【完結】美容講座は呑みながら

藤香いつき

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For Your Sake

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 ぴかりとキレイな爪。
 ピンクベージュの優しい色みを見つめて、ふうっと息を吐く。
 
 始業前の朝時間に、珈琲コーヒーの入ったカップを添えて立ち上げ中のラップトップから、そろりと左へ目を流す。
 
「おはよう、安井さん」
「おはよう」
 
 にこっと返ってきた笑顔は普通。席に着く同期のオーラを左半身で読み取ってみるが、ごくごく普通。
 
——俺も、立候補していい?
 
 先週末に告白っぽい言葉をもらった気がするが、思い違いでは?
 勝手に舞いあがって本日ぴかぴかにして来た私は、痛いひとでは?
 
 ぎりぎり結べる長さに切った髪は、軽く巻いている。前髪は薄めで、全体的にムースを使いウェット感。(このウェット感って流行長いな?)
 メイクはコンシーラーで気になるところを隠しつつ、全体はクッションファンデでうっすら。
 
——厚塗りは絶対だめ。年齢出やすくなるし、レイちゃんの良さはナチュラル感だから。

 今日は朝っぱらからティアの指導を受けている。
 出勤前にお邪魔して、見張られながらメイクをしてきたのだった。
 
 眉にもきちんとパウダーを乗せて、(1本1本書くタイプは一生無理なのであきらめて、) 眉マスカラでワントーン明るく。
 健気に育っているまつげは、ブラウンのマスカラだけ。アイラインは端にすこし。アイシャドウも馴染みのよいブラウン系。チークもほんのり。
 色彩はどれも控えめ。一見して普段と大きく変わらない。
 唇はじんわり発色系のティント(らしい)。ピーチっぽいカラー。ブルベと言われてから遠ざけていたカラーだが、唇にのせてみると意外に合う。うるんとしたツヤを感じる。
 シンプルな全体に、唇は少し印象的な感じで仕上がっている。
 
 ……さて。
 
「……あのさ、」
 
 隣に顔を向けて、声をかける。
 とくに目立った印象のない同期は、いつもコツコツと仕事をしている。同期の男性とキャンプに行って楽しかった——それくらいしか趣味についての情報がない。
 
 レイコの呼びかけに、「ん?」親しげな瞳が流れる。
 
「……今週末って、空いてる? 先週言ってた日本酒のお店が気になるから……よかったら、連れていってほしいな……?」

 ——無理だったらいいんだよ。自分で行くから。店名だけ教えて。
 すぐにでも言い訳を打ち返せるよう構えて尋ねると、同期の彼はパッと表情を明るくした。
 
「いいよ、行こう! 金曜あたり?」
「あ、うん」
「空けとく。店も予約しとく」
「ありがとう」

 楽しみそうな表情に、ひとまず安堵あんど

(ミッションクリアだよ、ティアくん)
 
 心のなかのティアに報告しつつ、ラップトップに目を戻そうとしたが、
 
「安井さん、髪切った?」
「うん、ちょっと邪魔だったから」
「似合ってるね。髪切って雰囲気かわいく……あ、これってセクハラか。ごめん」
「いや……嬉しいよ、ありがと」

 反応薄く返してから、珈琲に手を伸ばす。
 唇をカップのふちにギュッとつけて、
 
(……まずい。にやけそう。落ち着け落ち着け。素数を唱えるんだ)
 
 と思ったが、一桁でつまずいた。
 
(ティアくん! いま可愛いって惜しかった! 惜しかったよ!!)
 
 素数は諦めて、心のなかのティアに向かって叫ぶことで精神統一を図っていた。
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