虎狩りと鴨撃ちの輪舞(ロンド) ~奈佐原高校チェス同好会~

奈倉柊

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第二部  白:奈佐原高校チェス同好会feat.鷺沢悠  黒:鮎川凛久  20xx年10月x日

16:虎狩りと鴨撃ちの輪舞曲(ロンド)(16.Nc3 Bc5)

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 初手、g3。
 僕は鷺沢に、言うべきことは全部言った。
 自分が誘ったなんて思わなくていいし、そう思わせようとしてくる奴がいても耳を貸さなくていい、したくない相手とはしなくていいし、そもそもそういうこと言ってくる奴はただのクソ野郎だから二度と関わらなくていい、と。
 今の鷺沢にどこまで伝わるのか確信は持てなかったけど、鷺沢の話を聞くだけ聞いて自分ひとりで飲み込むことはできなかった。
 チェスを覚えたのが入院中の病院だったことを話してくれた時、鷺沢が言ってたのを思い出した。
「チェスやってれば時間が経つのを忘れられるし、嫌なことも考えずに済むから」
 あれは、そういうことだったのか、と思った。
 一度気づいてしまったら、もう耐えられなくなった。
「なんで航太が泣くの」
 素のままの感じの鷺沢の声がして、顔を上げると鷺沢はちらっと笑ってみせた。
「なんで鷺沢は笑うの」
「もしかして僕のこと、可哀想だと思ってる?」
 面白がるみたいな顔で、そんなことを言ってくる。
「航太の言うこと聞いてたら、僕が虐待にでも遭ってるみたいだけど、別にそこまで無理やりっていうか、ただ一方的な感じってわけでもないから」
「何言ってんのそれ?」
 質問を重ねようとして、僕は不意に口を噤んだ。
 ああ、そうなのか。
 鷺沢は、認めてないのか。
「頭の中でチェスをしてれば、そのうち終わることだよ。嫌々っていってもまあ、気持ちいいことがないわけじゃないしさ」
 僕と初めて対局した後の、迷いなく僕を誘惑してきたときの、あの仄暗い感じの目。
 駄目だ、鷺沢。そこに逃げたら全部がおかしくなる。
 全部がおかしくなるよ。
「そういう話、今まで誰かに相談したりしたことは?」
「ないよ」
 当然の即答。
「他に知ってる人は誰もいない?」
 信じられないことに、鷺沢はちょっと目を泳がせてからこう答えた。
 凛久は知ってる、と。

 僕の規格外れの初手に、鷺沢は動じることなく定番のe5で返してきた。
 f3にナイトを上げると、e5のポーンをe4に進めてナイトを威嚇してきた。
 何だ、このオープニングは。
 いったんナイトを引き、4手目でe4のポーンにd3をぶつけると、鷺沢はd3ポーンを取った。
 僕は鷺沢のポーンをクイーンで取り返した。
 鷺沢はナイトを跳ねた後、ビショップでチェックを掛けてきた。
 僕の指し方を「虎狩り」みたいだと言ったのは鷺沢だけど(鷺沢が僕のチェスを見て連想したのは、昔の中国でやってた伝統的な虎狩りの方法なんだそうだ)、それで言うなら鷺沢の指し方は「鴨撃ち」みたいだ、と思う。
 ビショップの斜めの効き筋を活かした奇襲や待ち伏せが、劇的に巧い。
 チェスピースの中でどれがいちばん好きか訊いたら、鷺沢は間違いなくビショップ、と答えると思う。
 なのに今回、鷺沢はそのビショップを捨てて強引な連続チェックに出た。
 らしくない。
 僕がナイトで鷺沢のビショップを取ると、鷺沢は涼しい顔でキングを安全な場所へ移キャスリングし、視線を上げると唇の片端で軽く笑ってみせた。
 どこまでも、平気なフリをする。
 だけどそもそも僕は、今日は鷺沢を一人にしないほうがいいと判断して、鷺沢を自分の家に誘った。鷺沢は一応ついては来たものの、僕の部屋のチェス盤を見るまではずっと、リビングで時計を見ながらそわそわしていたのだ。
「あのさ、鷺沢が行かなかったからって、誰かが文句言ってくるわけ?」
「僕はただ、約束を破るのが嫌なだけで」
 歯切れの悪い言い訳をしながら、まだ時間を気にする。
「文句言ってくる奴がいるんなら、そいつが元凶だよ。鷺沢だって薄々わかってるんじゃないの?」
 僕が言うと、鷺沢は深いため息を吐いた。
 もちろん僕にはもう、察しがついてた。
 だって、あれだけ鷺沢の近くにいる奴が、知ってて何もしないなんてあり得ない。

