羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

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第十四章:可畏(かい)の使命

72:封印の犠牲

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「異能は尊い力なのだと思っていました」

「間違えてはおらぬ。異能とは、元はすめらぎのもつ力のことであったからな」

「今は違うと……」

異形いぎょうを討伐する力を指すなら、まったく異なるものじゃ」

「そのようなお話は聞いたことがありませんでした」

「つまびらかにすると、都合が悪いからであろうな」

 異能を持つ家の権威を守るためだろうか。葛葉くずはにはよくわからない。

「でも、そんなふうに羅刹らせつから角を奪って、鬼神の怒りには触れなかったのですか?」

「もちろん触れたのぅ」

「え!?」

 まるで人ごとのようにあっさりとした返答である。葛葉くずはが言葉を失っていると、玉藻たまもが笑う。

「霊峰富士。そなたも知っておろう」

「あ、はい」

 富士山を知らない者はいない。葛葉くずはの脳裏にも穏やかで美しい山並みが浮かぶ。

「今も当時のことは語り継がれておるのだろう? 当時の噴火が羅刹らせつの怒りじゃ」

 平安の頃にそのような天災があったことは葛葉くずはも知っていたが、まさか羅刹らせつへ繋がるとは思ってもいなかった。霊峰の噴火ともなれば、甚大な被害をもたらしたはずだ。

「鬼神の怒りを鎮めるために、霊峰富士には強力な結界を施してある。すめらぎに連なる女神を御神体としてまつり、社を建て、富士を拠点にあらゆる地脈を抑えているのじゃ。だが、それでも抑えきれずに噴火するほど羅刹らせつは手強い」

 富士の噴火は繰り返されてきた。江戸の世でも噴火があったと記録されている。
 一柱の角を人に奪われた羅刹らせつの怒りはそれほどに壮絶なのだ。玉藻たまもの言うとおり封印は絶えず行われてきたのだろう。

 葛葉くずはが戦慄していると、何かを思い出しているのか彼女は忌々しげに吐き出す。

「そんな鬼神を相手に、人はまたしても同じ愚行を犯した」

 玉藻たまもの黒い瞳の中心に、あやかしらしい赤い光が見える。声に嫌悪が滲んでいた。

「このままではいずれ羅刹らせつの怒りによって国が沈む。一度ならず二度までも角を奪われた羅刹らせつの怒りが、国を焼き尽くすのじゃ。霊峰の噴火からはじまり、それは地脈を伝って広がる。悪夢のような天災が各地で連鎖する」

 葛葉くずはを見る玉藻たまもの視線が、労わるような光を宿していた。

わらわ綾子あやこが視たのはそういう光景なのじゃ」

 千里眼。葛葉くずはには玉藻たまもの力を疑う理由もない。いきなりつきつけられた未来に、ぎゅっと心臓をつかまれたような息苦しさを感じた。

「だが花嫁よ、案ずるな」

玉藻たまも様……?」

わらわの見たこの未来はくつがえすことができる。そなたが羅刹らせつの封印を叶えるはずじゃ」

「わたしが?」

 羅刹らせつの花嫁という特別な力。

 羅刹らせつ封印のための切り札だと、可畏かいにも言われた。自身の力を実感した今でも、そんな大役がこなせるのだろうかと、不安がせり上がってくる。
 けれど、弱気になる自分を励ますように葛葉くずは可畏かいの言葉を思いだす。

(おまえにならできる)

 鬼火とわらべ唄が行き交う夜道で、可畏かいが背中を押してくれた。
 自分を信じてくれる、力強い言葉。

(――できる)

 葛葉くずはは心の中でそう唱えた。蘇った可畏かいの声に勇気をもらっていると、玉藻たまもの指先がふたたび小芥子こけしに触れた。

「そなたの力は、羅刹らせつから奪って成った忌々しい異能とは違う。陛下や綾子あやこがもつ、すめらぎの力に等しいものじゃ」

「わたしの力が? そんなはずないです」

 恐れ多いと震え上がっていると、玉藻たまもが微笑む。

「信じられずとも、そうなのじゃ」

「何かの間違いなのでは……?」

 玉藻たまもが再び小芥子こけしを撫でる。

「間違いではない。なぁ、そうであろう? 綾子あやこ

 物言わぬ小芥子こけしに語りかけてから、玉藻たまも葛葉くずはを見た。

「だから、綾子あやこはおまえに賭けたのだ」

 話がはじめへ戻る。なぜ可畏かいの母親が葛葉くずはの元へ現れたのか。斎王さいおうとなるほどの力の持ち主であったことはわかったが、まだ葛葉くずはの枕元に現れた真意は読めない。

「どうして御門みかど様のお母様は、わたしの枕元に?」

「それは、このままでは可畏かいを失うからじゃ」

「え?」

 大役を務めてみせると奮い立たせた葛葉くずはの気持ちに、ふっと一筋の影が落ちた。
 目の前に並べられた朝食が色を失ったように感じる。温かくたちのぼっていた湯気が、完全に失われてしまったからだろうか。

 ふたたび玉藻たまもが話しはじめるまで、ひとときの空白が流れた。葛葉くずはは味噌汁の中に箸を差し入れたが、汁をすすることもなく箸を置いた。
 玉藻たまもの声が不安定な沈黙を破る。

羅刹らせつの封印は叶うが……」

 それだけ呟くと、声がふたたび途切れる。葛葉くずはは胸に去来する重苦しさをごまかすように、彼女が言いあぐねていることを問いただした。

「封印に何か問題があるのですか?」

 不安を拭うための問いかけには、さらに不安をあおる言葉が返ってくる。

「封印には犠牲が必要じゃ」

「犠牲?」

 まさかという気持ちを裏付けるように、玉藻たまもがうなずいた。

羅刹らせつの封印とともに可畏かいはこの世から消える」

 追い討ちをかけるように、目の前の美しい大妖たいようが告げた。

「それが奴の使命じゃ」
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