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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第二章・勇者と冥王のママは酒場で魔王様と……4
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ガンッ! キンッ! ゴッ!
庭園に剣と拳を激しく打ち合う音が響く。
庭園ではハウストがゼロスに剣術と体術の稽古をつけています。
私は東屋から二人の稽古を見学していました。
「ゼロス、最後まで力を抜くな!」
「は、はいっ……!」
「打ち込みが甘いぞ、次は右が隙だらけだ!」
「えい! えい! っ、えいい!」
「今度は左が隙だらけだ!」
「うわあっ!」
ゼロスの小さな体が弾かれたように吹っ飛びました。
ハウストに剣で打ち込んだものの弾き返されてしまったのです。
ゼロスの体が地面に転がって、その光景に内心どきりとするけれど私は平静を装って見守ります。
今にも泣きだしそうなゼロスの様子に東屋を飛び出していきたくなるけれど、我慢です。これはゼロスに必要なこと。ゼロスは立派な冥王にならなければいけない子どもなのです。
「立て、もう一度だ」
「は、はいっ……」
返事をするゼロスの声が震えています。
剣を握って、よろよろと立ち上がって……。
いつもの訓練なら教官に甘えて「おやすみしよ?」なんて駄々をこねますが、今日の相手はハウストです。もちろんハウストにそんな我儘を言えるはずがなく、泣きそうになりながらも立ち上がるしかありません。こうして頑張っていたゼロスですが。
「うっ、うぅ、うええぇぇん! ちちうえのばかあ~! えいっ、えいっ!」
「おい、こら、ちゃんと構えろっ」
「うえぇぇんっ、やっつけてやる~~!」
……どうやら限界がきたようです。泣きながら剣を振り回しだしました。最終的には腕まで振り回してポカポカと……。
「あれ、どう見ても自棄になってますよね」
思わず苦笑いしていると、ふと東屋に人影が近づいてくる。
その人影の姿に私の顔もパッと明るくなる。イスラです。今日は朝から出掛けていたイスラが城に帰って来たのです。
「イスラ、おかえりなさい」
「ただいま、ブレイラ」
イスラは東屋に入ってくると私の隣に腰を下ろしました。
そして懐から小さな紙袋を取りだします。
「これブレイラに土産だ。市場に珍しい茶葉があったから買ってきた」
「わあっ、ありがとうございます! 良い茶葉ですね、お茶の時間に皆でいただきましょう!」
「ああ、楽しみにしてる」
イスラも嬉しそうな笑顔を浮かべます。
イスラは魔界に帰って来てから、城で用事がない時は王都や近隣の街や村までふらりと出掛けているのです。初めて人間界に一人旅をしてから一人で出歩くことが多くなりました。
「今日はどこに行ってきたんですか?」
「王都から東にある街まで行ってきた。そんなに大きな街じゃなかったけど、市場には精霊界や人間界から輸入された物が結構並んでたぞ」
「そうですか。以前に増して各世界の人々がいろんな世界を行き来するようになりましたから」
あの二年前の冥王戴冠の時から四界は少しずつ親交を深め、今では公的な繋がりだけでなく、民間による私的な繋がりも増えて多くの商人が行き交うようになったと聞いています。
冥界は今も創世期の真っただ中なので政治的な親交があるのは魔界と精霊界と人間界の三つの世界だけですが、世界は冥界を迎えて四界時代になったのです。
「でも、人間界は国の方針次第だ。モルカナ国や親交に前向きな国はともかく、今も閉鎖状態にある国もたくさんある」
「人間界にはいろんな国がありますからね」
魔界や精霊界は一人の王によって統治されていますが、人間界にはたくさんの国があります。それぞれの国にはそれぞれの王や統治者がいて、その法律や仕組みも様々なものでした。その為、人間界のすべての国の方針が揃うことはありません。人間は勇者という人間の王を冠しながら、その所属は各国で、実質的に人間界を統治しているのは各国の王たちなのです。
「人間界にあるすべての国へ行ってみたい。ブレイラも連れて行ってやる」
「ふふふ、それは嬉しいです。楽しみにしていますね」
イスラは日に日に成長して逞しくなっていく。それは頼もしい限りですが、……ちらり、イスラを窺いました。
このイスラが酒場に? いえいえ、そんな馬鹿な。イスラが、このイスラが酒場に出入りしている筈がありません。
今も私の手中にはイスラから贈られたお土産の茶葉がある。離れていても私のことを思い出してくれたのですね。嬉しいことです。こんなに優しくて、お利口で、強くて、賢くて、いい子のイスラが……。ああやっぱり嘘ですっ。そんなのは有り得ません……!
