羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

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第八章:怪異のもたらす手掛かり

37:一縷の望み

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 幼少期の殺人については保留ということになり、葛葉くずは可畏かいやすむことを命じられた。

 朧げな記憶だけでは、真偽をたしかめることもできない。
 当然の判断だった。
 蘇った記憶の衝撃がゆるむと、葛葉くずはは取り乱していた自分が恥ずかしくなる。

(今はまだ、御門みかど様のために働ける)

 夜も更けつつあった。屋敷の中には隊員の気配があるが、日中よりはひっそりとしている。
 寝むために上段の間にもどり、寝床で横になるとふうっとため息がでた。

 目を閉じても、気持ちが冴えて眠れない。
 夜叉やしゃはふたたび封じられたのか、気配を感じなくなっていた。

(わたしが火を放った相手は、人かどうかわからない)

 可畏かいにすべてを打ち明けて、胸の塞がるような絶望からは解放されていた。罪の意識も、夜叉やしゃの話をきいてすこしだけ希薄になった。

 自分の放った火によって、炎に包まれた人影。
 それが人ではないという憶測は、一縷の望みになる。

(本当にそうだったらいいのに)

 思い出すことを忌避していたのに、今は殺人ではない手がかりを求めて記憶をたぐり寄せてしまう。
 赤い炎。悲鳴。あとに残った遺骨。

 ぐるぐると脳裏で追いかけていると、横になっていてもますます意識が冴えてくる。
 葛葉くずははゆっくりと寝返りをうった。

(まだ、特務部の一員でいられる)

 警察に引き渡されるようなこともなく、告白のあとも可畏かい葛葉くずはを信じてくれた。

(明日のために眠らないと……)

 特務隊にいる資格があるのかと反駁する自分を感じながらも、今はできることに尽力するしかないのだ。
 殺人かどうかは、いずれ答えが出るだろう。
 その時までは、精一杯任務を全うするだけである。

(今は御門みかど様のお役に立つことだけを考える!)

 気持ちを切り替えて眠ろうと、葛葉くずははぐいっとかけ布団を頭まで引き上げた。
 けれど、眠ろうと考えるほど目が冴えてくる。
 暗闇の中でも、記憶の赤い炎の影を追いそうになって、ふたたび寝返りを打った。

(……眠れない)

 気を失った時に、仮眠をとっていたことも手伝っているのだろうか。
 夜叉やしゃに話し相手にでもなってもらいたかったが、心の中で呼びかけてみても何も反応がなかった。
 布団の中ではぁっとため息がもれる。

葛葉くずは……」

 ため息を繰り返していると、衝立障子の向こう側から可畏かいの呼びかけがあった。いつから同じ部屋にいたのか、障子に影がうつっている。

 葛葉くずははとっさにがばりと身を起こした。

「はい!」

「眠れないのか」

「あ、はい。申し訳ありません。御門みかど様の眠りを妨げてしまって」

「いや。私はこれから出るが、眠れないのなら同行するか? 気がまぎれるだろう」

 答える前に葛葉くずはは立ち上がっていた。

「はい! ぜひお供させてください!」

 勢いよく返事をすると、小さく笑う可畏かいの声が聞こえた。

「では支度が整ったら出てこい」

 御簾をくぐって、彼は先に上段の間を出ていく。葛葉くずははあたふたと身なりを整えて、後を追うように部屋を飛びだした。

御門みかど様、見回りに出るのですか?」

「まだ何も解決していないからな」

 葛葉くずはが支度を整えて広間へ入ると、可畏かいはすぐに玄関へと向かった。屋敷を出ながら、辺りに放っていた鴉アゲハから報告を集めているようだ。

千代ちよの行方もわからないままだが、今のところ他に異形の気配はないようだ」

 屋敷から通りへでても、日中の活気が嘘のように辺りは静まり返っている。
 夜空には煌々と月が輝いていた。石油ランプに火を入れなくても、背後に薄い影が伸びている。

 二人の足音だけが夜の静寂に痕をのこす。ふたたび鴉アゲハを散開させると、可畏かい葛葉くずはを見返った。

千代ちよを見失ったのは、私の失態だ。彼女はおまえの記憶について何か知っていたかもしれない」

「そんな、御門みかど様の失態なんて……」

「逃げられたのだから、言い訳のしようもない」

「でも、千代ちよちゃんが怪しいなんて、わたしは思ってもみませんでした。御門みかど様は早くから彼女を怪しんで夜叉やしゃを解放しておられて、何も落ち度はないと思います。ただ彼女の逃げ足が早かっただけで」

「たしかに、夜叉やしゃの話から考えても千代ちよは得体が知れない。想像以上にやっかいな相手だろうな」

「はい。そもそも御門みかど様の放つ鴉アゲハの監視をすり抜けるのは、簡単なことではありませんよね?」

「……そうだな」

 可畏かいは思うことがあるのか、暗く澄んだ夜の闇を見つめたままだった。彼の横顔を仰ぎながら、葛葉くずはは小走りになりそうな調子で隣をついていく。

御門みかど様、どちらへ向かっているのですか?」

 見回りというには歩調がはやい。目的のある迷いのなさを感じる。

「鬼火の元凶がいた廃屋だ」

「廃屋って、あの長屋のことですか? 鬼も千代ちよちゃんの仕業ですか?」

「鬼と異形はまったく異なるものだ。千代ちよが異形に関わっているのは間違いないが、鬼火はどうだろうな」

「長屋でたえさんを名乗った鬼を見た時、千代ちよちゃんもいました」

「自身の隠れ蓑に鬼火を利用していた可能性はあるが。……千代ちよが異能者だとしても、誰かに憑いている鬼は使役できない」

「はい。まず調伏が基本だと習いました」

「そうだ。鬼火の元凶は、おそらくたえという女だろう」

「本物のたえさんですか?」
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