羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

文字の大きさ
1 / 77
第一章:当主と花嫁の出会い

1:婚約披露の宴

しおりを挟む
(世界がまぶしい)

 視界に飛びこんできたのは、キラキラと輝く華美な多灯式照明シャンデリアだった。

 高い天井に、絨毯の敷き詰められた大広間。西洋風に作られた華族館かぞくかんは、まさに異国の城である。
 洋装に身を包んだ者に溢れ、今にも舞踏会がはじまりそうな、華やかな熱気に満ちている。

(はやく寄宿舎に帰りたい)

 誰もが浮き足立つ空気のなかで、葛葉くずははひとりだけ取り残されたような気持ちを抱えていた。
 不安になったときの習慣をなぞるように、左腕にはめた数珠へ右手を添える。

 祖母がお守りといって譲ってくれた数珠じゅず
 削り出された石は光をすかし、葛葉の左腕でひかえめに輝いている。

 宝石を埋め込んだ装飾品のようにもみえる、珍しい品だった。
 そんな左腕のお守りをなでながら、葛葉は広間の壁際に沿って並べられた料理を眺めた。

(でも、料理はおいしそう)

 特務科にいるかぎり食いはぐれることはないが、華族館で用意された料理はまさにご馳走だった。

 魚料理はもちろん見慣れない肉料理。野菜と果物。そしてお菓子デザート。異国の献立メニューは、盛りつけを鑑賞するだけでも芸術品のようだ。

 テーブルクロスの上には、食欲をかき立てる、ありとあらゆる料理が並んでいる。

「葛葉、みて! あの多灯式照明ジャンデリアのガラス細工! すごく綺麗ね」

 学友が示すとおり、天井を飾る多灯式照明ジャンデリアのガラスが綺麗だった。葛葉が腕にはめている石と似た美しさがある。

「それに、有名人がたくさんいらっしゃるわよ!」

 同じように招待された学友は、好奇心に顔を輝かせていた。

「あそこにいらっしゃるのは内務大臣と海軍の大将ではなくて? 特務華族とくむかぞく筆頭の御門みかど家と倉橋くらはし家の婚約披露は、やっぱり特別ね」

「うん」

 特別だからこそ、特務科に通う自分たちもこの宴に駆りだされているのだ。葛葉は広間の華やかさに気遅れしながら、相槌を打つ。

 開国後、新政府が発足して幾許いくばくかの時がすぎた。閉鎖的だった島国も、文明開化により、西洋をはじめ北洋や南洋の影響をうけて変わり始めている。

 華族館は異国文化の象徴ともいえる建物であり、つねに要人が利用するような場所なのだ。

 葛葉はできるだけ誰とも視線をあわせないように、ひたすら俯く。
 気を抜くと、すぐにため息をつきそうになった。

「でも、本当に素敵。さすが紅葉もみじ様ね。御門家への嫁入りがきまるなんて」

 学友たちがうっとりと語るのは倉橋侯爵の令嬢であり、葛葉と同じ特務科に通う女生徒だった。
 倉橋紅葉は美貌の先輩であり、比類なき異能をもつ。

 女ながらに優れた力をもつ彼女は、特務科の女生徒の憧れの的なのだ。卒業後の活躍をだれも疑っていなかったが、古くから帝に仕える公爵家への嫁入りとなれば、さらに箔がつくだろう。

 しかも相手は御門家の当主であり、稀代の異能者と名高い御門みかど可畏かいである。

 葛葉はちらりと視線だけを広間の向こう側に立つ紅葉に目をむけた。
 特務科の制服で参加している自分たちとはちがい、彼女は和柄の生地で仕立てたドレスを身にまとっていた。

 夜会巻きにまとめられた髪は、リボンと簪で飾られている。
 誰がみても、今日の主役であることがわかる華やかな立ち姿。

(紅葉様は今日もお綺麗だな)

 美しい横顔がすこし緊張しているようにもみえた。
 女生徒の模範ともいえる彼女には、ぜひ幸せになってほしい。葛葉のすなおな気持ちだった。

御門みかど可畏かいって、どんな人なんだろう)

 招待客が集いはじめているが、まだ御門家の当主は到着していないようだ。
 御門みかど可畏かいについては、通りいっぺんの噂話しか頭に入っていない。

 彼が特務科を首席で卒業したのは数年前。葛葉の在籍する女子部が創設されるまえの話だが、その存在は伝説のように語り継がれている。

 他の追随を許さぬ、強力な異能。それは畏怖をもって「羅刹らせつ業火ごうか」と謳われていた。
 まさに稀代の逸材であり、御門家の若き当主。

 稀有な能力の顕現なのか、妖のような赤い瞳をもつという。
 妬みや嫉みから、影では人の子にあらずと、彼を揶揄やゆする者もあるらしい。

 筆頭華族の当主でありながら政府の要職につくことはなく、軍の特務部に身をおいている。
 知っているのは、それくらいだった。

(はやくこの宴を終わらせてくれたら良いのに)

 御門可畏かいが時刻に遅れているわけではないが、主役が登場しなければ何もはじまらない。
 葛葉は視線を感じて、俯きがちになる。

 華やかな大広間では、制服をまとう特務科の女生徒を物珍しげに眺めている者もいる。

(できるだけ、知らない人とは目を合わせないようにしないと)

 葛葉は長めに伸びた前髪を指先でもてあそぶ。いつも周りのものに前髪をあげて綺麗に結えと言われるが、これだけは譲れない。何事もなくこの宴をやりすごすためには、必要なことなのだ。

「いらっしゃったわよ!」

 好奇心満々の女生徒の声とともに、広間がワッとざわめいた。人々の視線がいっせいに洋館の出入り口にそそがれている。

(あれが御門家の当主)

 颯爽と現れた人影に、葛葉の視線もくぎづけになる。

 まるで西洋人のように背が高い。彼のまとう威風堂々とした空気が広がっていく。
 洋装が定着した軍の衣装とは異なる、特殊任務を請け負う特務部の隊服。

 和装と洋装の特徴が入り混じった、特別に考案された軍服だった。いずれ葛葉も袖を通すことになるが、御門可畏かいがまとっているからだろうか。その意匠のもつ凛々しさや端正な美しさが際立つ。

 人々の祝辞をうけながら、可畏かいは洋館に集った者たちへ敬礼をすると、目深にかぶっていた軍帽をぬいだ。
 切長の目はするどく、噂に違わぬ妖のような赤眼である。

 はらりとこぼれ落ちた頭髪をみて、葛葉はさらに目をみはった。

(白髪!?)

 踏み荒らされていない雪原のように白い頭髪。まるでわざと染めたかのようにムラがなく、多灯式照明ジャンデリアの光を反射して艶やかにうつる。

 紅葉に向かって歩く可畏かいの姿から、葛葉は目が離せない。

(綺麗な人だな)

 麗人というのがふさわしい容姿。人間離れした妖しさすら感じる。特務科の生徒たちも、畏怖と羨望をもって彼を眺めていた。

 葛葉は彼を「人の子にあらず」とやっかむ者の気持ちがすこしわかってしまう。

(あの美貌なら、妖だって思われても仕方ないかも……)

 あまりの存在感にそんなことを考えていると、通り過ぎて行こうとしていた可畏かいがふと歩みをとめた。
 何の迷いもなく、こちらに視線を投げる。

 血のような真紅を宿した、印象的な瞳。

(あ、目が……)

 葛葉はすぐにうつむいた。
 他の招待客に阻まれるような立ち位置であるにもかかわらず、彼はまっすぐに葛葉をみたのだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...