「…………ブレイラ、どうしたんだ?」
「ん? あああっ、いいえ、なにもっ、なにもありませんっ!」
私は慌てて首を横に振りました。
どうやらイスラをじぃっと見つめすぎたようです。
内心の動揺を隠し、表面上は平静を装って笑いかける。
「嬉しいなと思って。こうしてお土産を頂くのも、あなたとお出掛けするのも、とても嬉しいんです」
「そうか、またブレイラが気に入りそうなのを見つけたら買ってくる。ブレイラは魔界の王妃だからすぐに出掛けるのは無理だけど、絶対連れて行く」
「ありがとうございます。楽しみです」
ほらこんなに優しい。こんないい子が酒場に出入りしている筈ないのです。
こうして私はイスラと東屋でお話ししていましたが、ふとハウストと手合わせ中だったゼロスが泣きながら駆け寄ってきます。
「うわああああん! ブレイラ~!!」
東屋に駆けこんできたかと思うと、ひしりっと私にしがみ付いてきました。
私の膝に突っ伏して、「うっ、うっ」と嗚咽を漏らして肩を震わせだす。
少ししてハウストも東屋に入ってきました。
ハウストはイスラを見ると「帰って来たか。おかえり」と声を掛け、またゼロスに視線を戻す。
呆れた様子のハウストに私は苦笑しました。
「限界だったみたいですね」
「……限界が早すぎる。甘えすぎだ」
「困りました。否定できません」
私は膝に突っ伏しているゼロスを見下ろします。
ゼロスの頭を撫でて、ぷるぷる震える肩にそっと手を置きました。
「ゼロス、顔を上げてください」
「……うぅっ」
ゼロスがおずおずと顔を上げました。
小さな唇を噛み締めて、大きな瞳を潤ませて、眉を八の字にして、拗ねた顔をしている。
じっと見つめていると、ゼロスが言い訳を探すように目をきょろきょろさせだします。
「あ、あのね、おてて、いたくなったのっ。……みて? ここ、あかくなってるでしょ? ここと、ここと、ほらここも!」
ゼロスが両手を広げて私に見せてきます。
焦りながらも必死に手が痛いと訴える姿。不自然に焦っているのは、これが言い訳だと自分でも気付いているから。そう、ほんとうは分かっているんですよね。ほんとうはもう少し頑張らなければならないのに、まだ甘えたくて、でも甘えてしまった後悔もあって、気持ちがぐるぐるしているのですね。
「手を見せてください」
そう言ってゼロスの小さな手を取りました。
小葉のような小さな手の平を指でそっと撫でてあげます。
「ほんとうですね、赤くなっています。痛かったでしょう」
「ブレイラ……」
「こうすると痛いのが治りますよ?」
ゼロスの小さな手の平を優しくもみもみしてあげました。
もみもみする感触がくすぐったいのか、ゼロスの顔にも笑顔が戻ります。
「アハハッ、こしょこしょみたい~っ」
「ふふふ、もっとしてあげます」
「わあっ、ブレイラ、こしょばゆい~!」
ゼロスが笑いながら身を捩っておおはしゃぎする。
良かった。元気が戻ったようです。
私はゼロスの顔を覗き込んで笑いかけます。
「痛いのは治りましたか?」
「うん、なおった!」
ゼロスは照れ臭そうにしながらも大きく頷きました。
もう大丈夫ですね。いつもの調子を取り戻したゼロスが今度はイスラに飛びついていく。
「あにうえ、おかえりなさい~!」
「ただいま。剣の稽古をしてたのか」
「うん。ちちうえと、えいっえいって。えらい?」
「ああ、えらかった。それじゃあ素振り五百回は終わったか?」
「えっ?」
ゼロスがぎょっとする。
どうやらまだのようです。
「……ちちうえと、おけいこ、したのに?」
「それはそれだ。俺も付き合ってやる、行くぞ」
「えええっ?!」
ゼロスが悲壮な顔になりました。
分かりやすい反応に私は思わず笑ってしまう。
「ゼロス、ここで見ていますから頑張ってください」
「うぅっ、……ほんと?」
「はい、応援しています」
「…………じゃあ、がんばる」
「はい、いってらっしゃい」
そう言って笑いかけると、ゼロスは渋々ながらもイスラとともに東屋を出て行きました。
こうして東屋にハウストと二人きりになります。
庭園に剣と拳を激しく打ち合う音が響く。
庭園ではハウストがゼロスに剣術と体術の稽古をつけています。
私は東屋から二人の稽古を見学していました。
