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第十五章:斎王の愛し子
75:死の匂い
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「……はい」
可畏の身の上と、そのために課せられた使命。そして彼の正体を知ることができた。
「花嫁よ。綾子は可畏を救って欲しいのじゃ。そなたにできるのだと信じておる」
「わたしに?」
恐れ多いと畏まる気持ちよりも、希望を感じた胸の高まりがあった。自分に可畏を救う手立てがあるのなら何もためらわない。
「御門様のためにできることがあるのなら嬉しいです!」
意気込んで身を乗り出すと、玉藻がうなずいた。
「綾子も喜んでおるだろう。……ただ、方策があるわけではないのじゃ」
「え?」
「何をすれば可畏を救えるのかは、誰にもわからぬ」
「玉藻様は千里眼をお持ちなのでは? それで――」
「いや、妾にも見えぬ」
「そんな……、でも綾子様は何か理由があって、わたしに託されたのでは?」
「無論じゃ。綾子には何かが視えておったのかもしれぬ。だが、今は……」
玉藻が卓上の小芥子に目を落とした。
「これは道理に背いた結果なのじゃ。綾子にもどうにもできぬ」
「で、でも! 昨夜のように枕元に立っていただければ、何か聞けるかもしれません!」
微動だにしない小芥子へ指先で触れながら、玉藻は憂えた表情を浮かべる。
「――そうじゃな」
言葉とは裏腹に、ふたたび綾子の声を聞くことは見込めない。そんな色がのぞいていた。葛葉は落ち込みそうになる気持ちを蹴散らすようにまくし立てる。
「わたしは諦めません。綾子様の声を聞くことも、御門様を助ける手立てを見つけることも!」
玉藻は鼻息を荒くする葛葉を見て、ふっと笑った。
「頼もしいことじゃ」
手元の小芥子を持ち上げて、葛葉の前へおくと玉藻がつづけた。
「これはそなたが持っておれ」
「はい」
「妾から言えることがあるとすれば……」
打ち明けることに迷いがあるようだったが、玉藻は葛葉へ伝えた。
「可畏からは死の匂いがするのじゃ」
「死の匂い? そう言えば御門様もそのようなことをおっしゃっていたような……」
香水を譲ってもらったときだ。あの時は意味がわからなかったが、彼の生い立ちを知った今なら理解できる。
「それは御門様が本当は亡くなった、綾子様のご子息だからですか?」
「たしかに可畏は死者ではあるが。妾があやつに感じるのは死者の放つ匂いではない」
「では、いったい?」
「生きることを諦めている者の匂いじゃ」
「御門様が?」
意外な気がしたが、彼の使命を考えれば当然の心持ちのようにも思える。
「生への執着は妖でも持ち得る匂いじゃ。だが、やつにはない。代わりに死の匂いがする」
「御門様の抱える使命のせいではないでしょうか」
「そうかもしれぬ」
葛葉には自信に満ちた可畏の印象しか浮かばない。自分は彼のことを何も理解していなかったのだ。やるせない歯がゆさがこみ上げてくる。
「諦めている者に道は開かぬ。生への執着は侮れぬ力をもつ。良くも悪くもな。妾も幾度となく見てきた」
「玉藻様」
「花嫁。妾に言えるのは、それだけじゃ」
葛葉が昨日の玉藻との会話を思い返していると、背後で足音がした。縁側に座ったまま振り返ると、和歌がやってきて「おはようございます」と微笑む。
「おはようございます、和歌さん」
膝の上にあった小芥子を手に握り直して、縁側から立ち上がる。
いつのまにか朝焼けが清々しい空色に移り変わって、縁側にも陽光が当たっていた。
(もうこんなに明るくなっていたんだ)
可畏を救う手立てが分からず沈んでいた気持ちが、日の光を浴びてわずかに持ち直す。葛葉は大きく深呼吸をした。
(絶対に、御門様を助ける方法があるはず!)
