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第九章:離宮で過ごす王女と皇太子
48:白馬に乗った王子様
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(完璧な白馬の王子様だわ!)
スーは叔父のリンには感謝してもしきれないと、心の中で手をあわせる。
いま目の前には、スーが夢にまで見た美しい白馬の王子様がいるのだ。
馬装の完了したピテルの白い馬体も最高に美しいが、騎乗したルカが神々しすぎて、スーはあまりの輝きに正視できない。
(ま、まぶしい! 素晴らしすぎて目が潰れそう! すごい威力! 素敵! 無敵!)
はじめはピテルの具合をたしかめるように辺りを歩かせていたが、ルカはすぐに調子を感じとったのか、勢いをつけて草原を駆けはじめた。
それほど遠くへ行くことはなく、近くを一回り駆けると、颯爽とスーの元へ戻ってくる。
騎乗した高い位置から、ルカがスーに微笑む。今まで見たことがないほど、彼は嬉しそうだった。美しい顔に少年のような溌溂さが浮かんでいる。
(ルカ様の新しい一面も見られて最高! ピテルも最高!)
スーがうっとりとルカを仰いでいると、馬上からルカが手を伸ばす。
「スー、おいで」
「え?」
差し伸べられた手を前に戸惑っていると、隣でスーと一緒に様子を見ていた厩務員の男が笑いながら説明をしてくれる。
「ピテルならお二人で騎乗しても大丈夫です。スー様は小柄なので、殿下の前にどうぞ」
「でも、わたしは馬に乗ったことがなくて」
「スー様は何も考えず、殿下とピテルに身をあずけてください。そのために馬装させたのですから。その鐙に足をかけて、殿下の手を握ってください。あとは殿下が何とかして下さいます」
「大丈夫です、スー。私に任せて、ほら」
「は、はい!」
(すごいわ! 憧れの白馬の王子様と一緒に乗馬体験!)
最高にときめく展開だった。スーは差し出されたルカの手を握って、鐙に足をかけた。そのタイミングでルカが馬上からスーの体を引き上げてくれる。強い力に身を任せているだけで、何の問題もなくピテルの背中に跨ることができた。乗ってみると、とても高さがある。地面が遠い。
「スー、怖いですか?」
「いいえ。感動しています!」
体勢が安定してほっとすると、まるで背中から自分を抱くように腕を回して、ルカが手綱を持っていることに気づいた。状況を察した途端、スーは背中に触れるルカの体温を意識する。
(――後ろから抱きしめられているみたい)
全身の血が沸騰するように、体温があがるのがわかる。スーは恥じらいのあまり、ピテルの美しい鬣をむしりそうになって、いけないと我にかえる。気持ちをきりかえようと姿勢を正すが、顔が火照るのはどうにもならない。
「このまま、少し辺りを散策しましょう」
ルカが手綱を操ると、ピテルがくるりと馬体の向きを変えた。油断していたスーは振り落とされると思って、小さく声をあげてしまったが、ルカは手綱をもったまま、腕で抱え込むようにしっかりとスーの上体を抱きとめてくれている。
ますますルカと身体が密着してしまい、手綱をさばく彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。
(す、すごく嬉しいけれど、この距離感はとても緊張する)
スーが心の中でじたばたと悶えていると、感じたこともない近さでルカの声が響く。
「スー、不安なら私の腕を掴んでくれても大丈夫ですよ」
「はい!」
思わずびくりと身体ごと反応して、力強く返事をしてしまう。
(ルカ様の声が近いわ! 頭がおかしくなりそう!)
触れ合う体をとおして、直接響いてくるような声。
体温を感じるほど身を寄せ合って、もし耳元で囁かれでもしたら、スーはそのまま気絶してしまうかもしれない。
ピテルの歩調に合わせて、ゆるく体が上下する。乗馬には詳しくないが、ルカが馬の扱いに慣れていることはわかった。
後ろから抱きしめられているような錯覚に動揺しまくっているが、スーは安堵感に満たされていた。
草原は緑の絨毯を敷いたように青々としており、ところどころで花が群れを成すように咲き誇っている。白い群れ、青い群れ。黄色の一群、連綿と続く緑に、道を描くような薄紫の一筋。
ピテルの馬蹄の音は豊かな地面に吸い込まれて、草むらをかき分けるざわつきだけを感じた。草原を進むと、遠目にはわからなかった可憐な花が、零れるようにたくさん花開いている。
遠くの街並みが白くけぶるように、かすれた影だけを浮かび上がらせていた。
帝都の都会的な喧噪はどこにもない。
晴れた空は、どこまでも気持ちを開放してくれる。
(ーー綺麗、夢みたい)
スーはとても幸せだった。
「ルカ様、ありがとうございます。わたしの夢が一つ叶いました」
「……それは、白馬の王子様ですか?」
「ーーはい」
間違えてはいないが、改めて言われれると、とても幼稚な夢である。スーはかぁっと顔が火照る。彼の前に座っているので、背後のルカに表情を見られることがないのが幸いだった。
「では、私で良かったらキスしましょうか?」
「え!?」
スーは飛び上がりそうな勢いで、びくりと体が上下する。
(え? 今キスって? 幻聴? 聞き間違い?)
