勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十二章・次代を告げる暁を8

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「……ねえ、ブレイラ」
「どうしました?」

 ゼロスがもじもじしています。
 小さな両手の指先をツンツンさせながら、もじもじして、ちらちらと私を見つめます。

「ブレイラは、つよいの、すき?」
「はい、好きですよ」

 即答します。もちろん好きに決まっています。
 私が答えるとゼロスの顔がパァッと輝きました。
 顔は昂揚に輝いて、大きな瞳が期待と希望にキラキラキラキラと輝いて、そして。

「いいよ! けっこんしても!」
「んんっ?」
「ブレイラは、ぼくとけっこん、したいんじゃないかなって!」
「えええっ?!」

 びっくりしました。
 でもゼロスは「キャー! いっちゃった~!」と恥ずかしそうに小さなおててで顔を覆っています。
 ……ど、どうしましょう。
 これってあれですよね。ゼロスに魔界でお留守番をお願いした時の話しですよね。
 ちらりとハウストを見ると、「ほら見ろ、だから俺は言ったんだ」と言わんばかりの顔で私を見ていました。
 イスラは面倒くさそうな顔でゼロスを見て、私に向かって首を横に振ります。そんな、イスラまで……。
 こうしている間にもゼロスがテレテレもじもじしながらお話ししてくれます。

「いいよ、けっこんしても。フェリクトールにもおねがいしてあるの。ブレイラのきれいなおようふく、ちゃんとよういしてねって」

 気が利くでしょ? といわんばかりのゼロス。
 フェリクトールまで巻き込んだのですね。そんなの後で絶対怒られるじゃないですか。
 ……仕方ありません。
 コホンッ、咳払いを一つ。ゼロスに伝えなければならないことがあります。

「ゼロス、お話しがあります」
「なあに?」

 改まって声を掛けた私にゼロスが振り返りました。
 その瞳は期待に満ちて、うっ……、胸が痛いです。

「実は、……私は、私はハウストと結婚しているんです」
「――――え?」

 ゼロスが固まりました。
 目を丸めたまま固まって、ぽかんっと口を開けます。
 まさか本当にハウストと私が結婚していたことを知らなかったなんて。……私の育児知識不足です。こういうことは自然に理解していくものだと思っていましたが、思い込みはいけませんね。もっと育児書を読んで勉強しなければ。
 心苦しいけれど今は教えなければいけません。

「私はあなたが生まれる前に、ハウストと結婚したのですよ」
「えっ……、ブレイラが……けっこん、……してた? ちちうえと、けっこん……?」

 一歩、二歩とゼロスが後ずさりました。
 ゼロスはふるふる首を横に振りながら、信じ難いものでも見たような顔で、「……ブレイラが、けっこん。ちちうえと、けっこん」とぶつぶつ呟いています。
 その様子にハウストが「……今までなんだと思ってたんだ」と不思議そう。
 私も不思議ですが、こんなにショックを受けるなんて……。なんだか心配になってきましたよ。
「ゼロス? 大丈夫ですか?」とゼロスを宥めようとした、次の瞬間。

「っ、ちちうえ~~~~!!!!」

 ゼロスがカッと目を見開いて、冥王の剣を振り翳してハウストに襲い掛かりました。
 ガキンッ! ハウストは咄嗟に大剣を出現させて受け止めます。

「お、おいっ、やめろ!」
「どうしてっ、どうして、ぼくに、いじわるするの!!」

 ガキン! ガキン! ガキン!
 えいえいっと激しく剣を打ち込んでゼロスがプンプンです。すごくプンプンです。

「俺が悪いのか? 絶対違うだろっ」
「ダメでしょ! ダメでしょ! ぼくにいじわるしちゃ、ダメでしょ! うっ、うわああああん! ちちうえがいじわるした~~! ダメなのに~~っ、うえええええん!!」

 あ、プンプンしながら泣きだしました。
 泣きながら打ち込んでいた剣の力も弱くなって、……ぽろりっ。手から剣が落ちました。
 そして、よろよろとその場に泣き崩れてしまいます。

「うええええんっ、ええええん! うっ、うぅ、けっこん~っ。けっこん、したかったのに~~っ、うえええぇぇぇん!!」

 ……まさかこんなに結婚を切望してくれていたなんて。
 どうしましょう……。
 ハウストをちらりと見ます。目が合うと首を横に振られました。
 お手上げだと言わんばかりの彼に少し恨みがましげな目を向けます。

「……なんでも頼れと言ってくれたのに」
「それは今なのか?」

 ハウストが呆れ半分な顔になりました。
 イスラは泣き崩れて丸くなったゼロスの側にしゃがんで「おい、ゼロス」とツンツン突っつきますが、「あにうえが、ツンツンする~~。うえええんっ」とますます泣き伏してしまいます。……どうやら何をしてもダメなようです。やり返すこともできないほど心が折れてしまっているようで。