「ゼロス、最後まで力を抜くな!」
「は、はいっ……!」
「打ち込みが甘いぞ、次は右が隙だらけだ!」
「えい! えい! っ、えいい!」
「今度は左が隙だらけだ!」
「うわあっ!」
ゼロスの小さな体が弾かれたように吹っ飛びました。
ハウストに剣で打ち込んだものの弾き返されてしまったのです。
ゼロスの体が地面に転がって、その光景に内心どきりとするけれど私は平静を装って見守ります。
今にも泣きだしそうなゼロスの様子に東屋を飛び出していきたくなるけれど、我慢です。これはゼロスに必要なこと。ゼロスは立派な冥王にならなければいけない子どもなのです。
「立て、もう一度だ」
「は、はいっ……」
返事をするゼロスの声が震えています。
剣を握って、よろよろと立ち上がって……。
いつもの訓練なら教官に甘えて「おやすみしよ?」なんて駄々をこねますが、今日の相手はハウストです。もちろんハウストにそんな我儘を言えるはずがなく、泣きそうになりながらも立ち上がるしかありません。こうして頑張っていたゼロスですが。
「うっ、うぅ、うええぇぇん! ちちうえのばかあ~! えいっ、えいっ!」
「おい、こら、ちゃんと構えろっ」
「うえぇぇんっ、やっつけてやる~~!」
……どうやら限界がきたようです。泣きながら剣を振り回しだしました。最終的には腕まで振り回してポカポカと……。
「あれ、どう見ても自棄になってますよね」
思わず苦笑いしていると、ふと東屋に人影が近づいてくる。
その人影の姿に私の顔もパッと明るくなる。イスラです。今日は朝から出掛けていたイスラが城に帰って来たのです。
「イスラ、おかえりなさい」
「ただいま、ブレイラ」
イスラは東屋に入ってくると私の隣に腰を下ろしました。
そして懐から小さな紙袋を取りだします。
「これブレイラに土産だ。市場に珍しい茶葉があったから買ってきた」
「わあっ、ありがとうございます! 良い茶葉ですね、お茶の時間に皆でいただきましょう!」
「ああ、楽しみにしてる」
イスラも嬉しそうな笑顔を浮かべます。
イスラは魔界に帰って来てから、城で用事がない時は王都や近隣の街や村までふらりと出掛けているのです。初めて人間界に一人旅をしてから一人で出歩くことが多くなりました。
「今日はどこに行ってきたんですか?」
「王都から東にある街まで行ってきた。そんなに大きな街じゃなかったけど、市場には精霊界や人間界から輸入された物が結構並んでたぞ」
「そうですか。以前に増して各世界の人々がいろんな世界を行き来するようになりましたから」
あの二年前の冥王戴冠の時から四界は少しずつ親交を深め、今では公的な繋がりだけでなく、民間による私的な繋がりも増えて多くの商人が行き交うようになったと聞いています。
冥界は今も創世期の真っただ中なので政治的な親交があるのは魔界と精霊界と人間界の三つの世界だけですが、世界は冥界を迎えて四界時代になったのです。
「でも、人間界は国の方針次第だ。モルカナ国や親交に前向きな国はともかく、今も閉鎖状態にある国もたくさんある」
「人間界にはいろんな国がありますからね」
魔界や精霊界は一人の王によって統治されていますが、人間界にはたくさんの国があります。それぞれの国にはそれぞれの王や統治者がいて、その法律や仕組みも様々なものでした。その為、人間界のすべての国の方針が揃うことはありません。人間は勇者という人間の王を冠しながら、その所属は各国で、実質的に人間界を統治しているのは各国の王たちなのです。
「人間界にあるすべての国へ行ってみたい。ブレイラも連れて行ってやる」
「ふふふ、それは嬉しいです。楽しみにしていますね」
イスラは日に日に成長して逞しくなっていく。それは頼もしい限りですが、……ちらり、イスラを窺いました。
このイスラが酒場に? いえいえ、そんな馬鹿な。イスラが、このイスラが酒場に出入りしている筈がありません。
今も私の手中にはイスラから贈られたお土産の茶葉がある。離れていても私のことを思い出してくれたのですね。嬉しいことです。こんなに優しくて、お利口で、強くて、賢くて、いい子のイスラが……。ああやっぱり嘘ですっ。そんなのは有り得ません……!
