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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.10
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馬車など待てず、馬に乗って屋敷まで最速で戻ってきたルネを待ち構えていたのは、エントランスのドア前に立つフィリップだった。
立ち塞ぐように腕を組んだ彼は、ルネの姿を目にして口角を上げた。
「——おう、遅い登場じゃないか。元使用人のルネ様とやらは」
「……彼女はどこだ」
馬から飛び降りたルネの鋭い目に、フィリップは動じることなく答える。
「一足遅かったな。もう俺が連れ去ってやった。ここの屋敷の奴らが拍子ぬけするほど手応えないから、簡単に攫えちまったな」
「それが本当なら、なぜ残っている? わざわざ俺に宣言する必要があるか?」
「あるよな? あんたは散々俺の邪魔をしてきたんだから、文句のひとつくらい言わせろよ」
「そうか、なら悪手を打ったな。君を捕らえて居場所を吐かせてやる」
「ハッ、ずいぶん好戦的じゃないか。あんたの本性はそっちか? 俺に手を出したら、あんたの大事なものがなくなるぞ」
「……あいにくだが俺も貴族の地位を得た。現状の爵位は君よりも上だ。屋敷へと押し入った君を処罰しても筋は通る」
「ごまかすな。あんたの大事なものはそっちじゃないだろ」
闇を背にしたルネの目が細まる。
屋敷の明かりを背負ったフィリップは、その目を強く見据えた。
「このままあいつを閉じこめておく気だったか? 落ち着くまで? そんなのいつになるか分からないぞ」
「………………」
「使用人たちの抵抗のなさはなんだ? 連れてきた者たちは外の見張りしかやってない。俺ひとりでも連れ出せるこの状況はなんだよ。俺の連れ出し待ちか? あんたが俺をそこまで信頼してるとは思わなかったな!」
「……ラウルに何か命じたな? 俺を呼び戻して何がしたい?」
策略を理解したルネに、フィリップは不敵に笑っていた表情を収めた。
「——あんたは、あいつを護れる解決策を分かってるだろ。こんなふうに閉じこめなくても、真っ当に解決できる手段を。……どうしてそれをしないんだ」
ざわりと、向かい合う二人の髪が風に煽られる。
ルネは答えない。
フィリップだけが言葉を発していく。
「——婚姻で、すべて解決できる。あんたがあいつを娶れば、被害者のあんたが娘を赦していることもはっきりするし、貴族としての立場もあいつに戻る。護られる立場だったら、その辺の奴らは手を出せない。万事解決だろ、なんでそれをしないんだ」
「婚姻で彼女を縛ることが解決か? 身の安全のためであれ、表向き婚姻を結べば彼女は俺に従うだろうな。父親に報復した男に無条件で付き従う羽目になる——それが解決なのか?」
「父親のことは自分で乗り越えて、あんたと向き合うはずだ。あんたが思うよりもあいつは強い。あんたの前では弱々しく振る舞ってるだけだ……最初だって俺とあんたの前じゃ別人みたいだったしな」
「……君に彼女の何が分かる」
「そう言うなら、俺なんかに託そうとするなよ。誰かに託しても幸せになるなんて保証はない。俺は、好きなやつと一緒にいられるなら、そっちのほうが幸せだと思ってる。……あいつが好きなのは、あんたじゃないか」
「——違う」
鋭い否定に、フィリップが困惑する。
顔を合わせたときに比べ、ルネの表情は少しずつ落ち着いていった。
「……彼女が想っていたのは、優しかった執事だ。俺が報復のために演じていた、偽りの姿を慕っていただけだ。……俺は、最初から報復のためにここに来ている。彼女が好きなのは、本当の俺じゃないんだよ」
最後の言葉は、夜風に攫われるように溶けていった。
言葉をなくしたフィリップに、ルネは敵意を消して、
「君の意見は理解した。……彼女を連れ去ったのは嘘だな? 中にいるんだろう? まったく……無駄な騒動を起こしてくれる。クール嬢あたりの入れ知恵か……彼女はそこらじゅうに探りを入れていたみたいだしな」
話しながら歩いていく。
「彼女を攫う気がないなら、君も早く帰るといい。先日体調を崩していたなら、この寒い夜風に当たるのはよくないだろう」
もう話は終えたと言わんばかりにすり替わった話題と、淡泊なようすで横を過ぎていったルネを、フィリップは苛立つ思いで振り返っていた。
