最強聖騎士の息子と魔女の器

一ノ清永遠

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第1章 始まりの章

ブレードボア

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 アルフはフリーザーバッグなどが入ったツールセットを背負う。
 魔物を殺すだけならばこんなものは必要ないのだが、相手は捨てるところがないブレードボアだ。
 食べられるものは捨てずにしっかり食べるというのが、今のアルフの主義だ。
 携帯用飲料や解体用ナイフも用意してある、準備は万端だ。


「それじゃあ、軽い方は私が持ちますね」
「任せた」


 リオナにはナイフや医療キットなど比較的小さくて軽いツールセットを渡す。
 アルフ一人でも問題ないが、本人が手伝いたがっているのだからやらせた方が良いだろう。
  

「郊外だから割と遠いけど、子供の足でも夕方には間に合うだろう」
「……結構かかるんですね」
「馬車が使えないからな」


 リオナも理解しているが、馬車の中継地点へ行けば馬車を使って郊外まで移動する事が出来る。
 当然馬車なら寝っ転がりながら移動する事も出来るし、重い荷物を背負って徒歩移動する事もない。
 というか、一応馬車を使って移動する程度の金なら残ってはいるが行き帰りの運賃だけで財布が底を尽きてしまう。


「ごめんなさい、私の実家を頼れれば良いんですが」
「それをやったら連れ戻されるんだろ? だったら徒歩だ」
「……はい」


 リオナの話を聞く限りだと、リオナが実家と上手く行っていないのはリオナに対する束縛が異常なまでに強いかららしい。
 何気ない外出や、遊びに行く事も許されない。
 そんな実家が嫌だから強引に家を飛び出したのだという。
 だからどんなに辛い状況でもリオナは実家に頼るわけにはいかない。
  

「道中に旅人の小屋があるはずだから、そこで休憩を挟んで行こう」


◆◆◆◆◆◆◆

 村の外れといってもそれなりの距離がある上に、人口密集地域から外れると魔導結界の効果範囲外となるため魔物が出現する。
 戦いの基本は「こちらがダメージを受けずに、相手を殺す」事にある。
 いくら優秀な魔導師といっても、詠唱時間をゼロにする事は出来ないため魔物の出現と同時に相手に斬りかかるという戦法を取る。
  

「この辺りの魔物は1体ずつしか出現しないんですね」


 ただ庇われているだけのリオナがそう呟く。
 同行しているのだから自分も戦いのだろう、しかしこういった状況では後衛が戦闘に参加する事自体がリスクになりかねない。
 戦闘に参加する面子は少なければ少ない方がシンプルでいい。


「群れを成す習性が無いんだろうな、さっきから俺が倒しているのは穀物荒らしの狩り担当か何かだろう」


 先程からアルフが倒しているのは、パカパカと呼ばれる四足歩行の獣だ。
 ブレードボアのように強力ではないが、農家の天敵の魔物の一種でそこまで強くはない。
 しかし、魔物は共通して人間に襲いかかってくるので向かってきたら倒さなければ人間が倒されてしまう。


「本当はパカパカもきちんと処理を施せば食えるんだけどな、けど今回の目標はブレードボア1体」
「パカパカって美味しいんですか?」
「美味しいかどうかって言われたら……料理人の腕によるかな?」


 パカパカの肉の味はただ焼いただけでは筋っぽくて硬いし、獣の臭みが非常に強い。
 しかし、ちゃんとした処理を施して長時間煮込めばプリプリとした食感を味わう事が出来る。
 アルフは幼い頃、自宅に勤めていた料理人がパカパカの煮込みを出してくれたことを思い出す。
 旨味の詰まったスープに柔らかな食感の肉、爽やかなハーブの香り……。
 しかし、もうそれらを味わう機会は今後無いだろう事を考えるとアルフは寂しく思う。


