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勇者と冥王のママは創世を魔王様と
第三章・砕けた祈り3
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深淵に沈んでいた意識がゆっくり浮上します。
重い瞼を開けると、視界に映ったのは荘厳な石の天井。まるで神殿です。そして高い天井を背にして、あなたの整った顔。
目が覚めたばかりで視界がぼんやりしています。これじゃあ、あなたの顔がよく見えない。あなたを見つめたいのに。
睫毛を震わせた私に彼が気付きました。
「ブレイラ!」
ハウストが私の名を呼んで顔を覗き込みます。
至近距離に彼の顔。目覚めてすぐにあなたを視界に映せるなんて、今日はきっと良い日になりますね。
でも、どうしてですか? 視界に映るあなたは今にも泣きそうな顔をしている。苦しそうな顔で私を見つめている。そんな顔、あなたには似合わないのに。
慰めたくて、眉間の皺を撫でてあげたくて、ゆっくりと手を持ち上げる。
でもなぜかとても手が重くて体は鉛のよう。でも彼に触れたくて、彼の顔に手を伸ばします。
頬に触れると、彼がみるみる破顔しました。
鳶色の瞳に涙を浮かべ、頬に触れている私の手を震える手で握りしめました。
「ブレイラっ……」
私の名を呼ぶ声が震えています。でも安堵に満ちて、とても嬉しそう。
嬉しそうな彼に私も嬉しくなって、笑いかけようとした、その時。
ゆらり。彼の体がゆっくりと傾きました。
「ブレイラ、あいしているぞ……」
私に伸し掛かった彼の体と、耳元に響いた囁き。
鍛えた肉体はずっしり重くて、このままでは押し潰されてしまいます。
触れ合えることは嬉しいけれど手加減してくれなければ困りますよ。
ハウストの背中にゆっくり両手を回して、その体を起こそうとして、――――動かない。
揺らしても、擦っても、ぴくりとも動かない。
「ハウス……ト……?」
待って。
待ってください。
全身から血の気が引いていく。
私に覆い被さる彼の顔に触れて、その顔を恐る恐る見つめて。
「っ、……ハウストっ、ハウスト! しっかりしてください!!」
ハウストを抱きしめて叫びました。
私の意識が一気に覚醒する。
彼は目を閉じて、ぴくりとも動かないのです。
「誰か来てください! ハウストがっ、ハウストが!!」
おかしくなってしまいそうでした。
どれだけ名を呼んでも、どれだけ触れて抱き締めても、彼は目を開けてくれなかったのです。
私が目覚め、その代償にハウストが深い眠りに落ちました。
極限まで力を使い果たした彼は強制的に意識が落ちたのです。それはいつ目覚めるか分からない、深い、深い眠りでした。
「ハウスト……」
ベッドに横たわるハウストの胸に手を当てる。
手の平に感じる微かな鼓動。この鼓動をもっと感じたくて彼の胸板に伏せて耳をあてました。
目が覚めた私が聞かされた内容は衝撃的なことばかりでした。
戴冠の失敗。私の魂が肉体から引き剥がされて仮死状態に陥っていたこと。そしてそんな私をハウストが救ってくれたこと。
「ハウスト、ハウストっ……」
彼が眠りに落ちて半日が経過しました。
眠りに落ちたハウストは寝所に運ばれ、私は枕元でずっと彼の手を、祈り石を嵌めた左手を握っています。この手を離したくありません。
ふと寝所の外が騒がしくなりました。悲鳴のような怒鳴り声とともに大きな足音が近づいてきて、扉が勢いよく開かれる。
「っ、どうしてあなたがお兄様の側にいるのよ!!」
メルディナでした。
メルディナは怒りに歪んだ形相で私を睨みつけ、私がハウストの手を握っているのに気付くとカッと飛び掛かってくる。
「あなたがお兄様に触らないで!」
「っ、メルディナ?!」
突然掴みかかってきたメルディナに驚くも、私の女官や侍女たちが慌てて制止してくれます。
「メルディナ様、おやめください!」
「どうぞお気持ちをお静めください! 相手は王妃様です!」
メルディナは侍女たちに取り押さえられるように私から引き剥がされました。
しかしその眼光は憎悪を宿した鋭いもので、私への怒りを剥き出しにしています。
「あなたの所為よ! あなたがお兄様をっ、あなたが!!」
メルディナが叫ぶように怒鳴りました。
私の所為と繰り返す彼女に唇を噛みしめる。その言葉は紛れもない事実なのです。
今、ハウストが深い眠りに落ちたのは私のせい。そんなの私が一番よく分かっています。
「お兄様から離れなさいよ! 今すぐ離れて!!」