「…………ブレイラ、どうしたんだ?」
「ん? あああっ、いいえ、なにもっ、なにもありませんっ!」
私は慌てて首を横に振りました。
どうやらイスラをじぃっと見つめすぎたようです。
内心の動揺を隠し、表面上は平静を装って笑いかける。
「嬉しいなと思って。こうしてお土産を頂くのも、あなたとお出掛けするのも、とても嬉しいんです」
「そうか、またブレイラが気に入りそうなのを見つけたら買ってくる。ブレイラは魔界の王妃だからすぐに出掛けるのは無理だけど、絶対連れて行く」
「ありがとうございます。楽しみです」
ほらこんなに優しい。こんないい子が酒場に出入りしている筈ないのです。
こうして私はイスラと東屋でお話ししていましたが、ふとハウストと手合わせ中だったゼロスが泣きながら駆け寄ってきます。
「うわああああん! ブレイラ~!!」
東屋に駆けこんできたかと思うと、ひしりっと私にしがみ付いてきました。
私の膝に突っ伏して、「うっ、うっ」と嗚咽を漏らして肩を震わせだす。
少ししてハウストも東屋に入ってきました。
ハウストはイスラを見ると「帰って来たか。おかえり」と声を掛け、またゼロスに視線を戻す。
呆れた様子のハウストに私は苦笑しました。
「限界だったみたいですね」
「……限界が早すぎる。甘えすぎだ」
「困りました。否定できません」
私は膝に突っ伏しているゼロスを見下ろします。
ゼロスの頭を撫でて、ぷるぷる震える肩にそっと手を置きました。
「ゼロス、顔を上げてください」
「……うぅっ」
ゼロスがおずおずと顔を上げました。
小さな唇を噛み締めて、大きな瞳を潤ませて、眉を八の字にして、拗ねた顔をしている。
じっと見つめていると、ゼロスが言い訳を探すように目をきょろきょろさせだします。
「あ、あのね、おてて、いたくなったのっ。……みて? ここ、あかくなってるでしょ? ここと、ここと、ほらここも!」
ゼロスが両手を広げて私に見せてきます。
焦りながらも必死に手が痛いと訴える姿。不自然に焦っているのは、これが言い訳だと自分でも気付いているから。そう、ほんとうは分かっているんですよね。ほんとうはもう少し頑張らなければならないのに、まだ甘えたくて、でも甘えてしまった後悔もあって、気持ちがぐるぐるしているのですね。
「手を見せてください」
そう言ってゼロスの小さな手を取りました。
小葉のような小さな手の平を指でそっと撫でてあげます。
「ほんとうですね、赤くなっています。痛かったでしょう」
「ブレイラ……」
「こうすると痛いのが治りますよ?」
ゼロスの小さな手の平を優しくもみもみしてあげました。
もみもみする感触がくすぐったいのか、ゼロスの顔にも笑顔が戻ります。
「アハハッ、こしょこしょみたい~っ」
「ふふふ、もっとしてあげます」
「わあっ、ブレイラ、こしょばゆい~!」
ゼロスが笑いながら身を捩っておおはしゃぎする。
良かった。元気が戻ったようです。
私はゼロスの顔を覗き込んで笑いかけます。
「痛いのは治りましたか?」
「うん、なおった!」
ゼロスは照れ臭そうにしながらも大きく頷きました。
もう大丈夫ですね。いつもの調子を取り戻したゼロスが今度はイスラに飛びついていく。
「あにうえ、おかえりなさい~!」
「ただいま。剣の稽古をしてたのか」
「うん。ちちうえと、えいっえいって。えらい?」
「ああ、えらかった。それじゃあ素振り五百回は終わったか?」
「えっ?」
ゼロスがぎょっとする。
どうやらまだのようです。
「……ちちうえと、おけいこ、したのに?」
「それはそれだ。俺も付き合ってやる、行くぞ」
「えええっ?!」
ゼロスが悲壮な顔になりました。
分かりやすい反応に私は思わず笑ってしまう。
「ゼロス、ここで見ていますから頑張ってください」
「うぅっ、……ほんと?」
「はい、応援しています」
「…………じゃあ、がんばる」
「はい、いってらっしゃい」
そう言って笑いかけると、ゼロスは渋々ながらもイスラとともに東屋を出て行きました。
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