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火に渦巻くは歴史の咎
ep.54 悲しきかな
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「――っと。忘れるところじゃった」
指示書通り預かった古びた木札を腕に麻紐でくくりつける。ここは西地区の貧民街。一般人はまず近寄らない場所。
クロハの派手な装いはよく目立つ。また珍しいやつがやってきたと住民がヒソヒソ話している。
滞在許可証の木札を確認するふりをして体に触れようとする輩を目で威圧するクロハ。
「――ッ」
それでもなお触ってこようとする者には罰を与える。体に纏わせた電気がバチッと弾けて彼らは恐れおののいた。
「ごろつきの多い場所じゃな。こんなしけたところに情報は転がっておるのか、本当に」
半信半疑で進んでいると、道端の老爺が話しかけてきた。
「おい、そこの」
「…………」
「そこのべっぴんさん」
「……む? 我に用か?」
最初の声かけを無視したクロハだったが、次の一声でふと立ち止まった。
「見たところその木札はあの勇者の小僧にあげたものだな。あやつはどうした?」
「センリは訳あって来られない。だから代理で我が来ておるのだ」
「そうか。なら礼を言っておいてくれ。施されたら施し返す。私どもに提供できるものは語りぐさの知識くらいしかないが、なんでも聞くがよい」
「ほう。そういうことか。悪くない。ならさっそくではあるが、火の神様のことについて教えてもらおうではないか」
クロハは手帳を取りだして思いついたことから手当たり次第に聞いた。
司書のような役割も兼ねる老爺は質問によって一番詳しい者へと割り当てた。ほとんど読み書きができない住民それぞれが持つ知識の幅は狭いが、だからこそ有用な部分だけが凝縮されていた。
答えに詰まる無理難題でも関連する情報を繋ぎ合わせることで少なくとも一歩前進することができる。
貧民街ひいては地区内を歩き、話し、そして識る。さながら巨大な図書施設でおこなう集団的な思考加速の法。
色々と聞き終えてから老爺のもとへ戻ってきたクロハが口を開く。
「正直最初は疑っておった。こんな場所にまともな情報が転がっておるのかと。しかしそれは間違いであった。ここはまさしく豊富な知識の書庫。実に素晴らしい場所であるぞ」
汚らしい場景からは想像しがたい有益な情報の数々にクロハはいたく感心していた。
「しかし、それだけの価値がありながらどうしてみなはこんなに貧しい暮らしをしておるのだ。よく分からぬ」
「知識は力。知識は金。けれど私どもにはそれを力として振るう強さも、金に変える学もないのだ。悲しきかな」
非正規民の彼らは差別でまともな職に就くことがなかなかできない。国からの援助もないので最低限の教育も受けられない。そのため新天地を求めて再び旅立つ者たちもいる。
「別の土地に移住する考えはないのであろうか?」
「今ここにいる者たちは様々な事情があって留まっている。たとえば私は流浪するにはあまりに老いすぎた。家族のためにより豊かな暮らしを望む者たちも数多くいる」
「どうにかならぬのか。こう、国王に掛け合ってみるとか、そういうのは」
「私どもはこの場所を勝手に拝借している身。その身の程以上を要求しては罰が当たるやもしれぬ。だからこうしてできるだけ波風を立てずに日々を過ごしている」
「世知辛いな……。我にできることがあれば協力するぞ。これほどに価値あるものが潰えてしまうのは悲しいのでな」
クロハが見渡すと目が合った住民たちがうなずき返した。
「協力は感謝する。だが当面の間はなんとかなるだろう。あの勇者の小僧のおかげでな」
「おかげ、のう。さっきから気になっていたが、センリはいったい何をしたのだ? 詳しいことは何も聞かされておらぬ」
あの場で聞いたのは醜悪な貴族の遊びに参加したセンリが大臣の首を刎ねて他の護衛もろとも斬り刻んで殺したということだけで裏の事情は何も知らない。
「彼に助けられたという男が帰ってきて、手に入れた大金をみなに分け与えたのだ」
