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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第二章・勇者と冥王のママは酒場で魔王様と……3

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 イスラの衝撃の噂を聞いて三日が経過しました。
 この三日間、何度も大丈夫と自分に言い聞かせましたが侍女たちの会話が耳から離れません。
 少しでも気を抜くとイスラが酒場でたくさんの綺麗な男性や女性をはべらせている光景が浮かんで、目の前が真っ暗になって、ふらりと気が遠くなって。

「いたっ」

 ガタンッと肩が壁にぶつかって、慌てて姿勢を戻しました。
 今、私の視界は真っ暗。
 これは気が遠くなったからではありません。今、私は部屋のクローゼットの中に隠れているのです。
 人一人が入れるくらいのクローゼットは窮屈で暗いけれど、我慢です。なぜなら……。

 ――――カチャリ。

 部屋の扉が静かに開きました。
 部屋に誰かが入って来た気配にごくりと息を飲んで、そっとクローゼットの隙間から覗く。
 き、来ました!
 ゼロスです! 思ったとおりゼロスが部屋に入ってきました!

「フンフンフン、ルンルンルン♪」

 聞こえてきたのはゼロスの軽快な鼻歌。
 ゼロスは楽しそうに自作の鼻歌を歌いながら、足取り軽く部屋の奥へ歩いていきます。
 そして部屋の奥にあるおもちゃの宝箱の前でしゃがむ。
 きょろきょろと周囲を見回したかと思うと、ポケットから取り出した答案用紙を宝箱に隠してしまいました。

「フンフ~ン♪ これで~、だいじょうぶ~♪」

「ゼロス!」
 バンッ!!

「わああッ! ブレイラ?!」

 突然クローゼットから登場した私にゼロスがギョッとする。
 驚愕と衝撃にゼロスは青褪め、一歩、また一歩と後ずさりだす。もちろん逃がしてあげません。

「なにが大丈夫なのか説明してください」
「ど、どうして……、どうしてブレイラが……」

 あわあわとゼロスが焦りだします。
 当然ですよね。いつものように答案用紙を隠そうとしたら私が決定的瞬間を押さえたのですから。まさか私がクローゼットに隠れていたなんて想像もしていなかったはずです。

「ゼロス、なにが大丈夫なのか説明してくれますよね」
「えっと、あのね、あのね、……っ、ごめんなさい!!」

 ゼロスが突然ぴゅーっと駆け出しました。
 逃げるつもりですね、そうは行きません!
 ゼロスが駆け出したのと同時に、その小さな体を反射的にぎゅっと抱きしめる。

「捕まえました!」
「わあっ、はなして! はなして、ブレイラ~!」
「離しません! 逃げることは許しませんよ!」
「やだ~っ、にげるの! えいっ!」
「わああっ!」

 ドンッ! ゼロスが勢いよく私を押しました。
 さすが幼くても冥王、三歳児とは思えぬ強い力に尻もちをつく。その隙にゼロスがぴゅーっと逃げ出しました。
 そのまま部屋から逃走しようとしたゼロスですが、そうはいきません!

「ハウスト、お願いします!」
「ち、ちちうえ?!」

 扉の前にぬっと大きな影。ハウストです。
 立ち塞がるハウストを前にゼロスが立ち止まる。さすがにハウストを突破することはできないのです。

「ふふふ、私が一人だと思ったんですか? こんな事もあろうかとハウストにお願いしていたんですよ」

 私の作戦勝ちですね、これでゼロスは逃げられません。
 私は尻もちをついたお尻を撫でながら起き上がります。
 ゼロスは焦った顔で、扉の前のハウストと背後から迫る私を交互に見ました。
 特にハウストには驚きを隠し切れないようです。多忙なハウストがまさか身を潜めてここにいるとは思わなかったのでしょう。

「ゼロス」

 ハウストの低い声。
 ゼロスの大きな瞳がじわじわ潤みだす。

「ち、ちちうえ、おこってる……。かくしたのごめんなさい~っ。うわあああん!」

 ゼロスがハウストを見ながら大きな声で泣き出してしまいました。
 そんなゼロスの様子に私もハウストを見て、驚きに目を丸めてしまう。
 だってハウストは本当に怒っている。むっと眉間に皺を作ってゼロスを見据えていたのです。
 子どもに向けるにしてはちょっと怖い顔ですよ。一緒に捕まえてほしいとお願いした時は「俺も隠れるのか?」と少し呆れていただけだったのに。

「あの、ハウスト……」

 そんなに怒らないでください、とちらりと目配せしてお願いする。
 ハウストはそれに気付きながらもゼロスをじっと見下ろしました。

「うええぇぇんっ、ちちうえごめんなさい~っ。かくしたの、ごめんなさい~っ」
「……そうじゃない。ゼロス、力加減を間違えるな」
「うええぇぇぇんっ、……ん? あああっ!!」

