虎狩りと鴨撃ちの輪舞(ロンド) ~奈佐原高校チェス同好会~

奈倉柊

文字の大きさ
12 / 26
第一部  白:佐々木航太  黒:鷺沢悠  20xx年9月x日

11:Intermission:蛙と蛇の遁走曲(フーガ)(11.Rg1 cxb5)

しおりを挟む
 何でこんなことになったんだ?
 月曜夜七時、タクシーで連れて来られた山ん中。
 スマホの電波が入らない。
 つまり今、スタジオを見に行ってるはずの大宮と連絡が取れない。
 古民家だか山小屋だかよくわからない建物の中で、俺は鮎川と向かい合って座っていた。
 鮎川凛久。一応クラスメイトだけどほとんど喋ったことなかった奴。
 むしろ絶対に関わりたくないと思ってた奴。
 テーブルの上にはなんか鹿? 「鹿の何とか」が乗ってて、鮎川はしれっとした顔でそれを食ってる。慣れた手つきで、優雅にナイフとフォークを使って。
「もしかしてジビエ苦手だった?」
「…いや苦手も何も、え? じびえ?って何」
「猟鳥獣。家畜じゃなくて狩りで獲る野生の肉のこと。ちなみに、ここの鹿肉は罠猟だし下処理もちゃんとされてるから、美味いよ」
 ジビエとか罠猟とか、今まで生きてきて一回も発音したことない単語だわ。
 高校生男子が二人で飯食うのに、タクシーでこんなとこ来る奴いるか(目の前にいる)。
 鮎川は店主(だと思う)と顔見知りで、友達連れてきたんでなんか食わせてやって下さい、みたいな適当な注文をした。それがあっさり通ったから、俺はますます怯んだ。
「その辺のファミレスとかファストフードで良かったのに。ていうか、俺はむしろそっちの方がありがたかったんだけど」
「支払いの心配はしなくていいよ。で? 俺に何か話があるんじゃないの?」
 話? だからその辺のファミレスかファストフードが良かったっていう話だよ。それ以外に話なんかないよ。何だよ支払いの心配はしなくていいって。クソ腹立つな。
 沈黙。間が持たないから俺もナイフとフォークを手に取って、目の前の鹿肉を切断した。
 何これ。
 俺の無言の驚愕に、鮎川がぬるく微笑む。いいから食べてみな、みたいな生優しい目で俺を見てくる(ちょっと背中がぞわっとする)。
 予想した硬さも筋っぽさも全然ない。
 ジューシーだけど適度に噛み応えがあって、臭みはないんだけどちょっと野生ぽい味がするっていう、何ならエネルギッシュって言ってもいい感じの旨さ(死んだ鹿の肉な)。