「これって、航太はあんまり振り返りたくない対局なんじゃないの」
 僕の部屋のナイトテーブルに置かれたチェス盤を見て、鷺沢は即座にそう言った。
 その盤上に僕が再現していたのは鷺沢との二局目で、結局、鷺沢の気を逸らすためにはそれが必要だった。
「負けた対局は全部、振り返りたくないよ。このきれいに無視されたナイトとか、もうボードひっくり返したくなるくらい恥ずかしいよ」
 僕がそう言うと鷺沢は、初めて声をたてて笑った。
「だけど負けた対局を振り返らなかったら、負けた意味すらなくなるからさ」
 夕食も取らず二階の部屋に閉じ籠っている僕らに、ここ置いとくから食べなよ、と母親がドアの外に置いていったのは、ホットドッグと山盛りのフライドポテトだった。
 鷺沢はこういうのは食べないだろう、と思ったけど、意外にも鷺沢はそれを見てめちゃくちゃテンションを上げた。
「これフードコートで迷ったやつだよ。結局たこ焼きの誘惑に負けて、こういう感じの食べそびれたから、すごい嬉しい」
 どっちかというと近寄りがたい雰囲気だと思ってたけど、鷺沢ってこんなことではしゃいだりするんだ。
 しかも、これって手で食べていいやつなの、とか訊いてくる。
 一瞬、鷺沢がナイフとフォークでホットドッグを一口ずつ食べるところを想像した。
 可愛すぎる、と思ったけどまあ普通に、うん手で食べていいやつだよ、と答えた。
 二回目の対局で鷺沢の家(ザ・豪邸、みたいな、門から玄関までが無駄に遠い家だった)に行った時も思ったけど、もしうちの高校が吹奏楽の強豪校じゃなかったら、こんな普通の県立校に鷺沢みたいな人種が入学することはなかっただろう。
「鷺沢んちって、何でもナイフとフォークで食べてそう」
「そんなことないよ。和食は普通にお箸で食べるよ」
「ほんとに? え、塩サバって食べたことある?」
「普通にあるよ。大根おろしと食べると美味しいやつだよ」
 こういう感じ、いい、と思った。
 部屋で一緒にフライドポテト食べながらどうでもいい話してるっていう。
 クラリネットもチェスも関係なく、普通に仲いい友達同士? 恋人同士? みたいな会話してる感じ。
「鷺沢さ、今日うち泊まってかない? 狭い部屋であれだけど、出すし」
「きゃくぶとん?」
「あ、誰か泊める時に使う布団のこと、うちでそう呼んでて。まあただのお泊まり会だよ。鷺沢ともっと話したいし」
 僕がそう言うと、鷺沢はちょっと考えてから、いいよ、と言ってくれた。
「あと鷺沢のこと、ゆうって呼んでいい?」
 できるだけ軽く訊いたつもりだった。
 なのに、鷺沢はちょっとフリーズした。
「あ、駄目なら駄目でいいんだけど。ちょっと訊いてみただけで」
 慌ててそう言うと鷺沢はちょっと戸惑うような顔をして、それからちょっと面白がるような顔をして、こう言った。
「航太、読みかた間違ってる。ゆうじゃなくて、はるかだよ」
「え?」
はるかって読むんだよ、僕の名前」
 頼むよ、大宮。
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