「っ、嫌です! 私はハウストから離れません!!」
私はハウストの手を握りしめたまま声を上げました。
私の返答にメルディナはカッとして掴みかかってこようとするも、侍女たちに抑えられて身じろぐ。
「離して! いますぐあの人間をここから追い出して!!」
「なりませんっ。メルディナ様、どうか落ち着いてください!」
侍女たちが相手は王妃だと必死に説得しますがメルディナは激情のまま怒鳴り続けます。
「私は人間が王妃だなんて認めたことはありませんわ! それに王妃だというなら、どうしてお兄様をこんな目にっ……!」
悲鳴のような怒鳴り声。
凄まじい怒りの激情に飲み込まれそうになる。
でも、飲み込まれる訳にはいきません。私は環の指輪を嵌めた手を強く握りしめました。
「……私のせいだというのは分かっていますっ。分かっていますが、だから私はハウストから離れません!」
「このっ、人間風情がっ!」
「人間です! でもハウストの妃です!」
そう、私はハウストが愛した妃です。
彼は私を愛している。だから力を行使したのです。彼は眠りにつく前に言いました、『愛している』と。ならば私はハウストの側から離れません。
「魔王の寝所でなんの騒ぎだね」
不意にフェリクトールの声が割って入ります。
フェリクトールは私とメルディナを見るとため息をつきました。
「立場を忘れた愚行だ。恥ずかしくないのかね」
呆れた口調のフェリクトールをメルディナが睨みつけます。
「黙りなさい、フェリクトール! あなたこそ宰相でありながら今回の事態を引き起こした一端を担っているのよ!」
「魔王の意思に従ったまでだ」
「っ、そうだとしても、あなたは宰相としてお兄様を止めるべきだったのよ!」
メルディナは声を荒げると侍女たちの手を振り払う。
そして憎々しげに私を睨むと寝所から出て行ったのでした。
私はメルディナが立ち去った扉を見つめていましたが、フェリクトールに向き直ります。
「……イスラとゼロスのことは分かりましたか?」
「残念だが情報が錯綜していて君の望む返答はできない」
「二人がどの世界にいるかも、分かっていないのですね……」
「ああ。死んではいないはずだが」
「イスラ、ゼロスっ……」
唇を噛みしめる。
震える指先を痛いほど握りしめました。
俯きそうになる顔をあげてフェリクトールに礼を言います。
「ありがとうございます。もしかしたら二人は冥界に取り残されたままかもしれません、引き続き捜索をお願いします」
フェリクトールに二人の捜索をお願いしました。
冥王の戴冠が失敗し、その衝撃のなかでイスラとゼロスが行方不明になったのです。
「その件だが、二人の捜索を続けるのは難しくなる」
「えっ、どういう意味ですか?」
「戴冠が失敗して王から拒絶された冥界は混沌に陥った。王妃の命令に尽力するが、今の冥界は魔族や精霊族の兵士ですら上陸が難しいものになっている。それに、冥界の混沌はいずれ他の世界にも大きな影響を及ぼすようになるだろう。この魔界にも」
「そんなっ……」
愕然としました。
イスラとゼロスの居場所が不明なばかりか捜索が難しい状況だというのです。
「二人は勇者と冥王だ。今は信じるしかない」
「ま、待ってくださいっ……。まって」
愕然としたまま首を横に振る。
そんなの認めたくない。
「イ、イスラはまだ子どもで、ゼロスは赤ちゃんなんですっ……。はやく、はやく見つけてあげないとっ……」
そう、二人は子どもです。
勇者と冥王だけれど、まだまだ子どもで守ってあげなければならない。きっと私やハウストと離ればなれになって泣いています。
「フェリクトール様っ、お願いです! 捜索を止めるなんて言わないでください! イスラとゼロスを見つけてください!」
私はフェリクトールに取り縋りました。
そんな私を宥めるようにフェリクトールが肩に手を置きます。
私は期待して彼を見上げましたが。
「バカなことを言うな、君は魔界の兵士たちに死ねというのか。勇者と冥王の為に」
「あっ……」
告げられた言葉に冷水を浴びせられたようでした。
フェリクトールの言葉は魔界の宰相として正しく、現実を突きつけるものだったのです。
「フェリクトール様、あまりに厳しい御言葉かと」
側に控えていたコレットが庇おうとしてくれましたが、……大丈夫、控えるように手で制します。
フェリクトールの言葉は厳しいけれど眼差しには同情の色を宿している。突き放しているわけではありません。彼は魔界の宰相なのです。
「取り乱してごめんなさい。しばらく一人にしてください……」
