に移動するタレラン氏の後ろをついて歩いていたフィリップは、戸惑いに足を止めた。
長い廊下は、煌々とした照明によって昼間と見間違うほどの明るさで照らされている。
タレラン氏はフィリップを振り返った。
「革命の最中で入れ替わったらしい……正統な血を引く者が見つかっているから、そちらに爵位と財産が継承……いや、返還と言ってもよいのかな? ……家名を背負った事業も、その者が継ぐことになる」
「当主の死とともに正統な後継者が名乗り出たのですか? そんなもの、陰謀以外の何物でもないと……馬鹿でも分かりますよ」
「たしかに……出来すぎていると、主張する者もいたが……これはその当主による遺言だ。議会も通った。覆りはしない」
「…………娘は、どうなるのです?」
「さてね? だいぶ揉めたが……娘に法的な罪科は無いとされた。当然、貴族としての保障は取り上げられたことになるがね……。対応は新しい当主に委ねられるだろうが……彼はどうするのかな?」
「その新しい当主に話をつけて、我が家で身元を引き受けられませんか……?」
「今やあの娘に婚姻の価値はないね。使用人としてなら……あるいは、お前の妾として面倒をみてやるか……」
タレラン氏はすでに前を向いて歩みを再開させている。
付いていた使用人が書斎のドアを開き、見計らったように別の使用人がワゴンを運んできた。飲み物を何にするか尋ね、タレラン氏はワインを選んだ。二匹の蝶が舞っている。フィリップは何も選ばなかった。
「俺が……勝手に動いても構いませんか」
「新当主の機嫌を損ねないのならばね」
「? ……新しい当主は知り合いですか?」
「ああ。前当主よりも……ある意味では繋がりが深い。今後を思えば……あの者は、実によい。これから先、外交においてワインの役割は今まで以上に重要となる。国としてのブランドを維持するために法規制を行う話が出ているが……そのなかで、彼は必ず事業を拡大させるだろう。野心家だからね。人となりはすでに把握した……弱みも。やはり手を組むには内実を知らねば……ね」
書斎の机につき、フッと薄く笑ったタレラン氏は、ワインの注がれたグラスを手に取った。グラスを軽く回し、アロマに意識を傾ける。赤い花——その奥に情熱を秘めるような、スパイシーで甘い樽香。
舌の上で転がし風味を確かめながら、立ったまま思案するようなフィリップへと、
「新当主は、お前も面識があるはずだが……」
「え? 誰です?」
「あそこの使用人だった……ルネ君だよ。お前は名前など覚えていないかな? ……彼女のそばに仕えていた、灰色の眼をした青年だ」
「——は?」
理解できない事態に直面したときの瞠目の瞳に、タレラン氏は笑った。
この小犬のような息子が、意中の娘を攫ってこられるとは思えないが——仮にあの娘が手中に落ちるなら、最上の質が手に入るな——と、そんなことを思っていた。
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