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第03話 ショーほど悲惨な商売はない
02.八人との暮らし
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ヴァンの日常は複雑である。
昼間は軍を始めとした仕事を分身で並行してこなし、夕方同時刻に一斉に帰宅する。玄関の前で合体し、記憶や経験を集結。その後再度八人に分身して妻の自室で一対一で朝まで過ごす。そんな流れだ。
起床時間は共に過ごす妻に合わせる。そして八人のヴァンの内「我こそは一番早起き」と思ったヴァンは一階の大浴場に移動。分身を解いてまとまった状態でシャワーを浴びる。
────朝六時半。第七夫人・エルリアと共に過ごしたヴァン、通称・ヴァン[エル]が廊下に出る。
自分が一番早い、そう判断した。本日の朝食当番はエルリアとミオ。となるとその二人のどちらかが一番の早起きのはず。そしてその二人であれば調理を取り仕切るのは嫁サイボーグ・エルリアの方で、朝に強いのもエルリアだ。
魔法でヴァン[ミオ]と連絡を取ることも可能だ。しかし夕食~朝食間は分身同士で情報交換をしない決まりになっている。全員が目の前にいる妻のみに集中するためだ。妻の生態を把握しているヴァンなら、わざわざ交信せずともどの妻が早起きか正確に当てることができる。
「……あれ」
だが、今日は珍しく外したようだ。一階廊下、キッチンのドア付近ですでに起きていた別のヴァンを発見する。あちらは第二夫人・ミオと立ち話していた。おそらくヴァン[ミオ]だろう。ミオはエプロンを纏い、顎下程度の短いボブを無理やり後頭部で一つに括って襟足をあらわにしていた。
「あ、そっちのヴァンさんもおいで♡」
ヴァン[エル]はミオにちょいちょいと手招きされた。ミオの左手にはミニトマト。そしてミオの傍に立つもう一人のヴァンは口の中で何やら噛んでいる。
「お姉さんのヴァンさんがもうお腹空かせちゃってるから餌をあげてるのぉ♡」
ヴァン[ミオ]は無言で頷いた。「餌」という言い草は特に気にしていないらしい。ミオと一晩共に過ごせばそういう姿勢にもなるよなぁと、ヴァン[エル]は納得した。
「ほら、あーん♡」
ミオはヴァン[エル]の口元にミニトマトを差し出す。「ヴァン[エル]なのにいいのか?」と戸惑いつつ、言われるままに口を開けた。ミオはさっきまで誰と過ごしていたヴァンであれヴァンはヴァンだと思っているようで、おもちゃで遊ぶような顔でトマトをヴァン[エル]の口に放り込んだ。何がそんなに面白いのか知らないがケタケタ笑う。
ヴァン[ミオ]がヴァン[エル]に目を合わせ、どうぞと言いたげに手のひらを向けた。ヴァン[エル]は分身を解除し、すっと消える。ヴァン[ミオ]を核に二人は合体し、記憶が統合された一人のヴァンになった。
「エルとミオならエルの方が早いと思ったらしい」
ヴァンはミオにヴァン[エル]だったときの推理を報告する。
「うん、そうだと思ったのぉ。エルちゃんと私ならメインシェフはエルちゃんって決めつけてたってことでしょぉ? お姉さん、落としたミニトマト食べさせてあげたわぁ♡」
「そ、それであんなに笑ってたのか」
「フフ、ちゃんと洗ったから平気よ♡」
エルはヴァンの肩をぽんぽんと叩いて励ました。そのトマトを食べたヴァンと融合した以上、今のヴァンも食べたことになるのだ。
「エルちゃんもそろそろ来てくれるかしらぁ?」
「ああ、多分。そろそろ髪が乾く頃だと思う」
ヴァンはエルリアの部屋で見た景色を思い浮かべる。ヴァンの退出時にはドライヤーを武器にした戦いが佳境を迎えていた。
「じゃあ先に作り始めるわぁ。ヴァンさんお風呂ごゆっくりね♡」
ミオはウインクを一つ残してキッチンに消えていった。ヴァンはミオが昨夜自室で放った「エルちゃんに頼らないでお姉さんが頑張ろうと思うの!」という宣言を思い出す。────このように、今のヴァンにはミオの部屋で過ごした記憶とエルリアの部屋で過ごした記憶が並立して存在している。
ヴァンは一階大浴場に到着。ここからは風呂と支度を済ませながら他の分身の合流を待つ。各自よきタイミングで分身を解除し、記憶と魔力をこのヴァンに集結させるのだ。
最初に届いたのは第五夫人・キティアと過ごしたヴァンの記憶。
ナルシストな彼女は美容にこだわりが強い。早めに起きてシャワーを浴び、しっかり仕上げてから朝食に向かうタイプだ。今朝もすでに全男性が即座に全財産を差し出してしまいそうな小悪魔オーラを纏っている。
続いて第三夫人・シュリルワ。
チャキチャキした肝っ玉奥様は朝食当番か否かを抜きに毎日六時に起床するきっちりした性格をされている。しかも目覚まし時計を使わず自然に起きる。おかげでヴァン[シュリ]は同時に起床することができず、七時頃に起こしてもらう手筈になっていた。
第四夫人・フラムが続く。
のんびりゆるふわの彼女は食べるのが遅いため、朝食開始時間より前にダイニングに現れて待機しておく。昨晩は地下のホームシアターで泣ける映画を観た。それ以来フラムは放心状態が続いており、ヴァンが話しかけても何も響かない状態になっている。
次に第六夫人・ヒューネット。
元気はつらつな彼女だが、朝はなるべく寝ていたいタイプだ。それでも起きてすぐシャワーには入りたいので、朝食には乾き切っていない髪の毛にタオルを巻いた状態で現れる。
第八夫人・ユウノは朝に弱い。
香りの強い朝食と猛烈な空腹という条件が揃えば飛び起きる。そうでなければ寝坊は確実だ。ヴァン[ユウノ]は彼女を寝かせたまま本隊に合流した。今朝は観たいテレビがあるそうなので放送のちょっと前に起こしに行くつもりだ。
さらに、夜中も外で働いていたヴァンが一旦合流する。国家の緊急事態に備えて二十四時間体制で軍に常駐しているヴァンだ。風呂上がりのサッパリした体になって再度分身し、すぐに軍に戻る。ここでしっかり情報共有し、自分同士で連携を取るのだ。
────だが本日は合流がスムーズにいかない。なぜか第一夫人・ジルーナと過ごしたヴァン[ジル]が合流してこないのだ。
このままでは朝食が始まってしまう。ヴァンはやむを得ずヴァン[ジル]と交信する。すぐさま取ってつけたような雑な返答が返ってきた。
(こちらヴァン[ジル]。ジルが甘えんぼの日。片時も離れられない。仕事頑張ってくれ)
「何だと……っ⁉︎」
思わず声が出た。これから自分は出勤するというのに、あっちはジルーナに一日中甘えていただけるのだ。ヴァンは嫉妬に狂った。どうせいずれ合流し、その経験は自分がしたものにはなる。しかし、せっかくならリアルタイムで体験する側になりたいのは当然のこと。何が「片時も離れられない」だ。正確には「片時も離れたくない(自分が)」だろうが。
ヴァンの頬が濡れているのはシャワーのせいか、それとも────。
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