羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

文字の大きさ
25 / 77
第五章:旧街道の鬼火

25:弾き語りの女 2

しおりを挟む
 帝都へつづく街道とは反対の、地方へむかう方角から、とぎれとぎれ歌声と三味線の音がきこえてきた。どうやら風向きによって、聞こえたり聞こえなくなったりするようだ。

 聞き逃さないように、葛葉くずはは耳をすました。歌声をたどって道をいくが、思っていたよりも遠いのかもしれない。
 すでに旧街道の賑やかな大通りからは離れている。
 華やかな商家とは異なり、色褪せた長屋が立ちならぶ。

 鉄道馬車の開通によって、旧街道の裏通りからはだんだんと人が離れていた。廃業や移転した店も多い。

 やがて廃屋になった長屋が目立つようになり、視界の向こう側に雑木林が見えた。ところどころにこじんまりとした畑も広がっている。

 人の気配の感じられない軒先をすすむと、三味線にあわせて歌う声に、子どもたちの笑い声がかさなった。無人の長屋の中に、賑やかな場所があった。


 おいでよ おいで 細道を
 おいでよ おいで 井戸ばたに
 つもる話をきかせておくれ


 こどもたちが一緒に歌っている。はじめは長唄かと思っていたが、どうやら葛葉くずはにも聞きなじみがあるわらべうただった。

 三味線が軽快な調子でつまびかれるときは子どもたちが声をそろえ、すこし調子が変わると、一際うつくしい声が、わらべうたを長唄のように歌いあげている。


 おいでよ おいで わたしのもとへ
 おいでよ おいで 熾火しきびのそばへ
 灯りが消えたら さようなら


 軒先に数人のこどもたちが座りこんで、歌声に聞きいっていた。
 こどもたちの前で、女が三味線を奏でている。伸びやかな歌声と三味線の音が止むと、葛葉くずはは称賛をこめて、おもわず手を叩いていた。

「とても素晴らしいです」

 女は弾かれたようにこちらをみる。葛葉くずははあっと我にかえって、特務部の一員として敬礼する。

「とつぜん失礼しました」

「軍人さん?」

 女は葛葉くずは可畏かいを見てすぐに察したようだった。他人がやってくることは稀なのか、驚きを隠せない表情をしている。こどもたちも警戒しているのか、いっせいに女にすがりついていた。

「そういえば、鬼火や異形の噂を聞きつけて、大きなお屋敷に特務隊の方が来ていると……」

 女は長い黒髪をすっきりと後ろに束ねていた。肌が白く、品のあるうりざね顔をしている。地味な着物をまとっていても印象が優しげで、目が吸い寄せられるような美しい女だった。

(とても綺麗な人だな)

 同性なのに、思わず魅入ってしまう。

(でも、こんなところで何をしているんだろう)

 こどもたちが彼女によく懐いているのがわかる。怪しい女には見えないが、こんな人気のない長屋にこどもたちを集めて過ごしていることは不自然だった。

 どう問うべきかと、葛葉くずはが戸惑っていると、可畏かいが一歩前にすすみでた。

「ご存知のとおり、私たちは特務隊の者です。周辺を調査していますが、何か不審なものを見たり感じたりしたことはありませんか?」

「ありません」

 答える女に、すがりついている子どもが「やっぱり怖いものがいるの?」と不安そうにたずねている。女は「大丈夫よ」と子どもたちにほほ笑みかけた。

 黒髪を二つにわけて結った童女が、女の背後に隠れるように、じっとこちらをながめている。身にしみついた習慣で、葛葉くずはは思わず視線をそらしそうになった。

(あっと、いけない)

 顔をそむけそうになるのをぐっとこらえて、にっこりと笑顔をむける。童女は無表情だった。

(こわがらせちゃったかな)

 黒がちの瞳が印象的な子で、なんとか笑ってほしいと思ったが、彼女の表情はゆるまない。

「失礼ですが、あなたはここで何を?」

 可畏かいの問いに、女は「ああ」と自分たちの不自然さに気づいたようだった。

「わたしはここで、子どもたちに読み書きを教えています」

「あなたが?」

「はい。……といっても、わたしにも学があるわけではありませんが。幸い簡単な読み書きなら教えることができるので」

 女はたえと名のった。歳は葛葉くずはとおなじ十八である。

 読み書きは母親から与えられた本で学んだらしい。彼女の母親は旅籠屋で働いていたようで、馴染みの客に学のある者があった。おかげでたえの母は、いくらか教養を得ることができた。

 三味線が達者で声も美しく、弾き語りで近所の者を楽しませるような愛嬌もあったようだ。
 弾き語りの芸をこわれて、帝都の花街に出入りしていたこともあるという。

たえさんのお母様はどちらに?」
 
 葛葉くずはがたずねると、たえは寂しそうに笑った。

「ある冬に、はやり病であっさりと他界しました」

「それからは一人で?」

「はい」

 たえの三味線は母の形見であり、子どもたちに歌を聞かせているのも、そんな母親の影響なのだろう。

 葛葉くずはは自分の境遇と重ねる。祖母と二人で、火災後に孤児になったが、異能のおかげで侯爵家に世話になり学校にも通えた。もし異能をもたなければ、葛葉くずはは身売りをして生きるしかなかっただろう。

 とてつもなく恵まれていたのだと、あらためて実感する。

 さいわいたえは読み書きや計算ができたので、商家に働き口を紹介してくれる者があった。

 町屋で雇われて労働するものには、読み書きができない者も多い。たえはそんな者たちにこわれて、暇があるときは、この空き家で子どもたちに読み書きを教えているようだった。

(同じ歳なのに、なんて立派な人だろう)

 葛葉くずはたちに身の上話をする間にも、彼女は子どもたちから目をはなさない。慈しむように優しく相手をしている。

(わたしも早く一人前になりたい)

 たえを見ながら、葛葉くずははつよくそう思った。己の力で身を立てて生きている彼女を眩しくかんじる。羨ましいと言ってもいい。

 ひとりでメラメラとやる気を高める葛葉くずはのとなりで、可畏かいたえに伝える。

「何か不審なことがあれば、特務隊にお知らせください。この辺りの巡回も強化しますので」

「ありがとうございます」

 会釈するたえに敬礼して、葛葉くずは可畏かいと長屋を後にする。
 賑やかな子どもたちの声が、裏通りをもどる二人の背中を追いかけてきた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...