 ゼロスがハッとして泣きやみました。
 そして勢いよく私の足にぎゅっと抱きついてくる。

「ブレイラ、だいじょうぶ?! えいってしたの、ごめんなさい! いたい?! ごめんなさい~!」

 今まで逃げようとしていたのに、今は必死に「だいじょうぶ?」「いたい?」と聞いてくれる。私から逃げだす時に、えいっと押したのを思い出して焦っているのです。
 そう、いくら三歳ほどの子どもでもゼロスは冥王。身体能力も潜在能力も非常に高く、年相応のものではありません。普段は力加減をしていますが、ふとした時に勢いが余ってしまうのです。思えばイスラが幼い時も私はえいっとされてしまう事がありました。
 でもこれは私が非力だからではありませんよ、四界の王の力が常人のものではないのです。

「私は大丈夫ですよ。だから泣かないでください」
「……ほんと?」
「ほんとうです。でも、あなたは人より大きな力を持っていることを忘れないでくださいね。大きな力は上手に使ってください」
「わかった」

 ゼロスがグスッと鼻を啜る。
 私は小さく笑ってハンカチを取り出し、小さなお鼻に当ててあげます。

「チーンは?」
「チーン!」
「上手ですね。綺麗になりました」

 いい子いい子と頭を撫でると、「えへへ、ありがとう」とゼロスが嬉しそうにはにかみました。
 私は次にハウストを振り返る。ゼロスは元気になったけれどハウストは怖い顔のままなのです。

「ハウスト、怖い顔をしています」
「怪我は?」
「ちょっと尻もちをついただけですよ、大丈夫です」
「ゼロスには改めて言い聞かせる」
「お願いします」

 幼いゼロスにとって厳しいことですが冥王として必要なことです。
 そう、これは必要なこと。それは私も重々承知です。ですが、ちょっとだけお願いが……。

「……でも、あの、ゼロスはまだ三歳ですし、ちょっと怖がりなところもありますし、その、……お手柔らかにお願いしますね?」

 私の後ろに隠れるようにして抱きついているゼロスも「ちちうえ……」とハウストを見上げます。
 二つの視線に見上げられたハウストは、むっとしながらも顎を引く。本当に反省しているのかと言わんばかりの顔ですが、少しして脱力したようにため息をつきました。

「…………分かった」
「ハウスト、ありがとうございます。ゼロスも力は上手に使うと約束してくださいね」
「うん!」
「よろしい」

 これでゼロスの力加減の件は一件落着です。
 しかしまだ話しが終わったわけではありません。

「さて、ゼロス」
「なあに?」
「宝箱になにを隠そうとしていたんですか?」
「っ!」

 ゼロスの顔が引きつる。
 話題が変わっていたのでこの話しは終わったと思っていたようです。そうはいきません。

「あなた、点数が悪かった答案を隠していますね?」
「そ、それは……」

 ゼロスがしどろもどろになって黙り込む。
 小さな拳をぎゅっと握って、唇を噛み締めて、大きな瞳を潤ませて、眉を八の字に下げて。

「うぅっ……、ブレイラ、……おこった?」
「怒っていませんよ」
「えっ、おこってないの?!」

 ゼロスがパッと表情を変えます。
 目を丸める様子に苦笑して、私は膝を折ってゼロスと目線を合わせました。
 ゼロスのぎゅっと握られた小さな拳を手に取り、両手でそっと包み込む。

「怒っていませんが、寂しかったです」
「さびしい?」
「はい。私はゼロスが大好きなので、あなたのことを知りたいのです。だから見せてくれないのは寂しいです」

 私がそう言うとゼロスが目を瞬いて、次に照れ臭そうな笑顔を浮かべました。
 ニコニコしながら私にぎゅっと抱きつく。

「ブレイラ、ぼくがだいすきだから?」
「そうですよ」
「えへへ、ごめんなさい~。……あのね、ぼくね、はずかしかったの」
「恥ずかしかったんですか?」
「うん、もっとステキなのがよかったの。ステキなの、ブレイラにみせたかったの」
「そうだったんですね。でも今度からは素敵じゃなくても見せてくださいね」
「わかった」
「良いお返事です」

 いい子いい子と頭を撫でて、私はゆっくり立ち上がりました。
 今日のゼロスの予定は朝から体術のお稽古とお勉強、それはもう全部終わったはず。ゼロスはすっかり今から自由に遊ぶ時間だと思っているけれど、でも私は知っています。ゼロスはまだしなくてはならない事があるはずです。

「さあゼロス、素振り五百回をそろそろ始めないと今日の分が終わりませんよ?」
「えええっ、するの?! おべんきょう、せっかくおわったのに?!」
「毎日するようにとイスラから言われているんですよね?」
「そうだけど……」

 ゼロスが唇を噛みしめます。
 また眉が八の字に垂れ下がって、可愛いお顔が今にも泣いてしまいそう。

「終わるまで見ててあげますから、ね?」
「……ほんと?」
「はい。見てますから、もう少しだけ頑張ってみましょうね」
「……わかった。それなら、がんばる」
「お利口です」

 私はゼロスに笑いかけると、ハウストを振り返りました。
 彼が多忙なのは分かっていますがもう少しくらい一緒にいられないかと伺います。

「ハウスト、あなたも時間が許すならご一緒できませんか?」
「もちろんだ、お前の誘いを断るわけがないだろう。たまにはゼロスと手合わせしてやろう」
「ふふふ、嬉しいです」

 ハウストが一緒で嬉しいです。
 でもゼロスは複雑なようで、「……ちちうえと、てあわせ」と神妙な顔で呟いていました。



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