【R18】好奇心に殺されたプシュケ

藤香いつき

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真実が終わりを告げる

Chap.6 Sec.10

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 馬車など待てず、馬に乗って屋敷まで最速で戻ってきたルネを待ち構えていたのは、エントランスのドア前に立つフィリップだった。

 立ち塞ぐように腕を組んだ彼は、ルネの姿を目にして口角を上げた。

「——おう、遅い登場じゃないか。元使用人のルネ様とやらは」
「……彼女はどこだ」

 馬から飛び降りたルネの鋭い目に、フィリップは動じることなく答える。

「一足遅かったな。もう俺が連れ去ってやった。ここの屋敷の奴らが拍子ひょうしぬけするほど手応えないから、簡単に攫えちまったな」
「それが本当なら、なぜ残っている? わざわざ俺に宣言する必要があるか?」
「あるよな? あんたは散々俺の邪魔をしてきたんだから、文句のひとつくらい言わせろよ」
「そうか、なら悪手を打ったな。君を捕らえて居場所を吐かせてやる」
「ハッ、ずいぶん好戦的じゃないか。あんたの本性はそっちか? 俺に手を出したら、あんたの大事なものがなくなるぞ」
「……あいにくだが俺も貴族の地位を得た。現状の爵位は君よりも上だ。屋敷へと押し入った君を処罰しても筋は通る」
「ごまかすな。あんたの大事なものはそっちじゃないだろ」

 闇を背にしたルネの目が細まる。
 屋敷の明かりを背負ったフィリップは、その目を強く見据えた。

「このままあいつを閉じこめておく気だったか? 落ち着くまで? そんなのいつになるか分からないぞ」
「………………」
「使用人たちの抵抗のなさはなんだ? 連れてきた者たちは外の見張りしかやってない。俺ひとりでも連れ出せるこの状況はなんだよ。俺の連れ出し待ちか? あんたが俺をそこまで信頼してるとは思わなかったな!」
「……ラウルに何か命じたな? 俺を呼び戻して何がしたい?」

 策略を理解したルネに、フィリップは不敵に笑っていた表情を収めた。

「——あんたは、あいつを護れる解決策を分かってるだろ。こんなふうに閉じこめなくても、真っ当に解決できる手段を。……どうしてをしないんだ」

 ざわりと、向かい合う二人の髪が風に煽られる。
 ルネは答えない。
 フィリップだけが言葉を発していく。

「——婚姻で、すべて解決できる。あんたがあいつをめとれば、被害者のあんたが娘をゆるしていることもはっきりするし、貴族としての立場もあいつに戻る。護られる立場だったら、その辺の奴らは手を出せない。万事解決だろ、なんでそれをしないんだ」
「婚姻で彼女を縛ることが解決か? 身の安全のためであれ、表向き婚姻を結べば彼女は俺に従うだろうな。父親に報復した男に無条件で付き従う羽目になる——それが解決なのか?」
「父親のことは自分で乗り越えて、あんたと向き合うはずだ。あんたが思うよりもあいつは強い。あんたの前では弱々しく振る舞ってるだけだ……最初だって俺とあんたの前じゃ別人みたいだったしな」
「……君に彼女の何が分かる」
「そう言うなら、俺なんかに託そうとするなよ。誰かに託しても幸せになるなんて保証はない。俺は、好きなやつと一緒にいられるなら、そっちのほうが幸せだと思ってる。……あいつが好きなのは、あんたじゃないか」
「——違う」

 鋭い否定に、フィリップが困惑する。
 顔を合わせたときに比べ、ルネの表情は少しずつ落ち着いていった。

「……彼女が想っていたのは、優しかった執事だ。俺が報復のために演じていた、偽りの姿を慕っていただけだ。……俺は、最初から報復のためにここに来ている。彼女が好きなのは、本当の俺じゃないんだよ」

 最後の言葉は、夜風に攫われるように溶けていった。
 言葉をなくしたフィリップに、ルネは敵意を消して、

「君の意見は理解した。……彼女を連れ去ったのは嘘だな? 中にいるんだろう? まったく……無駄な騒動を起こしてくれる。クール嬢あたりの入れ知恵か……彼女はそこらじゅうに探りを入れていたみたいだしな」

 話しながら歩いていく。

「彼女を攫う気がないなら、君も早く帰るといい。先日体調を崩していたなら、この寒い夜風に当たるのはよくないだろう」

 もう話は終えたと言わんばかりにすり替わった話題と、淡泊なようすで横を過ぎていったルネを、フィリップはいら立つ思いで振り返っていた。

「——なんでだ! 違うだろっ!」

 反応のないルネの背中に、当たり散らすように、

「あんた俺にケンカ売ってきたよな? あれはなんだよ! 復讐のためだけにそばにいたなんて嘘だろ! 俺の邪魔ばっかしやがって……何が報復だ! あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ? 家を取り戻すことよりも復讐よりも、あんたの根幹にあったのは貴族になることだろ! 使用人じゃあいつと結婚できないから——」 

 重たいドアを引いて、やかましい声を閉ざした。
 戸惑いを浮かべて待機していた使用人たちにルネが目を回すと、待ち受けていたゲランが謝罪を口にした。

「申し訳ありません、命令に反しました」
「仕方ないですね……あちらにも本気で攫う気はなかったのでしょう」
「いえ、フィリップ様のことだけでなく……わたくしはルネ様の命令にことごとく反しましたので、解雇していただきたい」
「……他に何を反したと?」
「——お嬢様は、お部屋におられます。尖塔ではなく、お嬢様の寝室でございます。ルネ様が帰宅の際に伝えるようことづかっております」
「…………それは、新しい主人などには従わないという貴方がたの叛意はんいと捉えるが、構わないんだな?」
「他の者はわたくしの指示に従ったのみ。全てわたくしに責任がございます」

 ゲランに鋭い一瞥いちべつを向けたが、言葉なくルネは3階へと足を進めた。

 階段を上がる音が、ルネの頭に残るうるさい声と重なる。

——あんたはただ、あいつと対等になりたかっただけじゃないのかっ? 

 フィリップの言葉は、ルネの頭に遠い過去を招いた。

——今日、ネリーに言われたのだけど……わたしとルネは、結婚できないの? 結婚したらだめ?
——それは差し支えございますね。
——どうして?
——わたくしは……使用人でございますから。

 一時いっときではあったが、何度もしつこく尋ねてきた時期があった。
 いつの間にか彼女も理解したのか、いっさい口にしなくなったが……

 たどり着いたドアを、強く叩く。
 このドアは厚すぎて、軽いノックや返事は通らない。
 反応がないのは当然のことで、そもそも叩く立場でもないと思い出し、ドアを開いた。

 ピアノの音が鳴っている。
 ドアを開く前から、その音はもれ聞こえていた。

 静かな夜想曲が、ゆるやかに音を止めた。
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