「……その者はもしや我とそう変わらぬ齢の男かえ?」
「そうだ。まさに小さき勇者といったところか」
その答えで合点がいったクロハ。また戻ってくると約束したあとに別れを告げて最後の場所へと向かった。
そこは同地区内の一角。サンパツの家だった。倒壊しそうだったあのあばら屋は有志の手により修繕が始まっている。手伝っているのはみんな施しを受けた者たちだ。
「あ、あんたは……」
自身も家の修繕に励んでいたサンパツがふと振り返ってクロハの姿に驚く。謁見の間に同じく居合わせたことを覚えていたようだ。
「ま、まだ、何か用があるのか……?」
「ああ、我は国の者ではない。センリの代理でここへ来たのだ」
クロハは怯えるサンパツをなだめて懐から手紙を取りだす。
「ほれ、センリからじゃ」
「あ、ありがとう」
受け取ったサンパツは礼を言ったがそれが手紙であることを知るや否や、
「ああ、でも俺、字が読めないや……」
項垂れてしょげてしまった。
「それなら、我が代わりに読んでやってもよいが」
「助かる。じゃあ、中で待っててくれないか。今日中にこの部分だけは終わらせておきたいんだよ」
「むう。分かった。中で待っておればいいのだな」
「うん。家の中には妻がいるから適当に喋っててくれ」
クロハは開けっぱなしの扉から家の中に入った。
「邪魔するぞ」
「はーい。あら、お客さん?」
奥から出迎えたのは赤子を抱いたサンパツの妻。奇抜な姿の来客に思わず警戒心が高まって赤子を守るように隠した。
「我は怪しい者ではない。ちゃんと主人に許可を取ってからここへ入った」
「ご、ごめんなさい。最近物騒なことがあったばかりで」
「よい。気にするな。それよりもここでしばらく待たせてもらってもいいかのう?」
「あ、はい。でしたらこちらへ」
クロハは居間のような場所に案内された。そこで椅子に座るよう勧められたので素直に受け入れた。
「あ、あの、何か飲まれますか?」
「気を遣わんでいい。見たところ我と変わらぬ年頃のようであるしな。ま、座れ」
「は、はい……」
赤子を抱いたまま椅子に座って対面するサンパツの妻。
「めんこい赤子だな。名は何と言う?」
「名前はサンパツ。男の子なのでお父さんと同じ名前です」
「最初に聞いた時から思っておったが、変わった名じゃのう。子に受け継がせるのも何かしらの伝統か?」
「はい。なんでもその昔、夫のご先祖様が勇者様に名付けてもらったらしくて。それ以来ずっと男の子の名前にはサンパツと付けているそうです」
「勇者とな……」
それですぐに思い浮かべるのはセンリの顔。その名前の珍しさも以前から気になっていたようだ。
「でも双子じゃなくて良かったねー」
そうやって母が目を合わせて話しかけると赤子はきゃっきゃっと笑った。
「双子だと何か不味いことでもあるのかえ?」
「ええ。不思議な話なんですけど、昔からこの国では双子は滅多に生まれないんです。もし生まれたら大いなる災いを呼び寄せると言われていて。あとから産まれたほうの首を絞めて独り子にするという伝統がありました」
「ふむ。酷な伝統じゃな。しかし仮にその子が双子で生まれていたとしても、そなたは伝統なんぞには従わなかったであろうよ」
「もちろんそうですね。大事な子供ですから。もし大いなる災いがやってきたとしてもこの家にもこの場所にも未練がないので、ただ及ばない遠くへとみんなで逃げるだけです」
それを聞いたクロハは小さな笑いをこぼした。
「ふふっ。その身軽な生い立ちが功を奏することもあるというわけか。貴族や王族にはまずそれができぬ。逃げては今まで築き上げてきたものが無に帰すからのう」
王族の身であったからこそしがらみの多さはよく知っていた。
「そうですね。なので、貴族や王族の間では今でもその伝統が息づいているそうですよ。かわいそうですよね。せっかく生まれても家のため国のために」
「……なんと。まるで呪いみたいじゃな。その伝統とやらは……」
クロハの生まれ故郷にももちろん伝統自体は存在したが、少なくとも殺して然るべきというものではなかった。