「けどまぁ、ブレードボアもなかなかの美味だしそっちに期待しよう」
「……そうですね!」


 リオナはブレードボアに想いを馳せる。
 ボアだというのだから、イノシシに似たような味わいなのだろうか?
 そんな事を考えながら、街道を進んでいく。

◆◆◆◆◆◆◆

 体力が心許ないリオナを旅人の小屋で休ませるアルフは、確実に鈍っている剣術の基礎動作の振り返りをしていた。
 過去に起こった「嫌な出来事」のせいで、剣士としてのブランクは深刻だ。
 パカパカのようなモンスターならば余裕で相手に出来るが、自分の命を獲れるような強敵なら思わず怯んでしまい身体が上手く動かさなくなってしまう。
 肉弾戦のみのパーティならば前衛が一人死のうがなんとかリカバリーが出来るかもしれないが、アルフの死は即ちリオナの死に直結する。
 だからアルフは絶対に死ぬわけにはいかない。
 自分が責任を負う立場であるのなら、誰かを守ろうとする意思があればもう一度剣を握る事が出来るかもしれない。
 アルフはリオナを利用した形になる、だから絶対に死なせるわけにはいかない。


「アルフさん……?」


 旅人の小屋の屋外で脳内でシャドーフェンシングを繰り返すアルフにリオナが声をかけてきた。
 先ほどまで疲れて寝ていたが、風切音で起こしてしまったのだろうか?


「あぁ、悪い……起こしちゃったか? 時間にはまだ余裕はあるしもう少し寝ていても——」
「私こそ、トレーニングの邪魔をしちゃいましたね。 でももう、大丈夫です! これ以上休んだら、身体が鈍っちゃいます」
「そうか、じゃあそろそろ行こうか」


 アルフは剣を鞘に納めると、荷物を取りに小屋へと戻る。
  

「あ、あの! アルフさんは休まなくても大丈夫なんですか?」


 アルフは鎧を着て剣を激しく振るっていたせいか、汗をかいて息が上がっている。
 リオナからしたらアルフは慣れない相手で、自分よりも歳上の異性というリオナからしたら非常に取っ付きづらい相手だ。
 だが、アルフは「リオナは純粋に自分を心配しているのだろう」と思った。
  

「リオナが持ってる鞄にタオル入ってたよな?」
「あ、はい! 入ってます!」


 リオナの生真面目な回答にアルフは少し微笑ましくなった。
  

「ありがとう、少し汗を拭いたら出発しよう」


 リオナが鞄からタオルを取り出し、それをアルフに手渡すとアルフはハーフプレートを外しアンダーウェアを脱ぎ始めた。


「あっ!?」
「うん?」
「わ、私……!! あっち、向いてますね!!」
「別に気を遣わなくてもいいよ、見たかったら見てもいいし……見たくないなら、それはそれで」


 リオナは俺がいる方向とは真逆の方向を向いている。
 頑なにこちらを見ようとはしない。


「見たくないわけではないです!」


 そこも力強く否定をするのか、とアルフは思った。
 思春期というのは人を面倒にするらしい。


「アルフさん、パカパカを難なく倒せるのに修行が必要なんですね」
「剣の道は一日にして成らず!! ……ってのは、恩師の言葉なんだけど、この修行には実は理由があってさ」
「どんな理由ですか?」


 リオナは目をキラキラと輝かせながらそれを聞いてくる。


「武具恐怖症……というより、戦闘恐怖症なんだよ」
「えっ!?」


 リオナは素っ頓狂な声を思わず上げる。
 それもそうだろう、リオナはつい先ほどまで俺を武具を使って食っている人間だと思っていたのだから。


「パカパカを倒した時だってそうさ、手足が震えて生き残る事だけを考えていた。出来れば戦いたくないし、このショートソードだって本当なら使いたくない」
「なら、なんで……?」
「そりゃ決まってる、剣を抜かなきゃ俺には価値がないらしい。だからこうしてまた、剣を抜く事にしたのさ」