 ともあれ、鮎川は一応その店で「鷺沢の事情」を話してくれた。どうせ吹部は全員知ってることだからチェス部に知られても別にいい、と、鷺沢が許可したんだそうだ。
 勝手な妄想で鮎川をヤバい奴に仕立ててた俺は、かなり反省した。まあ鮎川がクソつまんない優等生であることに変わりはないけど、鷺沢の不幸の源でないことは理解できた。
「だから、俺があいつと一緒にいんのは、単純にそういう事情」
 鮎川はそう言って、話を終えた。
 いや、鮎川の話にはまだ続きがあった。
 鮎川はそこから、そのジビエの店の建物がかなり古くて建築としての価値がどうとか、わりと高めの熱量で説明し始めた。まあ確かに柱とか天井の梁とか、俺の目にもなんかすごそうに見えたから、ふうん、と思いながら聞いてた。
 鮎川の両親がこの店を気に入り、以前から建物の維持費などをある程度援助している、ということだった(何なんだよ援助って。どこの富豪だよ)。だから鮎川は子供の頃からよくこの店に来ていて、二階にも自由に出入りしている。
「この階段とかも、結構珍しい造りでさ」
 後ろからついてくる鮎川に促されて、その階段を上まで昇った。
 と、後ろから両肩に手が置かれ、その手が俺の身体をなめらかに180度反転させた。
「ここなら二人だけで話せる」
 顔と顔の直線距離がいきなり20センチ。
「いや近いよ鮎川」
「嫌じゃないだろ」
「え、この距離はちょっと嫌だよ」
 鮎川はなんか面白がる顔になって、さらに俺に顔を寄せてきた。
「俺に興味あるんじゃなかったの」
「いやないない」
「俺と悠の関係、あんなに訊いてきたのに?」
 やばい。俺が鷺沢とのことを詮索しまくったせいで、鮎川の脳内に壮大な誤解が生まれてる。
 とりあえず顔を背けてみたけど、大して居心地良くはならない。
「大丈夫だよ。俺、気持ち悪いとか思わないから。それに今の悠とずっと一緒だと気が滅入ることもあるし、ニキならそういうの、紛らわせてくれそうな気がするし」
 鮎川の指がつっと俺の顎に触れる。紛らわせるってどうやって? 今これで正面向かされたら唇と唇が間違いなく重なるんだけど。
 マジでこれ俺、自分がこの立場に置かれると思ったことなくて、嫌なら相手突き飛ばして逃げりゃいいじゃん、と思ってたけど実際こうなってみると逃げられない。
 リアルに身体が動かない。
「えっと、鮎川…」
「りく。下の名前で呼んでくれていい」
 いやそういうことじゃないから。
「とりあえず俺ら、試しに付き合ってみようよ?」
 うん、と言えば放してもらえる、という考えが一瞬よぎって一瞬で消えた。
「あの、鮎川」
「何?」
「あの俺、他に付き合ってる奴いるから。だから、ごめん」
「え、そうなの?」
「ほんと、悪い。誤解させるようなこといろいろ訊いて。俺、鷺沢が元気ないの気になって、理由が知りたかっただけで」
 鮎川は秒で俺を放すと、片手で自分の顔面を覆った。
「何だよそれ。最悪じゃないか」
「いや、ほんと俺が悪かった、っていうか完璧忘れてくれていいから」
 俺が言うと鮎川は、けど本当に、と追及してきた。「ニキって付き合ってる子とかいる? そういう気配、感じたことないけど」
 そりゃそうだよ。いないんだから。
 いないんだけど。
「本当にいるなら、写真見せてよ」
 この展開。
 俺のカメラロールはほとんどチェスで占められてるし(棋譜とかプロブレムとか珍しいチェスセットとか)。女子がまったく写ってないわけじゃないけどツーショットはさすがにないし、クラスの女子じゃ一発で嘘だってバレるし。
 スマホの画面を開いて、俺は仕方なく、大宮専用フォルダをタップした。ちなみに大宮が映ってるすべての写真がそこに入れてある。俺とのツーショットも余裕でびっしりある。
 ちょっとスクロールしてみて、俺は一枚を選んだ。
 右の手のひらにナイトとビショップを乗せておどけてる俺の隣で、頭の上にルークを乗せた(正確には俺によって乗せられた)大宮が、カメラに向けて氷点下の視線を放っている。
 ほらこれ、と言って、俺はその画面を鮎川に見せた。
 鮎川は画面をのぞき込むと普通に、何だそうなのか、と呟いて、それ以上疑わなかった。
 何で?
 男同士のツーショット見せられて、しかも片方があり得ないくらい陰気な目してんのに、付き合ってる同士って信じるの何で?
 そもそも俺の大宮専用フォルダは、どっちが目つき最悪ショットを撮るかで航太と記録更新を競ってる、それ用のフォルダなのに。

 店を出て再びタクシーに乗る頃には、俺はぐったりしていた。
 いろいろ消耗した。し尽くした。
 そのうえ腹がいっぱいで頭がぼんやりして、俺はタクシーの中で眠り込んでしまった。
気がついたとき、俺の頭は全力で鮎川の肩に乗っていて、慌てて跳ね起きた俺に鮎川は優しく微笑み、よく寝てたね、と言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

処理中です...