たとえば月の裏側で

真珠

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第26話:偽りの恋に手を引かれて

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あの日、私は「さやか」として、「ユウ」と名乗るレンタル彼氏と待ち合わせた。
待ち合わせ場所のカフェ前には、少し早めに着いた。
胸の中はざわざわしていた。

(高瀬くん、だったらいいのに。……でも、そうじゃなかったら、安心できるのかな)
(どっちだって苦しいくせに)

そんなことを考えていたとき、ふと風が揺れて香水の匂いが流れてきた。
高そうなピアス。整った髪型。見慣れない高級そうな服。
現れたのは――やっぱり、高瀬くんだった。

「はじめまして。さやかさん……だよね?」

少しだけ笑っている。けれどその笑みは、いつもの彼のものじゃない。
私を“お客さん”として見ている、そんな顔だった。

「うん、……よろしくね」

そう返すと、高瀬くん――“ユウ”は私の手を、迷いなく、だけどやさしく取った。

「緊張してる? だいじょうぶ、俺に任せて」

そう囁く声がやけに近い。手の温度も、鼓動も、すぐそこにある。

「まずはカフェ行こうか。ゆっくり話そう」


---

カフェでは、彼がすべてをリードしてくれた。
ドリンクもスイーツも、私の好みに合わせて選んでくれる。
「女子ってこういうの好きだよね」と言いながら、メニューを覗き込むとき、自然に肩が触れた。

「ね、さやかちゃんって絶対甘いの好きでしょ? 当てたら、ご褒美ちょうだい」

「……なにそれ」

冗談めかしてるのに、視線はやけに真剣。
笑ってごまかすと、彼はにこっと笑って、テーブルの下で私の膝にそっと触れてきた。

「緊張、してる?」

「えっ……してない、けど……」

「ほんとに? 指、ちょっと震えてたよ」

そう言って、自分の指で私の手を包み込むように撫でてくる。
まるで、恋人みたいな距離感で。

(違う、これは“サービス”だ)

わかってる。わかってるのに。

(こんなの、恋人みたいなことを……誰にでもしてるの?)

胸がじんわりと、痛む。


---

そのあと、「ちょっと歩こっか」と誘われて、夜の道を並んで歩いた。
ふとした拍子に彼の指が私の手に絡まって、そのままつながれた。

「やっぱ、手、ちっちゃいね。可愛い」

指先を絡めるだけじゃなく、歩きながら、時々私の髪を撫でてくる。
腰に手を回されて、少しだけ引き寄せられる。

「ねぇ、俺といるとドキドキする?」

「……そういうふうにしてるんでしょ」

「してないよ、ほんとに。……俺がドキドキしてるの、さやかちゃんだけだから」

耳元で囁かれて、思わず身体が跳ねた。
笑ってごまかそうとしたのに、彼の指先が私の頬に触れて、そっと撫でてきた。

「……さやかちゃん、可愛い」

わかってる。
こんな言葉も、手つなぎも、髪を撫でるのも――全部、彼の仕事。

でも、それでも。

(笑ってないと、泣きそうになるなんて)

(ほんとの恋人じゃないのに)

そんな自分が、いちばん情けなかった。

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