気丈に言いましたが声が震えてしまう。今はただ、崩れ落ちそうになる体を必死に抑えていました。
重い瞼を開けると、視界に映ったのは荘厳な石の天井。まるで神殿です。そして高い天井を背にして、あなたの整った顔。
目が覚めたばかりで視界がぼんやりしています。これじゃあ、あなたの顔がよく見えない。あなたを見つめたいのに。
睫毛を震わせた私に彼が気付きました。
「ブレイラ!」
ハウストが私の名を呼んで顔を覗き込みます。
至近距離に彼の顔。目覚めてすぐにあなたを視界に映せるなんて、今日はきっと良い日になりますね。
でも、どうしてですか? 視界に映るあなたは今にも泣きそうな顔をしている。苦しそうな顔で私を見つめている。そんな顔、あなたには似合わないのに。
慰めたくて、眉間の皺を撫でてあげたくて、ゆっくりと手を持ち上げる。
でもなぜかとても手が重くて体は鉛のよう。でも彼に触れたくて、彼の顔に手を伸ばします。
頬に触れると、彼がみるみる破顔しました。
鳶色の瞳に涙を浮かべ、頬に触れている私の手を震える手で握りしめました。
「ブレイラっ……」
私の名を呼ぶ声が震えています。でも安堵に満ちて、とても嬉しそう。
嬉しそうな彼に私も嬉しくなって、笑いかけようとした、その時。
ゆらり。彼の体がゆっくりと傾きました。
「ブレイラ、あいしているぞ……」
私に伸し掛かった彼の体と、耳元に響いた囁き。
鍛えた肉体はずっしり重くて、このままでは押し潰されてしまいます。
触れ合えることは嬉しいけれど手加減してくれなければ困りますよ。
ハウストの背中にゆっくり両手を回して、その体を起こそうとして、――――動かない。
揺らしても、擦っても、ぴくりとも動かない。
「ハウス……ト……?」
待って。
待ってください。
全身から血の気が引いていく。
私に覆い被さる彼の顔に触れて、その顔を恐る恐る見つめて。
「っ、……ハウストっ、ハウスト! しっかりしてください!!」
ハウストを抱きしめて叫びました。
私の意識が一気に覚醒する。
彼は目を閉じて、ぴくりとも動かないのです。
「誰か来てください! ハウストがっ、ハウストが!!」
おかしくなってしまいそうでした。
どれだけ名を呼んでも、どれだけ触れて抱き締めても、彼は目を開けてくれなかったのです。
私が目覚め、その代償にハウストが深い眠りに落ちました。
極限まで力を使い果たした彼は強制的に意識が落ちたのです。それはいつ目覚めるか分からない、深い、深い眠りでした。
「ハウスト……」
ベッドに横たわるハウストの胸に手を当てる。
手の平に感じる微かな鼓動。この鼓動をもっと感じたくて彼の胸板に伏せて耳をあてました。
目が覚めた私が聞かされた内容は衝撃的なことばかりでした。
戴冠の失敗。私の魂が肉体から引き剥がされて仮死状態に陥っていたこと。そしてそんな私をハウストが救ってくれたこと。
「ハウスト、ハウストっ……」
彼が眠りに落ちて半日が経過しました。
眠りに落ちたハウストは寝所に運ばれ、私は枕元でずっと彼の手を、祈り石を嵌めた左手を握っています。この手を離したくありません。
ふと寝所の外が騒がしくなりました。悲鳴のような怒鳴り声とともに大きな足音が近づいてきて、扉が勢いよく開かれる。
「っ、どうしてあなたがお兄様の側にいるのよ!!」
メルディナでした。
メルディナは怒りに歪んだ形相で私を睨みつけ、私がハウストの手を握っているのに気付くとカッと飛び掛かってくる。
「あなたがお兄様に触らないで!」
「っ、メルディナ?!」
突然掴みかかってきたメルディナに驚くも、私の女官や侍女たちが慌てて制止してくれます。
「メルディナ様、おやめください!」
「どうぞお気持ちをお静めください! 相手は王妃様です!」
メルディナは侍女たちに取り押さえられるように私から引き剥がされました。
しかしその眼光は憎悪を宿した鋭いもので、私への怒りを剥き出しにしています。
「あなたの所為よ! あなたがお兄様をっ、あなたが!!」
メルディナが叫ぶように怒鳴りました。
私の所為と繰り返す彼女に唇を噛みしめる。その言葉は紛れもない事実なのです。
今、ハウストが深い眠りに落ちたのは私のせい。そんなの私が一番よく分かっています。
「お兄様から離れなさいよ! 今すぐ離れて!!」
「っ、嫌です! 私はハウストから離れません!!」
私はハウストの手を握りしめたまま声を上げました。
私の返答にメルディナはカッとして掴みかかってこようとするも、侍女たちに抑えられて身じろぐ。