◆◆◆◆◆◆◆


 何とか完全に陽が沈む前に被害に遭っているという農家に辿り着く事ができた。
 ブレードボアが作物を荒らすタイミングは夜、人間が家に引きこもっているタイミングだという。
 人間は夜目が効かない、例え街灯に照らされてもその範囲から外れれば一瞬で視界から外れる事が出来る。
 夜は魔物——というよりは、野生生物の世界だ。
 だが人間は知恵の生き物、プロの仕事人ならば夜に活動する魔物だろうと倒す事は出来るだろう。
  

「ってなわけで、ブレードボアと交戦する時は多少うるさいかもしれませんがご了承ください」
「困ってるアタシらのために来てくれたんだろ? 気にしないよ、倒したらブレードボアの肉料理も作りたいしね。 アンタらも食べるだろ?」


 依頼者のマーガレット婦人は農家だからか、しっかりとブレードボアの肉が美味いことを把握している。
 そして、ブレードボアを討伐したらその料理を振舞ってくれるらしい。
 半日かけてフリーザーバッグにいれて運搬するよりも、そっちの方が肉が痛まない。


「た、食べます……!!」


  リオナは瞳を輝かせて食い気味に答えている。


「取らぬ猪の肉算用にならないように頑張ろうな、リオナ」
「はい! ……でもちょっと、ガス欠気味かもしれません」
「ガス欠? そういや、昼から何も食ってないもんな。 じゃあ、おにぎり食うか?」
「おにぎり……!! 食べます!!」


 こんな事もあろうかと、アルフは食堂のマスターに100Gほど払ってマスター特製の「冷めても割と美味いおにぎり」を作ってもらった。
 普段は仕事の合間に食うものだが、リオナが同行する事を知ってか大きめに作ってもらえた。
 おにぎりボックスの中にあるおにぎり3つのうち、アルフは真ん中の1つを取るとリオナはしばらく悩んで1つを手にとってアルフよりも早く食べ終えた。
 すると、もう一つのおにぎりを二つに割ってリオナはアルフに手渡した。


「2つとも食って良いんだぞ」
「ご飯は命の燃料です。 私はアルフさんの仲間だから、分けっこしましょう」
「……そういう事ならもらうよ」


  アルフは手元にはんぶんこされたおにぎりを置き、普段以上に大きなおにぎりを食べ進める。


「今時珍しい良い娘だねえ、大事にするんだよ。 可愛い年下の彼女を」
「……今日出会ったばっかりですけどね、死なせはしません」


 アルフはやんわりと否定しながらも、普段よりも大きいおにぎりにリオナの存在を感じていた。


◆◆◆◆◆◆◆

 ブレードボア討伐作戦の主な内容はこうだ。
 ブレードボアの弱点は「雷」だ。 なので、リオナには雷系の魔導を放ってもらうのが主な仕事だ。
 しかし魔物は大気中のエレメントの動きに敏感で、相当離れた距離でなければ「魔導による不意打ち」は難しい。
 特にブレードボアは獰猛ながらも臆病な性格の個体が多いため、不自然なエレメントの動きを察知したら逃げられてしまう可能性が高い。
 なので、ブレードボアを挑発してアルフが囮になっている隙にリオナには雷系の魔導を放ってもらう。
  

「でもそれだとアルフさんが危険ですよね。魔導は味方識別をすればそれで絶対安全ってわけじゃありません」
「位置がズレたら黒コゲになるって事か」
「はい、ブレードボアは動きの素速い魔物だから雷の術が外れるかもしれませんし……なので、アルフさんの剣に雷属性をエンチャントする方が安全だと思います」


 雷属性のエンチャント、つまり雷の性質を攻撃に付加するという事だ。
 しかし、エンチャントはそれなりの高等技術であり剣士自身にもある程度の魔導スキルを要求される。
 更に言えば、精霊と契約を交わした魔導剣ならともかくアルフの扱うごく普通のショートソードではエンチャント出来るのはほんの数秒だ。


