冷遇された斎王の姉ですが、じつは天界の天妃でした~封印を解かれた天妃は天帝とかわいい子どもたちに囲まれて幸せです~

蛮野晩

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あなたと私の罪の夜

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「鶯、鶯っ……」
「あ、ああっ、んんッ、ぅ……」

 黒緋が私の名を呼びながら動きを激しくしました。
 私の声も艶が増して切羽詰せっぱつまったものになっていく。
 そして体の奥に黒緋のたかぶりが叩きつけられました。

「あぁ、ん……」

 体が熱くなって、小さく痙攣けいれんしたように震えます。
 初めての行為に意識が朦朧もうろうとしていました。
 白くかすみがかかっていく視界の中で黒緋を見つめます。

 黒緋も額に汗を浮かべて息を乱していました。こんな彼の姿を見るのは初めてで、どうしてでしょうね。こんな時だというのになんだか可笑おかしい。

 体力の消耗しょうもうが激しくて体が重いです。指先一つ動かすのも億劫おっくうに感じています。
 でもぐったりしながらも黒緋の頬に触れ、黒髪を撫でるように指でいてあげました。
 疲れて急激な睡魔に襲われるけれど、ぼんやりとした意識の中で愛おしい御方おかたの髪をく。

 そう、とても愛おしい。唯一の存在。

 この人のためなら私のすべてを引き替えにしても構わない。たしかにそう思えるのです。

「黒緋さま、……わたしの……愛おしい御方おかた……」

 夢うつつのなかで呟きました。

 届いた言葉に黒緋がハッと表情を変えた気がしたけれど、まぶたが重くて、もうたしかめることもできません……。

「鶯、眠ったのか?」

 黒緋に問われたけれど答える気力はありませんでした。
 意識を失う寸前に唇にそっと唇が重ねられます。

「おやすみ、鶯」

 黒緋はそう言って私を抱きしめ、彼もまた目を閉じたのでした。



■■■■■■

 鶯を抱いた夜、黒緋は夢を見た。
 天上にいた頃の夢だ。

 天界。
 天帝・黒緋の力で邪神を封じたが、四凶しきょうが暴れる地上は地獄絵図のようだった。
 黒緋は四凶しきょうを討伐せんとするが、四体もの怪物を相手にするのは天帝といえど至難しなんわざだった。

「ああ、可哀想に……」

 黒緋は変わり果てた地上になげいた。

 地上と繋がっている池の前で膝をつき、拳を握り締めて水面みなもに映る地上の惨状さんじょうを見つめる。

 水面に映る地上の光景は無情なものだった。
 天災による飢饉ききんで多くの人間が死にえていく。
 人心が荒れ、弱者が虫けらのように殺されていく。
 まるですべての人間が理性を失ったように退廃たいはいしていく。
 そこに一切の救いはなく、あまりに悲惨でおぞましい光景に黒緋は憤怒ふんどと悲しみになげいていた。

「黒緋様」

 そんな黒緋に背後から声がかけられた。
 振り返らなくても分かる。天妃の鶯だ。

なげかないでください」
「これがなげかずにいられるか!」

 黒緋は地上を見つめたまま怒鳴った。
 天妃は宮中の奥にある後宮で暮らしている。滅多に外に出ることがないので地上を知らないのだ。
 だから他人事のような言葉を吐ける。

「お前には分からないだろう。俺がどれほど憤怒ふんどし、悲しみに嘆《なげ》いているか……!」

 黒緋は地上を見つめたまま背後にいる天妃に声を荒げた。
 八つ当たりだと分かっている。だがこみあげる感情が制御できない。
 それなのに天妃はいつもと変わらない。

「……そうですね。私は地上に興味がありませんし、好ましく思えるほど知っているわけでもありません。ですから、あなたがなげく気持ちも分かりません」

 天妃が淡々たんたんとした口調で言った。
 黒緋はにらむが、天妃の美貌は氷のように涼しげなままである。

「本当に分からないのか!!」

 黒緋は立ち上がり、天妃の正面に立って睨み下ろす。
 天妃は瞳にわずかなおびえを走らせたが、「分かりません」と小さく頷いた。
 だが、天妃は黒緋を見つめたまま言葉を紡ぐ。

「でも、あなたの笑顔が失われるのは嫌です。だから、あなたの笑顔を取り戻す方法をずっと考えていました」

 天妃が静かな口調で言った。
 その言葉に黒緋がいぶかしむ。どういう意味だと聞き返そうとしたが、それをさえぎるように天妃の手が黒緋の目をおおった。
 そして。

「お願いですから笑顔でいてください。――――私の愛おしい御方おかた

 視界をおおわれた黒緋の唇に柔らかなものが重なった。
 それが天妃の唇だと察した次の瞬間、視界をおおっていた手がするりと離れる。
 開けた視界に映った光景に黒緋は愕然がくぜんとした。

 映ったのは、地上に身を落とす天妃の姿だった。

 池にうずが発生し、あっという間に天妃を飲み込んでいく。

「天妃……? ……お前は、なにを……っ」

 黒緋の声は震えていた。
 事態がうまく飲み込めない。
 でも次の瞬間、地上から四凶しきょう禍々まがまがしい気配が消え失せた。
 地上に降りた天妃が自分のすべてを引き替えにして四凶しきょうをその身に封じたのだ。

 今まで天妃は目の前にいたのに、声を聞いていたのに、唇の感触を感じていたのに、……忽然こつぜんと消えてしまった。

「天妃、お前はっ、お前は……! くっ、うああああああああ!!!!」

 黒緋は絶叫した。
 それは慟哭どうこくだった。
 恐ろしいほどの喪失感そうしつかんと後悔が押し寄せる。
 底知れぬ絶望感。虚無感きょむかん。喪失感。それが一気に心を飲み込み、視界を暗く暗くつぶしていく。

「天妃、天妃……。……鶯」

 鶯。その名を初めて口にした。

 黒緋はがくりと膝から崩れ落ち、頬を濡らして空をあおぐ。

 天妃の声はとても穏やかだった。そして紡がれたのは鶯の心。

 声は今まで聞いたこともないような優しさと慈しみに満ちていた。……いやそうじゃない、黒緋が聞こうとしなかっただけだ。

 黒緋は今頃になって気づいてしまう。
 伴侶はんりょとして迎えていたのに、真に言葉を交わしたことがなかったことに。

 黒緋が地上の人間を見つめる時や地上の人間の話をする時、天妃は静かな面差しでじっと黒緋を見つめていた。その眼差しは黒緋を不快ふかいにさせるものだった。天妃は小言を言いたいのだと思っていたからだ。地上に心をくばる天帝をあきれていると思っていたからだ。

 でも違っていた。

 天妃はその時に浮かんでいた黒緋の笑顔を見ていたのだ。

 なぜもっとたしかめ合わなかったのかと後悔が押し寄せる。
 すれ違ったまま天妃を失い、黒緋は自分を殺したくなるほどの後悔をした……。

■■■■■■





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