「呪い……ですか。それを言うなら火の巫女様も。お城に監禁されて大事な人たちとも会えないまま、神様に向かって死ぬまで祈り続けるなんて」
「……まったく、そうであるな」
エスカから又聞きした巫女の役割も兼ねる王女の話。他人事ではあるが面識があるぶんクロハは複雑な気持ちになった。
指示書通り預かった古びた木札を腕に麻紐でくくりつける。ここは西地区の貧民街。一般人はまず近寄らない場所。
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滞在許可証の木札を確認するふりをして体に触れようとする輩を目で威圧するクロハ。
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「おい、そこの」
「…………」
「そこのべっぴんさん」
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「そうか。なら礼を言っておいてくれ。施されたら施し返す。私どもに提供できるものは語りぐさの知識くらいしかないが、なんでも聞くがよい」
「ほう。そういうことか。悪くない。ならさっそくではあるが、火の神様のことについて教えてもらおうではないか」
クロハは手帳を取りだして思いついたことから手当たり次第に聞いた。
司書のような役割も兼ねる老爺は質問によって一番詳しい者へと割り当てた。ほとんど読み書きができない住民それぞれが持つ知識の幅は狭いが、だからこそ有用な部分だけが凝縮されていた。
答えに詰まる無理難題でも関連する情報を繋ぎ合わせることで少なくとも一歩前進することができる。
貧民街ひいては地区内を歩き、話し、そして識る。さながら巨大な図書施設でおこなう集団的な思考加速の法。
色々と聞き終えてから老爺のもとへ戻ってきたクロハが口を開く。
「正直最初は疑っておった。こんな場所にまともな情報が転がっておるのかと。しかしそれは間違いであった。ここはまさしく豊富な知識の書庫。実に素晴らしい場所であるぞ」
汚らしい場景からは想像しがたい有益な情報の数々にクロハはいたく感心していた。
「しかし、それだけの価値がありながらどうしてみなはこんなに貧しい暮らしをしておるのだ。よく分からぬ」
「知識は力。知識は金。けれど私どもにはそれを力として振るう強さも、金に変える学もないのだ。悲しきかな」
非正規民の彼らは差別でまともな職に就くことがなかなかできない。国からの援助もないので最低限の教育も受けられない。そのため新天地を求めて再び旅立つ者たちもいる。
「別の土地に移住する考えはないのであろうか?」
「今ここにいる者たちは様々な事情があって留まっている。たとえば私は流浪するにはあまりに老いすぎた。家族のためにより豊かな暮らしを望む者たちも数多くいる」
「どうにかならぬのか。こう、国王に掛け合ってみるとか、そういうのは」
「私どもはこの場所を勝手に拝借している身。その身の程以上を要求しては罰が当たるやもしれぬ。だからこうしてできるだけ波風を立てずに日々を過ごしている」
「世知辛いな……。我にできることがあれば協力するぞ。これほどに価値あるものが潰えてしまうのは悲しいのでな」
クロハが見渡すと目が合った住民たちがうなずき返した。
「協力は感謝する。だが当面の間はなんとかなるだろう。あの勇者の小僧のおかげでな」
「おかげ、のう。さっきから気になっていたが、センリはいったい何をしたのだ? 詳しいことは何も聞かされておらぬ」
あの場で聞いたのは醜悪な貴族の遊びに参加したセンリが大臣の首を刎ねて他の護衛もろとも斬り刻んで殺したということだけで裏の事情は何も知らない。
「彼に助けられたという男が帰ってきて、手に入れた大金をみなに分け与えたのだ」
「……その者はもしや我とそう変わらぬ齢の男かえ?」
「そうだ。まさに小さき勇者といったところか」
その答えで合点がいったクロハ。また戻ってくると約束したあとに別れを告げて最後の場所へと向かった。
