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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.9
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冷たい空気が張りつめている。
全身にめぐる緊張と胸をたたく鼓動に、そっと目を閉じた。
ひとりで入室した地下室は、持ち運びのランプの灯火によって、温もりのような色を広げている。
恐れることなく、手にした手紙に向ける目を開いた。
長い文章を、ゆっくりと丁寧にたどっていく。
一文字も逃さぬように。父の遺志を、余すところなく掬いあげるように。
言葉の多くは、わたしも知る事実が並んでいて、それを父の側から紐解くものではあったが……
〈——真実を告げるべきだった。当時父が亡くなり、爵位を守るためだけに継いだが、ルネ君が現れた時点で返すべきだった。それなのに、隠し通してしまったのは、妻に——お前の母に、失望されるのが怖かったのだ。由緒ある貴族の私を『わたしの王子様』と嬉しそうに語っていた妻へ、私は真実を話せなかった〉
連なる謝罪の言葉は、筆跡が強い。どんな思いでこれを書いたのだろう。
ありえないことだが、もしその場にいたなら、わたしは母の気持ちを教えてあげられたのに。
——お父様がどんなひとであっても、母にとっては王子様だったのよ。貴族じゃなくても、いつも穏やかで優しいお父様の人柄を愛していたの。
〈——悩むうちに妻の病気が発覚し、長くは生きられないと医師に宣告され、私はこの結末を決めた。
革命後の動乱で、今の裁きはひどく極端だ。今さら真実を告白すれば、私だけでなく妻とお前まで裁判に掛けられ処罰されることだろう。
したがって、私の入れ替わりの真実は妻がその命を終えた日に、私の死をもって公開する。これを読むころには、すでに公のこととなっているかも知れない。
しかし、当人のいない裁判はなされない。娘であるお前が引きずり出されることもなく、刑に処されることはない。
これは、知り合いの貴族たちにも根回しをしてあるから心配しなくてもよい。親しくしてきた者たちが、議会で必ずお前を護ってくれる。非難する者よりも、護ってくれる者のほうがはるかに多いはずだ〉
そこには、繋がりの深い貴族の家名が並んでいた。エレアノールとジョゼフィーヌの家も。
父の読みどおり、わたしは処刑どころか首都に呼び出されてもいない。遺書に名前を載せなかったのも、それが証拠として議会に出された際に、わたしの名前が不必要に知られないよう配慮したのだ。
考えても分からなかったのだが、なぜ父は毒物での自死を望んだのか——その答えも、ここにある気がした。
死ぬための楽な手段なら、もっと他にある。あえて苦しく辛い死を選んだのは……処刑の代わりなのだろう。首を落とされるよりも、重い罰を受けるべきだと……そう思ったのか。
(いつも笑っていたのに……)
あの笑顔の裏には、どんな気持ちがあったのだろう。
にじむ視界を瞬きでやり過ごし、手紙の文字を追った。
〈——お前を巻き込んですまないと思う。この問題がどれだけお前の人生に影響するのか、手は尽くしたが、はかり知れない。
ひどく厳しい状況であるならば、遺した宝石を売って安全な地へと逃げなさい。かつて国外で身を寄せた地の知り合いにも頼んであるから、そこを頼りにするとよい。連絡の手段を最後に載せておく。
ただ、もし今、ルネ君が爵位を取り戻せているのなら。そして、彼なら。お前を大切に思う彼ならば、私が遺した宝石を使わずとも、お前を救う道を示してくれることだろう。まずは、彼と話を。ひとりで悩まずに、お前の気持ちをためらわず彼に話しておくれ。お前の気持ちが、必ず道を切りひらいてくれるだろう。
最後になるが、お前の幸せを心から願っている。私がこの世に残せた、何よりも価値のあるものは、たったひとりの娘であるお前だ。これからも、そのまっすぐな心で人と向かい合っておくれ。
——愛しているよ〉
ぽたり、と。
こぼれ落ちたものが、手紙の文字を濡らした。
父と母がいなくなってしまって、ずっと耐えていたものが、決壊したように……瞳の奥から次々とあふれていく。
母との別れだって、覚悟していたけれど、悲しくないわけじゃない。
目まぐるしい問題のせいで、悲しむ間などないと言い聞かせていただけだ。胸はいつも小さな孤独に苛まされて、そのたびに思い出に慰めてもらった。
——泣いていたの? なにか、悲しいことでもあった?