聞き返すべきかどうかとあたふたしていると、背後でふふっと笑い声がする。
「スー、そんなに動揺しなくても」
「あ! ルカ様はまた私をからかっておいでですね!」
スーが身をよじって振り返ると、ルカは笑っている。目が合うとスーの鼓動がさらにとくりと高く弾んだ。
身動きを忘れて、息をのみこんでしまう。
ルカの微笑み。よく見る社交的な笑い方とは違っていた。とても優しい眼差しで自分を見てくれている。
「別にからかっているわけではありませんが……」
「え!?」
スーは叔父のリンには感謝してもしきれないと、心の中で手をあわせる。
いま目の前には、スーが夢にまで見た美しい白馬の王子様がいるのだ。
馬装の完了したピテルの白い馬体も最高に美しいが、騎乗したルカが神々しすぎて、スーはあまりの輝きに正視できない。
(ま、まぶしい! 素晴らしすぎて目が潰れそう! すごい威力! 素敵! 無敵!)
はじめはピテルの具合をたしかめるように辺りを歩かせていたが、ルカはすぐに調子を感じとったのか、勢いをつけて草原を駆けはじめた。
それほど遠くへ行くことはなく、近くを一回り駆けると、颯爽とスーの元へ戻ってくる。
騎乗した高い位置から、ルカがスーに微笑む。今まで見たことがないほど、彼は嬉しそうだった。美しい顔に少年のような溌溂さが浮かんでいる。
(ルカ様の新しい一面も見られて最高! ピテルも最高!)
スーがうっとりとルカを仰いでいると、馬上からルカが手を伸ばす。
「スー、おいで」
「え?」
差し伸べられた手を前に戸惑っていると、隣でスーと一緒に様子を見ていた厩務員の男が笑いながら説明をしてくれる。
「ピテルならお二人で騎乗しても大丈夫です。スー様は小柄なので、殿下の前にどうぞ」
「でも、わたしは馬に乗ったことがなくて」
「スー様は何も考えず、殿下とピテルに身をあずけてください。そのために馬装させたのですから。その鐙に足をかけて、殿下の手を握ってください。あとは殿下が何とかして下さいます」
「大丈夫です、スー。私に任せて、ほら」
「は、はい!」
(すごいわ! 憧れの白馬の王子様と一緒に乗馬体験!)
最高にときめく展開だった。スーは差し出されたルカの手を握って、鐙に足をかけた。そのタイミングでルカが馬上からスーの体を引き上げてくれる。強い力に身を任せているだけで、何の問題もなくピテルの背中に跨ることができた。乗ってみると、とても高さがある。地面が遠い。
「スー、怖いですか?」
「いいえ。感動しています!」
体勢が安定してほっとすると、まるで背中から自分を抱くように腕を回して、ルカが手綱を持っていることに気づいた。状況を察した途端、スーは背中に触れるルカの体温を意識する。
(――後ろから抱きしめられているみたい)
全身の血が沸騰するように、体温があがるのがわかる。スーは恥じらいのあまり、ピテルの美しい鬣をむしりそうになって、いけないと我にかえる。気持ちをきりかえようと姿勢を正すが、顔が火照るのはどうにもならない。
「このまま、少し辺りを散策しましょう」
ルカが手綱を操ると、ピテルがくるりと馬体の向きを変えた。油断していたスーは振り落とされると思って、小さく声をあげてしまったが、ルカは手綱をもったまま、腕で抱え込むようにしっかりとスーの上体を抱きとめてくれている。
ますますルカと身体が密着してしまい、手綱をさばく彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。
(す、すごく嬉しいけれど、この距離感はとても緊張する)
スーが心の中でじたばたと悶えていると、感じたこともない近さでルカの声が響く。
「スー、不安なら私の腕を掴んでくれても大丈夫ですよ」
「はい!」
思わずびくりと身体ごと反応して、力強く返事をしてしまう。
(ルカ様の声が近いわ! 頭がおかしくなりそう!)
触れ合う体をとおして、直接響いてくるような声。
体温を感じるほど身を寄せ合って、もし耳元で囁かれでもしたら、スーはそのまま気絶してしまうかもしれない。
ピテルの歩調に合わせて、ゆるく体が上下する。乗馬には詳しくないが、ルカが馬の扱いに慣れていることはわかった。
後ろから抱きしめられているような錯覚に動揺しまくっているが、スーは安堵感に満たされていた。
草原は緑の絨毯を敷いたように青々としており、ところどころで花が群れを成すように咲き誇っている。白い群れ、青い群れ。黄色の一群、連綿と続く緑に、道を描くような薄紫の一筋。
ピテルの馬蹄の音は豊かな地面に吸い込まれて、草むらをかき分けるざわつきだけを感じた。草原を進むと、遠目にはわからなかった可憐な花が、零れるようにたくさん花開いている。
遠くの街並みが白くけぶるように、かすれた影だけを浮かび上がらせていた。
帝都の都会的な喧噪はどこにもない。
晴れた空は、どこまでも気持ちを開放してくれる。
(ーー綺麗、夢みたい)
スーはとても幸せだった。
「ルカ様、ありがとうございます。わたしの夢が一つ叶いました」
「……それは、白馬の王子様ですか?」
「ーーはい」
間違えてはいないが、改めて言われれると、とても幼稚な夢である。スーはかぁっと顔が火照る。彼の前に座っているので、背後のルカに表情を見られることがないのが幸いだった。
「では、私で良かったらキスしましょうか?」
「え!?」
スーは飛び上がりそうな勢いで、びくりと体が上下する。
(え? 今キスって? 幻聴? 聞き間違い?)
聞き返すべきかどうかとあたふたしていると、背後でふふっと笑い声がする。
「スー、そんなに動揺しなくても」
「あ! ルカ様はまた私をからかっておいでですね!」
スーが身をよじって振り返ると、ルカは笑っている。目が合うとスーの鼓動がさらにとくりと高く弾んだ。
身動きを忘れて、息をのみこんでしまう。
ルカの微笑み。よく見る社交的な笑い方とは違っていた。とても優しい眼差しで自分を見てくれている。
「別にからかっているわけではありませんが……」
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