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育てるなら、まつげ?
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しおりを挟む「けっきょく可愛いって言われなかったからね」
「また言ってる……」
初呑みから3回目の対面。
2回目は1回目の翌日に「可愛いって言われてない問題」を報告している。
3回目は本日、休日の昼。借りたブラウスを返すついでに、お礼の日本酒を持っていくと伝えてあった。
「んーと? ……レイちゃん、これはなんて読むの?」
「梵、ゴールド。ワインの大会で賞とってるって書いてあったから、ティアくんも好きかなと」
「日本酒なのにワインの大会……?」
「——ところで、ちょっといいかな?」
「うん?」
日本酒の瓶を眺めていたティアに、テーブルの上を手で示した。
「パスタ作るからランチしよう——って言ったよね?」
「うん、言ったよ?」
「私も何か一品もってくよ、って言ったら、サラダ担当でいいって言ったよね?」
「? うん」
「……じゃあ、この他のものたちはなんだろう?」
しれっと用意されている食卓には、透明のガラスプレートに並ぶ10種類近くありそうな一品料理。フグやらホタテの刺身やらアナゴやら……日本酒と伝えてあったがゆえに、和風。パスタも蕎麦を使ったものらしい。
同じようにテーブルに目を落とした彼は、私に視線を戻して、
「作ったのはパスタだけなんだよ。レシピみて試してみただけ。あとは……送られてきた物で日本酒に合いそうなのをあれもこれもって載せてたら……こうなってたんだよね?」
「私のお礼にならない……」
「気にしないで、どれも貰い物だから」
「気にするよ。私の日本酒、そんな高くないのに……」
「大事なのは金額じゃないよ」
微笑む彼に促されて、席につく。向かい合う彼は長い髪をポニーテールにしていて、前回よりも爽やかな雰囲気だった。
日本酒用のグラスで乾杯して、互いに口付ける。
「……ティアくん、どう?」
「うん、美味しいよ。やわらかいのにフレッシュな感じで……たしかにワインっぽいかも。これならワイングラスでよかったかな?」
「なんでもいいよ、飲めるなら」
「……ね、レイちゃんって適当だよね?」
「否定しない」
続いてパスタを食べた。
生卵をつぶして、蕎麦に絡めていく。すでに美味しい香りがする。
「これ、なんの香り?」
「うん? ……あ、トリュフのことかな? トリュフオイルを絡めてあるんだ」
「………………」
「大丈夫、オイルだから高くないよ」
「ほんとに? ほんとに高くない? いくら……いや、言わないで。もう値段なにも言わないで!」
「うん、黙っておくから早く食べて」
パスタと同じ要領で口へと運んだ。カルボナーラのようにコクがある。でも、蕎麦の香ばしい深みがトリュフオイルと混ざって……濃厚な旨味を生んでいる。
「美味しい」
「よかった、初めて作ったから不安だったんだよね」
「初めてなんだ?」
「うん、僕は料理そんなにしないから」
「……そうなの? そのわりには食器ありすぎじゃない?」
「うーん……なんか貰うんだよね? 旅行好きな知り合いから色々送られてくるから……捨てるのも可哀想だし、とっておいてる。レイちゃんが来てくれたことで日の目を見てるね?」
「あぁ、だからあんまり統一感がないんだ……」
和洋まぜこぜの食器は、こだわりがあるようでない。
箸は貰わないのか気を遣ってくれているのか、いつも割り箸が用意されている。
食事を進めていると、彼のほうから話題が出された。
「例の——後輩の子は、どう? 何もない?」
「え? ……あ、みのりちゃん?」
「うん」
「謝ってきてくれたし、平穏だね。もともと悪いコじゃないよ。やっぱり私の彼氏なんて知らなかったんだよ」
「……そう?」
「知ってたとしても、もういいよ。なんだかんだ言って男はみんな可愛いコが好きなんだ。私は学習しました」
「……レイちゃんも可愛いのに」
「いや、けっきょく可愛いって言われなかったからね」
「また言ってる……」
ティアが細い目で吐息した。
「きみの周りの人たちは、見る目がないね?」
「…………でも、あの日は鏡を見るのが楽しかったよ。ありがとう」
「……それは、どういたしまして」
何か物足りない空気ながらも、彼は感謝を受け取った。
10秒ほど、少しだけ考えるように目を伏せていて、そっとこちらに目を合わせ、
「ね、せっかくだから、これを機にやりたいこととかない?」
「やりたいことって——スカイダイビングとか?」
「えっ? いやいや、そんなの全然思ってなかったけど……スカイダイビングしたいの?」
「すっきりしそうだよね」
「そう……?」
「やらないけど」
「……やらないんだ」
「お金かかると思う。結婚のためにずっと節約してたけど、この金銭感覚は今後も維持していきたい。将来独り身の自分のために」
「……ね、極端じゃない? 次の恋もあると思うよ?」
「——そうだ、なんか生き物を飼おう! そうしたら淋しくない!」
「……たいていの生き物は人間より早く死ぬよね?」
「…………じゃあ植物にしよう。観葉植物でも買ってきて育てるよ」
「うん、それはいいんじゃない?」
「私、貰ったお花を1ヶ月もたずに枯らすタイプの人間だけど、平気だよね? 観葉植物はもつよね?」
「…………それでよく生き物を飼うって言ったね?」
あきれる顔でグラスを傾けるティアは、喉に日本酒を流して、ふと、ひらめいた顔をした。
「——思いついた。レイちゃんが育てるのにぴったりな物があるよ!」
「え、なに? サボテンなんて言わないでね? 元彼の家にあったから地雷だよ?」
「言わないよ、レイちゃんサボテンも枯らしそう」
「失礼だな……」
「僕のおすすめは絶対に枯れないから、育ててみようよ」
「いいけど……なに? なんの植物?」
「植物じゃなくて——まつげ!」
にこっと笑う、綺麗な顔。
「は?」
素直に不躾な反応が出た私は、決して悪くないと思う。
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