わたしが涙を耐えるとき、いつも母が掛けてくれた声を思い出して。
平気よ、と。
わたしは強いのよ。心配いらないわ。どんなときも、凛として気高く生きるのよ。
——だって、わたしは独りじゃないもの。
そばにはいつもルネがいるから——。
流れ落ちる涙を、止めようとはしなかった。
今だけは、すべて吐き出してしまおう。
この胸の悲しみがひとつ残らず流れ落ちたなら、残る想いとともに再び立ちあがろう。
全身にめぐる緊張と胸をたたく鼓動に、そっと目を閉じた。
ひとりで入室した地下室は、持ち運びのランプの灯火によって、温もりのような色を広げている。
恐れることなく、手にした手紙に向ける目を開いた。
長い文章を、ゆっくりと丁寧にたどっていく。
一文字も逃さぬように。父の遺志を、余すところなく掬いあげるように。
言葉の多くは、わたしも知る事実が並んでいて、それを父の側から紐解くものではあったが……
〈——真実を告げるべきだった。当時父が亡くなり、爵位を守るためだけに継いだが、ルネ君が現れた時点で返すべきだった。それなのに、隠し通してしまったのは、妻に——お前の母に、失望されるのが怖かったのだ。由緒ある貴族の私を『わたしの王子様』と嬉しそうに語っていた妻へ、私は真実を話せなかった〉
連なる謝罪の言葉は、筆跡が強い。どんな思いでこれを書いたのだろう。
ありえないことだが、もしその場にいたなら、わたしは母の気持ちを教えてあげられたのに。
——お父様がどんなひとであっても、母にとっては王子様だったのよ。貴族じゃなくても、いつも穏やかで優しいお父様の人柄を愛していたの。
〈——悩むうちに妻の病気が発覚し、長くは生きられないと医師に宣告され、私はこの結末を決めた。
革命後の動乱で、今の裁きはひどく極端だ。今さら真実を告白すれば、私だけでなく妻とお前まで裁判に掛けられ処罰されることだろう。
したがって、私の入れ替わりの真実は妻がその命を終えた日に、私の死をもって公開する。これを読むころには、すでに公のこととなっているかも知れない。
しかし、当人のいない裁判はなされない。娘であるお前が引きずり出されることもなく、刑に処されることはない。
これは、知り合いの貴族たちにも根回しをしてあるから心配しなくてもよい。親しくしてきた者たちが、議会で必ずお前を護ってくれる。非難する者よりも、護ってくれる者のほうがはるかに多いはずだ〉
そこには、繋がりの深い貴族の家名が並んでいた。エレアノールとジョゼフィーヌの家も。
父の読みどおり、わたしは処刑どころか首都に呼び出されてもいない。遺書に名前を載せなかったのも、それが証拠として議会に出された際に、わたしの名前が不必要に知られないよう配慮したのだ。
考えても分からなかったのだが、なぜ父は毒物での自死を望んだのか——その答えも、ここにある気がした。
死ぬための楽な手段なら、もっと他にある。あえて苦しく辛い死を選んだのは……処刑の代わりなのだろう。首を落とされるよりも、重い罰を受けるべきだと……そう思ったのか。
(いつも笑っていたのに……)
あの笑顔の裏には、どんな気持ちがあったのだろう。
にじむ視界を瞬きでやり過ごし、手紙の文字を追った。
〈——お前を巻き込んですまないと思う。この問題がどれだけお前の人生に影響するのか、手は尽くしたが、はかり知れない。
ひどく厳しい状況であるならば、遺した宝石を売って安全な地へと逃げなさい。かつて国外で身を寄せた地の知り合いにも頼んであるから、そこを頼りにするとよい。連絡の手段を最後に載せておく。
ただ、もし今、ルネ君が爵位を取り戻せているのなら。そして、彼なら。お前を大切に思う彼ならば、私が遺した宝石を使わずとも、お前を救う道を示してくれることだろう。まずは、彼と話を。ひとりで悩まずに、お前の気持ちをためらわず彼に話しておくれ。お前の気持ちが、必ず道を切りひらいてくれるだろう。
最後になるが、お前の幸せを心から願っている。私がこの世に残せた、何よりも価値のあるものは、たったひとりの娘であるお前だ。これからも、そのまっすぐな心で人と向かい合っておくれ。
——愛しているよ〉
ぽたり、と。
こぼれ落ちたものが、手紙の文字を濡らした。
父と母がいなくなってしまって、ずっと耐えていたものが、決壊したように……瞳の奥から次々とあふれていく。
母との別れだって、覚悟していたけれど、悲しくないわけじゃない。
目まぐるしい問題のせいで、悲しむ間などないと言い聞かせていただけだ。胸はいつも小さな孤独に苛まされて、そのたびに思い出に慰めてもらった。
——泣いていたの? なにか、悲しいことでもあった?
わたしが涙を耐えるとき、いつも母が掛けてくれた声を思い出して。
平気よ、と。
わたしは強いのよ。心配いらないわ。どんなときも、凛として気高く生きるのよ。
——だって、わたしは独りじゃないもの。
そばにはいつもルネがいるから——。
流れ落ちる涙を、止めようとはしなかった。
今だけは、すべて吐き出してしまおう。
この胸の悲しみがひとつ残らず流れ落ちたなら、残る想いとともに再び立ちあがろう。
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