「うっ、うっ、ひっく、うぅっ、グスッ」

 大きな声は収まったものの蹲ったまま嗚咽を漏らしています。
 丸めた小さな体がふるふると震えて、泣き伏したまま復活してくれません。

「ゼロス、元気を出してください」
「げんき、でないの。うぅ……」

 さっきまでのゼロスは創世の王の自覚がとても素敵でした。拳をぎゅっと握ってやる気満々でしたね。

「素敵な冥王様になってくださいね。頑張れますか?」
「がんばれないの……。うっ、うっ」
「そろそろ立ちませんか?」
「もういいの、このままごろんってしてるの。うっ、うぅっ、もういいの……」

 …………完全にやる気を失っていますね。
 ゼロスの震える背中をなでなでしてあげます。

「では、抱っこしますか?」
「…………。だっこして。うっ、うっ」

 良かった、抱っこは必要なようです。
 ゼロスはよろよろと起き上がりました。
 私にぎゅっと抱き着いてきて、いい子いい子と頭を撫でてあげます。
 ゼロスは私の首元に顔を埋めてスンスン泣いてしまいました。

「よいしょっと。重くなりましたね」

 ゼロスを抱っこして立ち上がりました。以前よりズシリッと重たくなっているのは、きっと気のせいではありませんね。

「ブレイラ……」
「どうしました?」

 ゼロスがおずおずと顔を上げてきて、私も覗き込んで笑いかけます。
 大きな瞳が涙で真っ赤になってしまいましたね。

「ブレイラはぼくがだいすきだから、ぼくとけっこんしたいんだって、おもってた。ぼくはかっこいいし、ステキなめいおうさまだから。ブレイラだって、ぼくとけっこん、うれしいでしょ?」
「……なるほど、そういう解釈ですか」

 ゼロスらしいといえばゼロスらしいですね。
 聞いていたハウストとイスラも複雑な顔をしています。

「その自信はどこから湧いてくるんだ」とハウスト。
「飛躍し過ぎだろ」とイスラ。

 私は二人をちらりと見て、『シ~ッ、静かに』と目配せを一つ。
 ゼロスが復活するまで静かにしててください。ゼロスに聞こえたらややこしくなるじゃないですか。
 それに今は呆れているイスラもゼロスくらいの頃、ハウストと私が結婚すると知った時に自分も結婚すると思っていたのですよ。可愛らしい勘違いでした。
 私は気を取り直してゼロスを見つめます。

「ゼロス」
「なあに?」
「結婚はともかく、ゼロスのこと大好きですよ?」
「それなら、けっこん?」
「そのお話しですが、どんなに私とゼロスが大好き同士でも結婚はできないのですよ」
「っ、えええっ?! なんでっ、どうして?!」

 ゼロスがとても驚いた顔になりました。
 そんなゼロスにゆっくり言い聞かせます。

「私とゼロスは親子なので結婚できないのです」
「おやこは、けっこん……できない?」
「そう、出来ません。しかし親子はずっと親子なので、私とゼロスがお互いを大切に思う限りずっと一緒なんです。それではいけませんか?」
「うーん、うーん。いっしょ、ずっと、いっしょ……」

 考えてます。すごく考えてます。
 ゼロスはしばらくうんうん悩んでいましたが、おずおずと私を見つめます。

「おやこは、いっしょ?」
「はい、一緒です」
「…………。それじゃあ、……いいよ」
「ゼロス、ありがとうございます! 分かってくれたんですね!」

 良かった、ゼロスが納得してくれました!
 嬉しくてぎゅっと抱きしめると、「もうっ、ブレイラは~」と照れ臭そうにはにかんでくれます。
 分かってくれて嬉しいです。……時折、恨みがましそうにハウストを見ていますが……。この子、赤ちゃんの頃からそういうとこありますよね。ハウストは苦笑しながらも腕を組んで見返して、いつものことな対応です。

「ゼロス、これからもずっと仲良しな親子でいましょうね。父上と、兄上と、新しい弟と。よろしくお願いします」
「うん、なかよし~!」

 ゼロスは明るく笑うとぎゅ~っと私にしがみ付いてきました。可愛いですね、分かってくれて良かったです。
 しかし。

「結婚相手は一人なんだ」とハウスト。
「残念だったな」とイスラ。

 二人にからかわれて、「う、うええぇぇぇん! やっぱり、なかよしできないの~!」とまた泣き崩れてしまいました。
 ああっ、まったくもう、意地悪ですね。せっかく納得してくれたのに!
 私は「こらっ」とハウストとイスラを叱りつつ、またゼロスの説得を頑張ったのでした。






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