小芥子を見つめて諦めないと気合を入れていると、和歌が「朝食にいたしましょう」と葛葉の肩に手を置いた。
「元気が出るように、今朝も餡パンをご用意しました」
和歌は葛葉の不安や戸惑いを察しているようだった。昨日も玉藻の話を聞きながらそばにいてくれた。彼女からの気遣いを感じて、葛葉は笑顔を向ける。
「ありがとうございます!」
すぐに身支度を整えて卓のある客間へ戻った。葛葉は「いただきます!」と元気よく声に出してから、用意されていた餡パンにかぶりつく。
無心で頬張っていると、聞き慣れた声がした。
「朝からよく食うな、おまえは」
低い声とともに、ふわりと心地よい爽やかな香りが鼻に触れる。
「みかっ……」
機敏に反応しようとして思い切りむせてしまう。御門様と言って挨拶をしたかったのに、格好のつかない再会になった。
「大丈夫か?」
現れた可畏が素早く卓上にあった飲み物を葛葉へ差しだした。発作のような咳がおさまると、葛葉は「ありがとうございます」と受け取って、落ち着くために一口含む。
「驚かせて悪かった」
「いえ、わたしが餡パンを頬張ったまま話そうとしたせいです。見苦しくて申し訳ありません」
「謝ることはないが、元気そうだな。ゆっくり休めたか?」
可畏の身の上と、そのために課せられた使命。そして彼の正体を知ることができた。
「花嫁よ。綾子は可畏を救って欲しいのじゃ。そなたにできるのだと信じておる」
「わたしに?」
恐れ多いと畏まる気持ちよりも、希望を感じた胸の高まりがあった。自分に可畏を救う手立てがあるのなら何もためらわない。
「御門様のためにできることがあるのなら嬉しいです!」
意気込んで身を乗り出すと、玉藻がうなずいた。
「綾子も喜んでおるだろう。……ただ、方策があるわけではないのじゃ」
「え?」
「何をすれば可畏を救えるのかは、誰にもわからぬ」
「玉藻様は千里眼をお持ちなのでは? それで――」
「いや、妾にも見えぬ」
「そんな……、でも綾子様は何か理由があって、わたしに託されたのでは?」
「無論じゃ。綾子には何かが視えておったのかもしれぬ。だが、今は……」
玉藻が卓上の小芥子に目を落とした。
「これは道理に背いた結果なのじゃ。綾子にもどうにもできぬ」
「で、でも! 昨夜のように枕元に立っていただければ、何か聞けるかもしれません!」
微動だにしない小芥子へ指先で触れながら、玉藻は憂えた表情を浮かべる。
「――そうじゃな」
言葉とは裏腹に、ふたたび綾子の声を聞くことは見込めない。そんな色がのぞいていた。葛葉は落ち込みそうになる気持ちを蹴散らすようにまくし立てる。
「わたしは諦めません。綾子様の声を聞くことも、御門様を助ける手立てを見つけることも!」
玉藻は鼻息を荒くする葛葉を見て、ふっと笑った。
「頼もしいことじゃ」
手元の小芥子を持ち上げて、葛葉の前へおくと玉藻がつづけた。
「これはそなたが持っておれ」
「はい」
「妾から言えることがあるとすれば……」
打ち明けることに迷いがあるようだったが、玉藻は葛葉へ伝えた。
「可畏からは死の匂いがするのじゃ」
「死の匂い? そう言えば御門様もそのようなことをおっしゃっていたような……」
香水を譲ってもらったときだ。あの時は意味がわからなかったが、彼の生い立ちを知った今なら理解できる。
「それは御門様が本当は亡くなった、綾子様のご子息だからですか?」
「たしかに可畏は死者ではあるが。妾があやつに感じるのは死者の放つ匂いではない」
「では、いったい?」
「生きることを諦めている者の匂いじゃ」
「御門様が?」
意外な気がしたが、彼の使命を考えれば当然の心持ちのようにも思える。
「生への執着は妖でも持ち得る匂いじゃ。だが、やつにはない。代わりに死の匂いがする」
「御門様の抱える使命のせいではないでしょうか」
「そうかもしれぬ」
葛葉には自信に満ちた可畏の印象しか浮かばない。自分は彼のことを何も理解していなかったのだ。やるせない歯がゆさがこみ上げてくる。
「諦めている者に道は開かぬ。生への執着は侮れぬ力をもつ。良くも悪くもな。妾も幾度となく見てきた」
「玉藻様」
「花嫁。妾に言えるのは、それだけじゃ」
葛葉が昨日の玉藻との会話を思い返していると、背後で足音がした。縁側に座ったまま振り返ると、和歌がやってきて「おはようございます」と微笑む。
「おはようございます、和歌さん」
膝の上にあった小芥子を手に握り直して、縁側から立ち上がる。
いつのまにか朝焼けが清々しい空色に移り変わって、縁側にも陽光が当たっていた。
(もうこんなに明るくなっていたんだ)
可畏を救う手立てが分からず沈んでいた気持ちが、日の光を浴びてわずかに持ち直す。葛葉は大きく深呼吸をした。
(絶対に、御門様を助ける方法があるはず!)
小芥子を見つめて諦めないと気合を入れていると、和歌が「朝食にいたしましょう」と葛葉の肩に手を置いた。
「元気が出るように、今朝も餡パンをご用意しました」
和歌は葛葉の不安や戸惑いを察しているようだった。昨日も玉藻の話を聞きながらそばにいてくれた。彼女からの気遣いを感じて、葛葉は笑顔を向ける。
「ありがとうございます!」
すぐに身支度を整えて卓のある客間へ戻った。葛葉は「いただきます!」と元気よく声に出してから、用意されていた餡パンにかぶりつく。
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低い声とともに、ふわりと心地よい爽やかな香りが鼻に触れる。
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機敏に反応しようとして思い切りむせてしまう。御門様と言って挨拶をしたかったのに、格好のつかない再会になった。
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