二の舞なんてごめんですわ!

一色ほのか

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第1章 幼少期(7歳)

19 書店の老紳士

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「おや、いらっしゃい。小さなお客様方」

 書店に入って、出迎えてくれたのは顔に深い皺の刻まれた老紳士だった。
 既にかなりの御年のよう。失礼だけれど10年先、生きているかどうか。

「こんにちは。少し見て回ってもいいかな?」
「もちろんですとも」

 穏やかに老紳士がレイオス殿下に笑いかける。
 レイオス殿下はそれに頷いて返し、私の手を引いた。

 それほど広くない店内を歩き回る。

 本は綺麗に棚に収められ、床も綺麗に掃除されている。灯りは魔石を使った魔道具で、火を使わないようにしているようね。

 本は貴重品だ。魔道具での複製がまだ不可能なこの頃は全てが手製で、量産ができないから。
 技術が確定されたのは確か……7年は先のはず。
 だから、そうね。
 この店が放火されたのはここが焼け落ちてしまえばマーサ先生が残したものごとなくなると分かっていたからではないかしら。
 燃えてしまえばそれで終わり。きっと何も残らない。
 証拠を消すために火をつける、それはとても理に適っていると言えるでしょう。
 私としては許せないけれど。
 マーサ先生の残した何かのこともそうだけど、本という物自体が好きなのよ。いつでも私の欲しいものを与えてくれるから。

 本と言えば、前に集めた本、全てなかったことになってしまったのよね。勿体ない。
 まあ、欲しい物はまた集めればいいわ。もしかしたら前には手に入らなかった本が今は手に入るかもしれない。嫌がらせや妬みで横取りされた物とか。
 マーサ先生が見つけてくださった本は、出来れば全て手に入れたい。有用な物が多かったもの。
 あと、そうだわ。マーサ先生が手に入れたかったという本を探してみよう。私に必要なさそうだったらマーサ先生の墓前に供えてもいい。

 ……私ったら、現金なものね。親しかったわけでもないのに。
 味方だったかもしれず、もう敵にはならないからって。
 苦いものがこみ上げてくる感覚がある。けど、今は飲み込んで。
 
 ええと、なんのことを考えていたんだったかしら。
 本、そう……、ああ、マーサ先生が欲しかった本だ。
 確か建国王様の伝記だったはず。1~2巻は運良く手に入ったけれど、3巻はどうしても手に入らなかったと、言って、いた。

 ……もしかして、これなの?


「あの、すみません。探している本があるのですが」
「おや、どんな本をお探しで?」
「建国王様の伝記の、3巻です」

 言った瞬間。
 老紳士の、雰囲気が変わった。
 すとんと感情が抜け落ちてしまったかのような目で、私を見下ろしている。
 どうやら、当たりだったみたい。

 しばらくそのまま見つめ合う状態でいたけれど、ふいと目を逸らされる。
 次に目が合った時、老紳士の目には深い悲しみの色があった。

「どうぞこちらへ……お連れ様方も」

 そう、私たちを店の奥へと促した。



 ――――沢山の古い紙と、インクの匂い。革や糸、鋏といった道具類。

 どうやらここは本を修繕するための部屋らしい。

 
「作業をするため防音の造りとなっております。狭い部屋ですがその方が良いでしょう?」
「はい。貴方の安全のためにも」
「そうですか……。ではやはり、あの子は口を封じられたのですね」

 レイオス殿下の言葉に、老紳士は手で顔を覆い、言った。
 この方は既にマーサ先生の死を知っている。
 知ることができる間柄なんだわ。
 そして……やはり、というあたり、マーサ先生について何かを知っている。

「貴方と彼女は一体どんな関係で?」
「伯父と姪です。幼い頃に何度か……あの子が学園生になってからは店主と客として。同じ本という趣味を持つ同士、たまに店で話す程度でしたが」

 老紳士は語る。自らの身の上と、マーサ先生との関係を。
 軍部を司る火属性の大貴族、イグニアス家の分家の長子として産まれたこと。身体が弱く武に向かなかったため本にのめり込んだこと。年の離れた妹がいたこと。その妹がシュベーフェル家の分家に嫁いだこと。姪、つまりマーサ先生が産まれたこと。

「妹が嫁いだ家は分家ですが驕慢で、イグニアス家でおちこぼれとも言える私は妹と姪には滅多に会えませんでした。あの子が……マーサが学園生になり偶然店にやってくるまで、存在すら忘れられるほどに」
「ああ、確かにシュベーフェル家の分家はそういう傾向にあるね。末端の分家でも他家を見下しているようなところがある」
「ええ。マーサも最初の頃はそうでした。ですが時が経つにつれ、その態度は軟化していきました。現実を知った、と。何があったかは話してはくれませんでしたが」

 懐かしむように話す老紳士。
 現実を知った――か。先生が在学中に何かあったのは確実として、何に関わるのかが問題よね。
 お婆様と何かあった、なら分かりやすいのだけれど、在学期間は被っていたのかしら?マーサ先生の方がお若いけれど。

「マーサが学園を卒業し、その賢さから他家の家庭教師を打診されることは多くありました。しばらくして婚姻し、子を産み、家庭教師はもうしないと。しかし2年ほど前、シュベーフェル家の令嬢の家庭教師を引き受けることになったと言うのです。本家の令嬢に教えることは光栄なことだと……喜んでいました。私にはそう見えたのです。ここに来る時はいつも嬉しそうで。あの方は優秀だ、きっと良い当主になってくれる。そのための助力は惜しまないと」

 知らなかった、マーサ先生の話。
 私はマーサ先生がシュベーフェル家の分家の出身だということすら知らなかった。
 それなのに……マーサ先生はずっと、私に期待してくれていたというの?

「しかしあの日、マーサは沈んだ顔で私の前に現れました」

 老紳士は顔を伏せ、ただじっと床を見つめて。
 その日を思い出しているのだろう、手はきつく握り締められている。

「あの日、とは」
「シュベーフェル家当主夫人が亡くなられた日です。あの日は、酷い雨でした。マーサはずぶ濡れで、少しこの部屋を貸してくれと言ってきました。自分がここに来たことは内密にしてくれとも。なので私はいつも通り店番を。あの子がここで何をしていたかは分かりません」
「ここで何かを、していたんですね?」
「ええ……。酷い、顔でした。しかし、何か覚悟を決めたような顔でした。私は漠然とした不安に駆られ、一体何があったのかと尋ねたのです。マーサは、こう言いました。『罪はいずれ自らに返ってくる』と。そしてマーサは死んでしまった。……どうか、どうか教えてください。マーサが一体何をしたのですか。何故、あの子は殺されなければならなかったのですかッ!」

 老紳士は大粒の涙を流しながら、目の前のレイオス殿下に縋りつこうとした。
 けれど従者に止められて、そのままその場に崩れ落ちる。

 この人は本心から、マーサ先生の死を嘆いている。
 私は……どうだったかしら。
 誰か一人でも、嘆いてくれたのかしら?
 そう考えると、とても不謹慎だけれどマーサ先生が少しだけ羨ましい。

「マーサ夫人は、罪と言ったんだね?」
「……はい」
「彼女は自らの屋敷には何も残さず、唯一この店を指すヒントを残していた。貴方の今の話から、ここに何かを残している可能性が高い。ここを調べさせてほしい」
「…………つまり、あの子の言う罪の証拠は見つかっていないのですか」
「ああ。だが、」
「ではお断りします」
「は?」

 え、ちょっと。
 お断りしますって、この人は一体何を言っているの?

 恐らく気付いていないのでしょうけれど目の前の人はこの国の第一王子なのよ!?
 
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