「離して! いますぐあの人間をここから追い出して!!」
「なりませんっ。メルディナ様、どうか落ち着いてください!」
侍女たちが相手は王妃だと必死に説得しますがメルディナは激情のまま怒鳴り続けます。
「私は人間が王妃だなんて認めたことはありませんわ! それに王妃だというなら、どうしてお兄様をこんな目にっ……!」
悲鳴のような怒鳴り声。
凄まじい怒りの激情に飲み込まれそうになる。
でも、飲み込まれる訳にはいきません。私は環の指輪を嵌めた手を強く握りしめました。
「……私のせいだというのは分かっていますっ。分かっていますが、だから私はハウストから離れません!」
「このっ、人間風情がっ!」
「人間です! でもハウストの妃です!」
そう、私はハウストが愛した妃です。
彼は私を愛している。だから力を行使したのです。彼は眠りにつく前に言いました、『愛している』と。ならば私はハウストの側から離れません。
「魔王の寝所でなんの騒ぎだね」
不意にフェリクトールの声が割って入ります。
フェリクトールは私とメルディナを見るとため息をつきました。
「立場を忘れた愚行だ。恥ずかしくないのかね」
呆れた口調のフェリクトールをメルディナが睨みつけます。
「黙りなさい、フェリクトール! あなたこそ宰相でありながら今回の事態を引き起こした一端を担っているのよ!」
「魔王の意思に従ったまでだ」
「っ、そうだとしても、あなたは宰相としてお兄様を止めるべきだったのよ!」
メルディナは声を荒げると侍女たちの手を振り払う。
そして憎々しげに私を睨むと寝所から出て行ったのでした。
私はメルディナが立ち去った扉を見つめていましたが、フェリクトールに向き直ります。
「……イスラとゼロスのことは分かりましたか?」
「残念だが情報が錯綜していて君の望む返答はできない」
「二人がどの世界にいるかも、分かっていないのですね……」
「ああ。死んではいないはずだが」
「イスラ、ゼロスっ……」
唇を噛みしめる。
震える指先を痛いほど握りしめました。
俯きそうになる顔をあげてフェリクトールに礼を言います。
「ありがとうございます。もしかしたら二人は冥界に取り残されたままかもしれません、引き続き捜索をお願いします」
フェリクトールに二人の捜索をお願いしました。
冥王の戴冠が失敗し、その衝撃のなかでイスラとゼロスが行方不明になったのです。
「その件だが、二人の捜索を続けるのは難しくなる」
「えっ、どういう意味ですか?」
「戴冠が失敗して王から拒絶された冥界は混沌に陥った。王妃の命令に尽力するが、今の冥界は魔族や精霊族の兵士ですら上陸が難しいものになっている。それに、冥界の混沌はいずれ他の世界にも大きな影響を及ぼすようになるだろう。この魔界にも」
「そんなっ……」
愕然としました。
イスラとゼロスの居場所が不明なばかりか捜索が難しい状況だというのです。
「二人は勇者と冥王だ。今は信じるしかない」
「ま、待ってくださいっ……。まって」
愕然としたまま首を横に振る。
そんなの認めたくない。
「イ、イスラはまだ子どもで、ゼロスは赤ちゃんなんですっ……。はやく、はやく見つけてあげないとっ……」
そう、二人は子どもです。
勇者と冥王だけれど、まだまだ子どもで守ってあげなければならない。きっと私やハウストと離ればなれになって泣いています。
「フェリクトール様っ、お願いです! 捜索を止めるなんて言わないでください! イスラとゼロスを見つけてください!」
私はフェリクトールに取り縋りました。
そんな私を宥めるようにフェリクトールが肩に手を置きます。
私は期待して彼を見上げましたが。
「バカなことを言うな、君は魔界の兵士たちに死ねというのか。勇者と冥王の為に」
「あっ……」
告げられた言葉に冷水を浴びせられたようでした。
フェリクトールの言葉は魔界の宰相として正しく、現実を突きつけるものだったのです。
「フェリクトール様、あまりに厳しい御言葉かと」
側に控えていたコレットが庇おうとしてくれましたが、……大丈夫、控えるように手で制します。
フェリクトールの言葉は厳しいけれど眼差しには同情の色を宿している。突き放しているわけではありません。彼は魔界の宰相なのです。
「取り乱してごめんなさい。しばらく一人にしてください……」
気丈に言いましたが声が震えてしまう。今はただ、崩れ落ちそうになる体を必死に抑えていました。
応援ありがとうございます!
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