勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚礼編≫

十三ノ環・冥王のママは今日も5

「あんまり遠くへ行ってはいけませんよ? 危ないこともしないように、分かってますね?」
「わかってる」
「お利口ですね。ではよろしくお願いします。たくさん摘んできてくださいね」

 そう言うとゼロスは大きく頷いて山の小道を駆け出していきました。
 今日はゼロスと薬草を摘みに山に入っています。
 手を繋いで山の小道を歩き、薬草が群生する日溜まりの場所。ここには多くの種類の薬草が生えているのです。
 一人では大変ですがゼロスが手伝ってくれるので助かります。
 物覚えの早い子なので薬草の種類を教えるとすぐに覚えてくれました。
 ゼロスを見送り、私もさっそく薬草摘みです。たくさん摘んで、たくさん薬を作って売りに行きましょう。薬が売れたお金でお肉を買ってゼロスに食べさせてあげるんです。
 ゼロスの喜ぶ顔を想像すると私も嬉しくなります。
 こうして薬草を摘んでいると、不意に、――――ガサリッ。草木をかき分ける音がしました。

「ゼロス、戻ってき、っ、狼?!」

 振り向いて驚愕しました。
 陰からぬっと出てきたのは二頭の黒い狼。
 しかも見上げるような巨体です。こんな狼は見たことがありません。

「ど、どうしてこんな所に狼がっ」

 腰を抜かしそうになりながらも後ずさる。
 しかし二頭の狼はじりじりと近づいてきて、いつ飛び掛かってくるかも分かりません。

「あ、あっちへ行ってください! こないでください……!」

 大きな口から鋭い牙が見えます。まるで鋭利な刃物。
 ひとたび襲われれば私など瞬く間に食い破られてしまうでしょう。

「ゼロスは?! あなた達、ゼロスに何かしていたら許しません!」

 はっとして狼を睨みつけました。
 この付近にはゼロスもいるのです。もしゼロスが狼に襲われていたらと思うとっ。

「なんとか言いなさい! もしゼロスの身に何かあったら、…………あなた達、も、もしかして具合が悪いのですか?」

 声を荒げましたが、狼たちの様子がおかしいことに気が付きました。
 見ると巨体は今にも崩れ落ちそうにふらついていて、呼吸もゼエゼエとひどく乱れています。
 明らかに正常な状態ではありませんでした。
 とりあえず襲ってくるような雰囲気ではないことに気付いてほっとする。

「……だ、大丈夫ですか? どこか悪いのですか?」

 恐る恐る声を掛けました。
 二頭の狼がゆっくり近づいてくる。
 不思議ですね、一切の殺気を感じません。それどころか、私を見つめる瞳が嬉しそうだと感じてしまうのです。

「……噛みませんか? 噛まないでくださいね?」

 そろそろと狼に手を伸ばす。
 恐ろしくて何度か引っ込めそうになりましたが、私を見つめる狼の瞳に勇気を奮い立たせる。なぜだか、その瞳を信じられると思ったのです。
 ごくりと息を飲み、そっと触れてみました。
 ふわりと柔らかい毛並みの感触。狼は喉を撫でると気持ちよさそうに目を細めました。
 するともう一頭の狼も鼻を寄せてきて、自分も撫でろとばかりに頭を摺り寄せてきます。

「可愛いですね。こんなに懐っこい狼がいたなんて。それに、あなた方は普通の狼ではありませんね」

 見上げるような巨体、刃のような大きな牙、鋭い爪、普通の狼よりも何倍も大きいです。こんな狼、人間界では見たことも聞いたこともありません。

「休める場所に行きましょう。怪我はしていないようですが、とても弱っています」

 せめて水の飲める場所に連れて行きたいです。
 私は二頭を近くの小川へ連れて行く。
 この小川の水は山の湧き水です。清く冷たい水が狼の喉を潤してくれるでしょう。

「どうぞ、少しは楽になるかもしれません」

 そう言って促すと二頭の狼が小川の水を飲みだす。
 辛そうではありますが、その姿に少しだけほっとしました。

「元気になってくださいね。お腹は空いていませんか? 少しですが家にお肉が残っています。食べますか? 持ってきてあげます」

 そう話しかけると甘えるように擦り寄ってきました。
 本当に懐っこいですね。こんな野生の狼は初めてです。いえ、もしかして野生ではないのでしょうか。

「あなた達には主人がいるのですか?」

 頬をぺろりと舐められました。
 どうやら正解のようです。

「こんな大きな狼を飼っているなんて、どんな方なんでしょうね。あなた達を迎えに来てくれると良いのですが」

 よしよしと喉をくすぐるように撫でてあげます。
 やっぱり人懐っこい反応です。きっとこの狼の主人はとても優しい方なのでしょう。
 私は狼たちに笑いかけると、自分も水を飲もうと小川を覗き込みました。

「空が、狭い……?」

 小川の水面に映った青空。
 それは何の変哲もない青空なのに、どうしてでしょうか。狭くなっているような気がしました。
 空を見上げ、首を傾げる。
 なぜ狭いなんて思ってしまったのか。そんな筈はないのに、空はどこまでも続いている筈なのに、おかしいですね。

「ワンワンッ! ウゥ~ッ!」

 ふと側にいた狼が呻りだしました。
 近くの木の根元に向かって吠えています。

「どうしました。何かあるのですか?」

 近づいてみると、木の根元に見たことがない草が生えていました。
 この山には長く住んでいるので山に生えている草花は全て把握しています。でも、そんな私でも見たことがない草です。

「色も形も見たことがない草ですね。こんな草が生えていたなんて……。鳥が遠くから種を運んできたんでしょうか」

 葉の色は黒に近い濃緑色です。形も今まで見たことがないもので、私の薬師としての興味をそそる。
 この草は薬にできるでしょうか。危険な毒草の可能性もありますが、少しだけと好奇心が疼きます。
 そっと手を伸ばし、慎重に草に触れた刹那。

「っ!」

 パッと手を放しました。
 草に触れた指を握りしめ、それを凝視する。

「な、なんですか、さっきのはっ……」

 触れた瞬間、見たこともない景色が頭の中に流れ込んできたのです。
 気のせいだと思いたいのに、たしかに景色が映像のように流れ込んできた。
 ごくりっ、息を飲む。
 もう一度見てみましょうか。気の所為かもしれません。でもそうではないかもしれません。
 恐る恐る手を伸ばしました。

「――――ブレイラー! どこー?」

 触れようとした寸前、遠くからゼロスの声が聞こえてきました。
 私を探しています。薬草の群生地から離れてしまったので心配で探してくれているのですね。

「ゼロスですね、心配をかけてしまったようです」

 私は触れようとした手を降ろし、ゼロスの声がしている方を振り返ります。
 早く戻らなければ不安がってしまうでしょう。

「あなた達も一緒に、えっ、どうしたんですか?」
「ウゥゥゥ……!」
「ガウゥゥゥゥ!」

 二頭の狼が今度はゼロスがいる方向に向かって呻りだしました。
 そしてゼロスが草木の向こうから姿を現わす。

「ガウガウガウガウ!!」
「ガアアアアッ!!」

 猛烈な勢いで二頭が吠えました。
 今にも牙を剥いてゼロスに飛び掛かりそうで、私は慌てて制止します。
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