そこは同地区内の一角。サンパツの家だった。倒壊しそうだったあのあばら屋は有志の手により修繕が始まっている。手伝っているのはみんな施しを受けた者たちだ。
「あ、あんたは……」
自身も家の修繕に励んでいたサンパツがふと振り返ってクロハの姿に驚く。謁見の間に同じく居合わせたことを覚えていたようだ。
「ま、まだ、何か用があるのか……?」
「ああ、我は国の者ではない。センリの代理でここへ来たのだ」
クロハは怯えるサンパツをなだめて懐から手紙を取りだす。
「ほれ、センリからじゃ」
「あ、ありがとう」
受け取ったサンパツは礼を言ったがそれが手紙であることを知るや否や、
「ああ、でも俺、字が読めないや……」
項垂れてしょげてしまった。
「それなら、我が代わりに読んでやってもよいが」
「助かる。じゃあ、中で待っててくれないか。今日中にこの部分だけは終わらせておきたいんだよ」
「むう。分かった。中で待っておればいいのだな」
「うん。家の中には妻がいるから適当に喋っててくれ」
クロハは開けっぱなしの扉から家の中に入った。
「邪魔するぞ」
「はーい。あら、お客さん?」
奥から出迎えたのは赤子を抱いたサンパツの妻。奇抜な姿の来客に思わず警戒心が高まって赤子を守るように隠した。
「我は怪しい者ではない。ちゃんと主人に許可を取ってからここへ入った」
「ご、ごめんなさい。最近物騒なことがあったばかりで」
「よい。気にするな。それよりもここでしばらく待たせてもらってもいいかのう?」
「あ、はい。でしたらこちらへ」
クロハは居間のような場所に案内された。そこで椅子に座るよう勧められたので素直に受け入れた。
「あ、あの、何か飲まれますか?」
「気を遣わんでいい。見たところ我と変わらぬ年頃のようであるしな。ま、座れ」
「は、はい……」
赤子を抱いたまま椅子に座って対面するサンパツの妻。
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「名前はサンパツ。男の子なのでお父さんと同じ名前です」
「最初に聞いた時から思っておったが、変わった名じゃのう。子に受け継がせるのも何かしらの伝統か?」
「はい。なんでもその昔、夫のご先祖様が勇者様に名付けてもらったらしくて。それ以来ずっと男の子の名前にはサンパツと付けているそうです」
「勇者とな……」
それですぐに思い浮かべるのはセンリの顔。その名前の珍しさも以前から気になっていたようだ。
「でも双子じゃなくて良かったねー」
そうやって母が目を合わせて話しかけると赤子はきゃっきゃっと笑った。
「双子だと何か不味いことでもあるのかえ?」
「ええ。不思議な話なんですけど、昔からこの国では双子は滅多に生まれないんです。もし生まれたら大いなる災いを呼び寄せると言われていて。あとから産まれたほうの首を絞めて独り子にするという伝統がありました」
「ふむ。酷な伝統じゃな。しかし仮にその子が双子で生まれていたとしても、そなたは伝統なんぞには従わなかったであろうよ」
「もちろんそうですね。大事な子供ですから。もし大いなる災いがやってきたとしてもこの家にもこの場所にも未練がないので、ただ及ばない遠くへとみんなで逃げるだけです」
それを聞いたクロハは小さな笑いをこぼした。
「ふふっ。その身軽な生い立ちが功を奏することもあるというわけか。貴族や王族にはまずそれができぬ。逃げては今まで築き上げてきたものが無に帰すからのう」
王族の身であったからこそしがらみの多さはよく知っていた。
「そうですね。なので、貴族や王族の間では今でもその伝統が息づいているそうですよ。かわいそうですよね。せっかく生まれても家のため国のために」
「……なんと。まるで呪いみたいじゃな。その伝統とやらは……」
クロハの生まれ故郷にももちろん伝統自体は存在したが、少なくとも殺して然るべきというものではなかった。
「呪い……ですか。それを言うなら火の巫女様も。お城に監禁されて大事な人たちとも会えないまま、神様に向かって死ぬまで祈り続けるなんて」
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