「——なんでだ! 違うだろっ!」
反応のないルネの背中に、当たり散らすように、
「あんた俺にケンカ売ってきたよな? あれはなんだよ! 復讐のためだけにそばにいたなんて嘘だろ! 俺の邪魔ばっかしやがって……何が報復だ! あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ? 家を取り戻すことよりも復讐よりも、あんたの根幹にあったのは貴族になることだろ! 使用人じゃあいつと結婚できないから——」
重たいドアを引いて、やかましい声を閉ざした。
戸惑いを浮かべて待機していた使用人たちにルネが目を回すと、待ち受けていたゲランが謝罪を口にした。
「申し訳ありません、命令に反しました」
「仕方ないですね……あちらにも本気で攫う気はなかったのでしょう」
「いえ、フィリップ様のことだけでなく……わたくしはルネ様の命令にことごとく反しましたので、解雇していただきたい」
「……他に何を反したと?」
「——お嬢様は、お部屋におられます。尖塔ではなく、お嬢様の寝室でございます。ルネ様が帰宅の際に伝えるよう託かっております」
「…………それは、新しい主人などには従わないという貴方がたの叛意と捉えるが、構わないんだな?」
「他の者はわたくしの指示に従ったのみ。全てわたくしに責任がございます」
ゲランに鋭い一瞥を向けたが、言葉なくルネは3階へと足を進めた。
階段を上がる音が、ルネの頭に残るうるさい声と重なる。
——あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ?
フィリップの言葉は、ルネの頭に遠い過去を招いた。
——今日、ネリーに言われたのだけど……わたしとルネは、結婚できないの? 結婚したらだめ?
——それは差し支えございますね。
——どうして?
——私は……使用人でございますから。
一時ではあったが、何度もしつこく尋ねてきた時期があった。
いつの間にか彼女も理解したのか、いっさい口にしなくなったが……
たどり着いたドアを、強く叩く。
このドアは厚すぎて、軽いノックや返事は通らない。
反応がないのは当然のことで、そもそも叩く立場でもないと思い出し、ドアを開いた。
ピアノの音が鳴っている。
ドアを開く前から、その音はもれ聞こえていた。
静かな夜想曲が、ゆるやかに音を止めた。
立ち塞ぐように腕を組んだ彼は、ルネの姿を目にして口角を上げた。
「——おう、遅い登場じゃないか。元使用人のルネ様とやらは」
「……彼女はどこだ」
馬から飛び降りたルネの鋭い目に、フィリップは動じることなく答える。
「一足遅かったな。もう俺が連れ去ってやった。ここの屋敷の奴らが拍子ぬけするほど手応えないから、簡単に攫えちまったな」
「それが本当なら、なぜ残っている? わざわざ俺に宣言する必要があるか?」
「あるよな? あんたは散々俺の邪魔をしてきたんだから、文句のひとつくらい言わせろよ」
「そうか、なら悪手を打ったな。君を捕らえて居場所を吐かせてやる」
「ハッ、ずいぶん好戦的じゃないか。あんたの本性はそっちか? 俺に手を出したら、あんたの大事なものがなくなるぞ」
「……あいにくだが俺も貴族の地位を得た。現状の爵位は君よりも上だ。屋敷へと押し入った君を処罰しても筋は通る」
「ごまかすな。あんたの大事なものはそっちじゃないだろ」
闇を背にしたルネの目が細まる。
屋敷の明かりを背負ったフィリップは、その目を強く見据えた。
「このままあいつを閉じこめておく気だったか? 落ち着くまで? そんなのいつになるか分からないぞ」
「………………」
「使用人たちの抵抗のなさはなんだ? 連れてきた者たちは外の見張りしかやってない。俺ひとりでも連れ出せるこの状況はなんだよ。俺の連れ出し待ちか? あんたが俺をそこまで信頼してるとは思わなかったな!」
「……ラウルに何か命じたな? 俺を呼び戻して何がしたい?」
策略を理解したルネに、フィリップは不敵に笑っていた表情を収めた。
「——あんたは、あいつを護れる解決策を分かってるだろ。こんなふうに閉じこめなくても、真っ当に解決できる手段を。……どうしてそれをしないんだ」
ざわりと、向かい合う二人の髪が風に煽られる。
ルネは答えない。
フィリップだけが言葉を発していく。
