羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

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第十四章:可畏(かい)の使命

71:異能の真実

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「あの、玉藻たまも様の素性は知っています。天子様が使役されている大妖たいようだと……」

 葛葉くずはが口を挟むと、玉藻たまもは良いきっかけを得たとばかりに前のめりになった。

「それじゃ!」

「え?」

「それは正しいようであって、正しくない」

「違うのですか?」

 帝が嘘をつくとも思えないが、玉藻たまもが素性を偽るような理由もないだろう。何か事情があるのだろうかと、葛葉くずはは改めて不敵に微笑む美しい大妖たいようを見つめた。

わらわの主は陛下ではない。今はこの小芥子こけしということになろうか」

 心なしか小芥子こけしに触れる玉藻たまもの指先が優しい。葛葉くずはは思ったまま口にした。

玉藻たまも様を使役されているのは、本当は御門みかど様のお母様ということでしょうか」

「そうじゃ、わらわの主は綾子あやこじゃ」

 帝の妹であれば、大妖たいようの使役もできるだろう。すめらぎは日本の神話をたどれば神に連なる血筋である。連綿と受け継がれてきた特別な力があるのだ。

綾子あやこすめらぎに生まれた斎王さいおうなのだ」

斎王さいおうと言うと……」

 帝の代わりに神へつかえる者である。

 すめらぎには古くから、ときおり神託を受ける女性が生まれる。そういう者は斎王さいおうと呼ばれ、帝を助ける役につく。

 玉藻たまもはふっと吐息をついて、手元の小芥子こけしを撫でた。

斎王さいおうは特別じゃ。大妖たいようの使役どころの話ではない。神がかりができれば時には帝よりも強大な力を扱う」

 異形いぎょうが世へ現れるようになってから、神霊や妖への人々の関心はだんだんと薄くなった。とくに昨今は急激な異形いぎょうの台頭と、国をあげての異形いぎょう討伐組織の創設などにより、ますます人々の目は異形いぎょうへと向けられている。

 文明開化による風潮も後押しとなって、古来からの神霊や魑魅魍魎ちみもうりょうあやかしの影響は小さく見積もられ、明治のはじめには民間での神霊憑依も禁じられた。

「そもそも羅刹らせつの花嫁とは、綾子あやこの大役だったのじゃ」

御門みかど様のお母様の?」

羅刹らせつの封印は時代を経て幾度も行われてきた。羅刹らせつの花嫁は特別な異能であり、羅刹らせつ封印という大役を担う者もあらわす。鬼神の怒りを鎮め、世の安寧をもたらす者じゃ。本来であれば斎王さいおうでもある綾子あやこが滞りなく果たすはずであったが……」

 葛葉くずは玉藻たまもの手元にある小芥子こけしを見つめた。愛らしい人形が、今は斎王さいおうであった可畏の母親の依代となっている。

 そこから導かれる結末は。

「封印を果たせなかったのですか?」

羅刹らせつの角が奪われておったからのぅ。愚かだとしか言いようがない。鬼神に二度めの許しはないぞ。今度こそ人を見限るであろうな」

 玉藻たまも自身も人の愚かな所業に呆れているのか、何かを嘲笑うような皮肉げな笑みを浮かべている。葛葉くずはには二度めの許しというのが引っかかった。

玉藻たまも様、以前にも羅刹らせつの角について何かあったのでしょうか?」

 雅な容姿をもつ大妖たいようの豊かな黒髪が、こちらを見た仕草に合わせて着物の肩を滑り落ちる。

「そなたにはそこから話しておかねばならんのぅ」

 赤い唇から、ふうっと吐息がもれた。遠くを見るような眼差しのまま玉藻たまもが教えてくれる。

「人がたずさえる異能は紛い物なのじゃ」

 話がそれたように思えたが、葛葉くずははあえて口をはさまずに耳を傾ける。

「そなたには、まず人が異能を手に入れた顛末の話をしてやろう。そこに羅刹らせつが関わっておる。異能も異形いぎょうも、すめらぎの異能や陰陽師の扱う術とは異なるものじゃ。自然に成ったものではない」

「それは、人がつくったものだということでしょうか?」

 異形いぎょうの正体については可畏かいも同じような憶測を抱いていた。けれど、その異形いぎょうを討伐する力にも、人為的な成り行きがあるのだろうか。

 異能は生まれつきの力であると言われている。血筋に宿り受け継がれていくものだと。そんな力が人の手によって作られたのだろうか。葛葉くずはにはまったく見当がつかない。

「話は平安の世まで遡るが、術者は昔からあった。陰陽師のことじゃ。彼らは占筮せんぜいが職務で特別な力があったわけではなかったが、だんだんと貴族に強い影響力をもちはじめた。やがて稀代の能力者と謳われる陰陽師が生まれる。加持祈祷を行い呪術師として名を馳せ、ますます貴族に強い影響を与えた」

 葛葉くずはにもなんとなく当時の風潮は想像がつく。陰陽師が朝廷に対しても力を持ち始めた頃だろう。

「人というのは欲に憑かれるものじゃ。それが妖や鬼を生むことに繋がるが、力を手に入れた者の中にはさらなる力を欲する者が出る。そして道を踏み外す。愚かなことじゃ」

 玉藻たまもがふたたび呆れたように吐息をついた。

「当時、陰陽師の輩出は二つの家からの独占となっていた。安倍と御門みかど。彼らはさらなる力を得ようと画策した」

「もしかして、それが羅刹らせつの?」

「そう。彼らは羅刹らせつから角を奪った」

 予想ができたが、葛葉くずはは思わず口を挟む。

「では羅刹らせつの角が奪われたのは、そんなに昔のお話だったのですか?」

「いまわらわが話しておるのは、一度目の人の愚行じゃ」

 玉藻たまもが含みのある視線を向けてくる。

羅刹らせつは三柱の角を持つ鬼神じゃ。この意味がわかるか?」

「それは、昔と……今。羅刹らせつの角は二度奪われた。そういう意味ですか?」

「そうじゃ。だから二度目の鬼神の許しはないと言ったであろう」

 葛葉くずはは口をつぐんだ。とてつもなく恐ろしい話をされているのだと今さら気づく。深呼吸をして気持ちを落ち着けようと居ずまいを正した。和歌わかの用意してくれた朝食が冷めているが、箸をつける気分でもない。

 和歌わかもそんな葛葉くずはの気持ちを察しているのか、無理に食事を進めてくることはなかった。同じように玉藻たまもの話に聞き入っている。

「全ての元凶は当時の安倍と御門みかどにある。すめらぎの力を利用し斎王さいおうの神がかりによって鬼神を降ろした。そうして羅刹らせつの角を手に入れたのじゃ。だが、それは人の手には余る力じゃ。人の世の理からも外れておる。手を出すべきではない力だったが、当時の安倍は手に入れた。それは異能となって血に宿り、受け継がれるものとなった。その結果が今じゃ」

「では異能は、元は羅刹らせつの力なのですか?」

「そうじゃな。人が無理やり手に入れた力じゃ。すめらぎのもつ異能とも、陰陽師のたずさえる術とも異なる。禍々しく異質なものよ」

 今では異能を持つ家は地位も名誉も持っている。羅刹らせつから奪った力であるとは聞いたことがなかった。特務科で学んでいても全く触れられたことがない。
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