羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

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第十四章:可畏(かい)の使命

70:依代の小芥子(こけし)

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 葛葉くずはが客間へ戻ると、玉藻たまもが鎮座していた。十二単のような衣装が辺りを覆い尽くす勢いで広がっている。重なり合う着物の色目が美しい。

玉藻たまも様、改めておはようございます」

 頭を下げてから、葛葉くずはは長方形の卓を挟むようにして玉藻たまもの向かいに座った。彼女は卓に頬杖をついたまま、にやりと妖艶に笑う。

「そなたは律儀なおなごじゃな」

 玉藻たまもは頬杖から顔を起こし居住まいを正した。物々しい衣装も彼女が纏っていると、浴衣のように軽やかだった。風もないのに玉藻たまもの所作にあわせて袖や着物の裾がひらひらと翻る。
 妖の不可思議さは衣装にまで通じているのだろうか。まるで重さを感じさせない。

「わたしにお話があるとのことでしたが」

「そうじゃ。この件でな」

 玉藻たまもが厚く着重ねている着物をまさぐるようにして、懐からぬっと小芥子こけしを取り出した。見覚えのある小芥子こけしの登場に、葛葉くずははびくっと上体を揺らす。思わず小さく声を漏らしそうだったが、悲鳴はなんとか飲み込んだ。

「何をそんなに驚いておるのじゃ」

「あ、いえ、あの」

 驚きと動揺を隠したつもりだったが、玉藻たまもには見抜かれてしまう。葛葉くずはの顔にかっと熱が集まった。

「実はその小芥子こけしとは、昨日から色々とありまして……」

 もごもごと葛葉くずはが歯切れの悪い答えを返すと、玉藻たまもはそれだけで察したらしい。コトリと音をたてながら卓上に小芥子こけしを置いた。

「そうであったか。おそらく綾子あやこも必死なのであろうな」

綾子あやこ?」

 聞きなれない名に反応すると、玉藻たまもがうなずく。

「この小芥子こけしの持ち主じゃ」

 葛葉くずははすぐに昨夜の和歌わかの言葉を思い出した。小芥子こけしの持ち主は可畏かいの母親のはずである。

御門みかど様のお母様は綾子あやこ様とおっしゃるのですか?」

「もう知っておったのか? では、話が早いな」

「あ、いえ。小芥子こけしの持ち主が御門みかど様のお母様であると聞いただけです。天子様がこちらに届けるようにお命じになったとか」

「そうじゃ、わらわが陛下にそう頼んだ」

玉藻たまも様が?」

「花嫁には可畏かいのことを知っておいてもらわねばならぬ。そのためにそなたの元へ送ったが……」

 玉藻たまもが目をすがめる。葛葉くずはの表情から何かを読み取ったのか、ふっと嘆息した。

「すでに、この小芥子こけしと色々あったと言っていたな」

「はい」

「なにか告げられたのではないか?」

 問いかけだったが、玉藻たまもは帝が使役する大妖たいようであり、千里眼を持っているのだ。昨夜のことも全てがお見通しのような気がした。葛葉くずはは包み隠さず小芥子こけしとの体験を話す。

「なるほどのぅ。綾子あやこがそこまで克明に現れたとは……。わらわも会いたいものじゃ」

 玉藻たまもの声がしみじみと響く。まるで故人を思うような寂しさを感じた。

玉藻たまも様でも、会えないお方なのですか?」

「そうじゃな、しばらく会っておらぬ」

 ふうっと漏らした溜め息が重い。妖である玉藻たまもにも、人の情のような感情があるのだろうか。

 しんみりとした空気の流れを邪魔しそうで、葛葉くずはが問いかけることをためらっていると、パタパタと足音がした。和歌わかが朝食を手に客間へやってくる。

綾子あやこ様の思い出話でもされているのですか?」

 和歌わかの声は朗らかだった。そのまま卓上の小芥子こけしが目についたのか、「ああ」と顔を綻ばせる。

小芥子こけしを床の間から持ち出したのは玉藻たまも様でしたか」

 和歌わかはすぐに成りゆきを理解したようだった。葛葉くずは和歌わかの素性も只者ではないのだろうと、彼女の品のある振る舞いを眺めた。

葛葉くずはさん、朝食をお持ちしました」

 小芥子こけしから視線をうつし、和歌わか葛葉くずはの前に白米を盛った椀と汁物の椀を並べた。味噌の香りが辺りにふわりと広がる。さらに焼き魚の皿が置かれると、香ばしい匂いが漂った。

「どうぞ召し上がってください。あと、良かったらこちらも」

 和歌わかは最後に籠へ盛られたあんぱんを卓へ置いた。

「お好きですよね、あんぱん」

「はい! ありがとうございます」

 今にもお腹が鳴りそうだと思いながら、葛葉くずはは箸を手にとる。和歌わかも傍らに座ると玉藻たまもへ目を向けた。雅な妖は小芥子こけしに手を伸ばして、白い指先でトントンと丸い頭部に触れた。

「どうやら綾子あやこはすでに花嫁に訴えていたようじゃな」

小芥子こけしと女性が枕元に現れたというお話は、私も葛葉くずはさんから伺いましたが」

「この小芥子こけし綾子あやこの依り代じゃ」

「では、昨夜現れた女性は綾子あやこ様なのですか?」

 和歌わかの問いに玉藻たまもが浅く笑った。

綾子あやこには叶えたい願いがあるからのぅ」

 味噌汁をすすってから白米を頬張り、黙って二人の会話を聞いていたが、葛葉くずはには経緯がさっぱりわからない。

「あの、玉藻たまも様はなぜ小芥子こけしをわたしの元へ? 御門みかど様のお母様が現れた理由もご存じのようですが」

「そなたには何から話すべきであろうか?」

 玉藻たまもが迷いをみせると、傍らの和歌わかが助け船を差し出す。

「まずは玉藻たまも様の素性をお話になられてはいかがでしょうか?」

わらわの素性か。――そうじゃな」
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