「——婚姻で、すべて解決できる。あんたがあいつを娶れば、被害者のあんたが娘を赦していることもはっきりするし、貴族としての立場もあいつに戻る。護られる立場だったら、その辺の奴らは手を出せない。万事解決だろ、なんでそれをしないんだ」
「婚姻で彼女を縛ることが解決か? 身の安全のためであれ、表向き婚姻を結べば彼女は俺に従うだろうな。父親に報復した男に無条件で付き従う羽目になる——それが解決なのか?」
「父親のことは自分で乗り越えて、あんたと向き合うはずだ。あんたが思うよりもあいつは強い。あんたの前では弱々しく振る舞ってるだけだ……最初だって俺とあんたの前じゃ別人みたいだったしな」
「……君に彼女の何が分かる」
「そう言うなら、俺なんかに託そうとするなよ。誰かに託しても幸せになるなんて保証はない。俺は、好きなやつと一緒にいられるなら、そっちのほうが幸せだと思ってる。……あいつが好きなのは、あんたじゃないか」
「——違う」
鋭い否定に、フィリップが困惑する。
顔を合わせたときに比べ、ルネの表情は少しずつ落ち着いていった。
「……彼女が想っていたのは、優しかった執事だ。俺が報復のために演じていた、偽りの姿を慕っていただけだ。……俺は、最初から報復のためにここに来ている。彼女が好きなのは、本当の俺じゃないんだよ」
最後の言葉は、夜風に攫われるように溶けていった。
言葉をなくしたフィリップに、ルネは敵意を消して、
「君の意見は理解した。……彼女を連れ去ったのは嘘だな? 中にいるんだろう? まったく……無駄な騒動を起こしてくれる。クール嬢あたりの入れ知恵か……彼女はそこらじゅうに探りを入れていたみたいだしな」
話しながら歩いていく。
「彼女を攫う気がないなら、君も早く帰るといい。先日体調を崩していたなら、この寒い夜風に当たるのはよくないだろう」
もう話は終えたと言わんばかりにすり替わった話題と、淡泊なようすで横を過ぎていったルネを、フィリップは苛立つ思いで振り返っていた。
「——なんでだ! 違うだろっ!」
反応のないルネの背中に、当たり散らすように、
「あんた俺にケンカ売ってきたよな? あれはなんだよ! 復讐のためだけにそばにいたなんて嘘だろ! 俺の邪魔ばっかしやがって……何が報復だ! あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ? 家を取り戻すことよりも復讐よりも、あんたの根幹にあったのは貴族になることだろ! 使用人じゃあいつと結婚できないから——」
重たいドアを引いて、やかましい声を閉ざした。
戸惑いを浮かべて待機していた使用人たちにルネが目を回すと、待ち受けていたゲランが謝罪を口にした。
「申し訳ありません、命令に反しました」
「仕方ないですね……あちらにも本気で攫う気はなかったのでしょう」
「いえ、フィリップ様のことだけでなく……わたくしはルネ様の命令にことごとく反しましたので、解雇していただきたい」
「……他に何を反したと?」
「——お嬢様は、お部屋におられます。尖塔ではなく、お嬢様の寝室でございます。ルネ様が帰宅の際に伝えるよう託かっております」
「…………それは、新しい主人などには従わないという貴方がたの叛意と捉えるが、構わないんだな?」
「他の者はわたくしの指示に従ったのみ。全てわたくしに責任がございます」
ゲランに鋭い一瞥を向けたが、言葉なくルネは3階へと足を進めた。
階段を上がる音が、ルネの頭に残るうるさい声と重なる。
——あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ?
フィリップの言葉は、ルネの頭に遠い過去を招いた。
——今日、ネリーに言われたのだけど……わたしとルネは、結婚できないの? 結婚したらだめ?
——それは差し支えございますね。
——どうして?
——私は……使用人でございますから。
一時ではあったが、何度もしつこく尋ねてきた時期があった。
いつの間にか彼女も理解したのか、いっさい口にしなくなったが……
たどり着いたドアを、強く叩く。
このドアは厚すぎて、軽いノックや返事は通らない。
反応がないのは当然のことで、そもそも叩く立場でもないと思い出し、ドアを開いた。
ピアノの音が鳴っている。
ドアを開く前から、その音はもれ聞こえていた。
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