「アルフさんは騎士としての修練を積んだって言ってましたよね?」
「ああ……まぁ、一応な」


 小屋で軽くアルフとリオナは自分の経歴を軽く話した。アルフが戦闘が苦手だと話したときにリオナと色々話し込んだのだ。


「だったら、イケますよ!! 騎士はありとあらゆる戦闘技術を扱うバトル・アーティストとも呼ばれる存在ですから!!」
「騎士としてはドロップアウトしたけどな……」


 ブレードボアが現れるまで、何度かエンチャントの練習をしてみたが保って3~4秒程度。
 しかも集中を逸らしたらエレメントを逃してしまい効果が途切れてしまう。
 3~4秒保つって事はリオナから見てもそこそこ優秀らしいが、優秀でもタイミングとか諸々シビアなのは変わらない。
 アルフは考えるのをやめて、視線の先にいるブレードボアに集中することにした。
 エレメントのサインをリオナへと送り、作戦開始の指示を出す。


「まぁ、考えても仕方ない……よな!」


 ブレードボア目掛けて、石を投げる。
 アルフはボール遊びにハマっていた時期があったので、投擲能力には自信がある。
 丁度、ブレードボアの顔に当たったのかブレードボアは顔に受けた痛みに苦しみ始めたが次第にそれは自身の食事を邪魔した何者かの憎しみへと変化していく。
 ブレードボアは人間の倍以上の大きさと3倍ほどの体重を誇る魔物であり、地面に倒れてジタバタと暴れるとまるで小さな地震が起こったかのような感覚に陥る。


「よう、穀潰し!」


 アルフはブレードボアに言葉をぶつける。
 魔物は言葉を発さなくとも、人間の言葉を理解できるのだとアルフはどこかで聞いた事がある。
 なので、言葉で挑発してみることにした。


「石が当たって顔が痛いだろう。 けどな、マーガレット婦人はお前らが金も払わず勝手に穀物を食い漁るから懐が痛いんだよ……心もな!!」
「グルル……」


 ブレードボアは唸り声をあげて、説教を垂れているアルフに意識を集中させている。


「今だ! リオナ!」
「雷光装刃! ライトニング・エンチャント!」


 エンチャント自体はそこまで複雑なエレメントコードではないため、詠唱も簡潔だ。
 アルフはエレメントの揺らぎを感じ取り、剣に魔力を宿らせる。
  

「だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気合と共に地面を蹴り、跳び上がるアルフ。
 雷を宿した剣でブレードボアのサーベルの刀身のような牙に斬りかかる。
 ブレードボアの牙は骨が剥き出しになったもので、電流が通りやすい。
 これに斬りかかれば感電状態に陥るだろうと、アルフは踏んだ。
 アルフの斬撃でブレードボアの自慢の牙は真っ二つに折れ、ブレードボアの全身に電流が流れ、痛みと衝撃に悶え始める。
 もう既にエンチャントの効果は切れたが、ブレードボアは動けない。


「悪いな……!!」


 アルフは仰向けになったブレードボアの心臓部目掛けて剣を突き刺す。
  

「ギャアアアァァァァ……」


 ブレードボアは弱々しい断末魔の悲鳴をあげると、そのまま動かなくなる。


「リオナ、冷気系の術で辺りの空間を少し冷やしてくれるか? ブレードボアはアシが早いんだ」
「やった……んですよね?」
「ああ、やった。 これからブレードボアの解体をするんだ」
「分かりま……ひゃあ!?」


 素っ頓狂な悲鳴、胸元のポケットからナイフを取り出してブレードボアの解体をしようとしていたアルフは思わず振り返る。
 もう危険はないだろうとアルフは完全に油断をしていた。


「小規模な術でしたが、このエレメントの美しい流れ——忘れようとも忘れられない……!! あぁ、我が聖母よ!!」
 

 アルフは状況がよく理解出来なかった。
 金髪碧眼の芝居がかった喋り方をする変質者が、リオナに抱きついている。


「アルフさぁん、た、助けてくださぁい!!」
「な……なんだお前!?」
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