59 / 77
第十二章:鬼火の願い
59:安倍家の当主
しおりを挟む
可畏が葛葉と一緒に屋敷へ戻ると、敷石の庭から式台へ辿りつく前に、慌てた様子で四方が駆けよってきた。
「閣下、客人がお見えです」
「客?」
四方の戸惑った様子から可畏は訪問者の予想がついた。
三河屋の罪を暴くことには反発があるはずだった。ついに来たかと挑発的な感情がわいたが、態度には出さず葛葉に休息を命じて、独りで客人が通された奥の座敷へ向かった。
「御門閣下」
座敷へ入ると、特務部第一隊を率いている安倍中将が襖の前に立っていた。軍人らしい所作を備え、しっかりとした体躯と端正な容姿が人目を惹く。
可畏よりも二つ年上だが年功ではなく能力を重んじ、特務部という特殊な組織をよく理解していた。安倍家という名門の威光を鼻にかけることもなく謙虚な男である。
「お疲れ様です」
彼の敬礼に可畏は答礼だけする。用件を問うのは奥の座卓についている者をみれば愚問だった。
「御門閣下。久しぶりだ」
朗らかな様子で、座卓につく男が可畏を手招きしている。安倍中将の叔父だった。白髪の目立つ頭髪だけを見れば三河屋よりも年嵩を感じさせるが、細身で洋装を纏っているせいか、三十そこそこの印象を受ける。
可畏の知る彼の実年齢よりも、ひどく若く見えた。
「安倍大臣。ご多忙なあなたがどうしてこんな現場へ?」
用件は読めたが、あえて口にしながら可畏は安倍家の当主である男と向き合うように座卓についた。
「近くまで来たから寄っただけだ、と言いたいところだが……」
可畏と目が合うと、彼はにこりと笑う。
「ここは単刀直入に言おう。三河高次の件は私にあずけてほしい。君ならこの意味を理解するだろう」
「もちろんです。予想はしていました」
「三河を敵に回すと、色々と動きにくくなる」
安倍は国の財政をになう省の長をつとめているが、省内の力関係が複雑であろうことは想像に難くない。
不本意だが、特務部を忌憚なく運用するには国の財政が必要だった。政治的な判断については委ねるしかない。可畏の心中を察したのか、安倍が自嘲的に笑う。
「御門閣下。私は彼の罪を不問にするつもりはない。ただ裁きの形を変えさせてもらうだけの話だ。この弱みで絞れるだけ絞ってやる」
安倍が場をやり過ごすために方便をつかっているわけではないのは、これまでの功績を振り返れば明らかである。
「大臣は恐ろしい方だ」
いずれ三河家は法によって裁きを受ける方が良かったと後悔するのかもしれない。
「特務部の権威はこれからも安泰だ」
まるで異能の恩恵に跪けと言いたげに、安倍が笑う。彼自身も稀にみる強力な異能者である。元をたどれば安倍家と御門家はおなじ陰陽道の祖から派生している。
発現した異能という特殊能力。明治の世になってから、安倍は政界から異能者の影響力を強めようと働いているようだった。
異能者にとって安倍家の功績は無視できず、それは可畏にとっても同じなのだ。
けれど、可畏は笑う気にはなれない。異能の発祥にまつわる罪を知りながら呵責を背負わない彼の厚顔無恥さとは、以前から相容れない。
不快を包み隠して、可畏も切り込む覚悟を決める。
「大臣、私にそれを詳らかにするということは、今回の一連の事件についてご自身が関与していたとお認めになるわけですか」
ぴたりと安倍の顔から笑みがひいた。不敵な色が浮かび上がっている。
「君が何を思ったのかは知らないが……、私が羅刹の花嫁は欲しがるのは、そんなに不自然なことかな?」
異能者の地位を盤石にしたいという野望が、安倍にはある。そのために稀有な能力者を欲しがることは、たしかに自然な思惑だった。
「君に蘆屋を差し向けたことは強引だった。それは謝るが……」
安倍は鋭い眼差しを可畏に向ける。
「でも、よく考えてほしい。私には花嫁の所在が隠されていたことの方が不思議だ」
安倍自身、自らの功績については自負している。異能者の頂きにたつ帝が、なぜ道を阻むのかわからないのだ。帝が千里眼で視たことを知らされていないのであれば、そう感じるのも仕方ない。
「私を疑う前に、御門閣下は陛下のことも疑うべきだと思うが?」
ふたたび安倍がにこりと笑う。
「とりあえず、三河屋の件は私があずかる。今日ここに来た用件はそれだけだ。本当は羅刹の花嫁にお目にかかりたかったが、閣下は陛下と結託しているようだからまた日を改めよう。君をこれ以上怒らせたくない」
「それは花嫁を諦めたわけではないということですか?」
即座に指摘すると、安倍は屈託のない様子で笑った。
「閣下。私は異能者の未来のために日々努めているつもりだ。だから、もちろん花嫁の力は欲しい。だが、それは理解してもらえる範疇の思惑だろう。まったく何を疑われているのか」
やれやれといった様子で、安倍を席を立った。
「長居は無用だ。では、これで失礼する」
安倍が中将と共に座敷をあとにした。可畏は独りだけ残って、深く吐息をつく。
(やはり一筋縄ではいかない男だ)
術者である蘆屋との関係はあっさりと認めたが、彼が漏らした情報はそれだけだった。千代の存在や不可解な異形の関わりについては、なんの手がかりも見せない。羅刹の角にたどり着くような綻びは全く得られなかった。
(逆に帝を疑えとは……)
それこそ可笑しな話だと笑い飛ばしたくなるが、帝が曲者であることもまた事実だった。
(陛下は葛葉の力について、すでに知っていたはずだ。だとしたら異形の正体も……)
行方知れずになっている葛葉の祖母は、帝が使役した妖なのだ。玉藻と眷属になる妖狐の尾崎。
自身の妖を幼少の葛葉につけていたのなら、すべて筒抜けだっただろう。
尾崎から得た情報があれば、可畏がようやく気づいた異形の正体にも、帝は容易にだどりついたはずである。
(いったい、陛下は何を考えておられるのか)
疑う気持ちは生まれてこないが、掌の上で踊らされているような居心地の悪さは拭えない。
可畏はもういちど吐息をついてから立ち上がると座敷を出た。
「閣下、客人がお見えです」
「客?」
四方の戸惑った様子から可畏は訪問者の予想がついた。
三河屋の罪を暴くことには反発があるはずだった。ついに来たかと挑発的な感情がわいたが、態度には出さず葛葉に休息を命じて、独りで客人が通された奥の座敷へ向かった。
「御門閣下」
座敷へ入ると、特務部第一隊を率いている安倍中将が襖の前に立っていた。軍人らしい所作を備え、しっかりとした体躯と端正な容姿が人目を惹く。
可畏よりも二つ年上だが年功ではなく能力を重んじ、特務部という特殊な組織をよく理解していた。安倍家という名門の威光を鼻にかけることもなく謙虚な男である。
「お疲れ様です」
彼の敬礼に可畏は答礼だけする。用件を問うのは奥の座卓についている者をみれば愚問だった。
「御門閣下。久しぶりだ」
朗らかな様子で、座卓につく男が可畏を手招きしている。安倍中将の叔父だった。白髪の目立つ頭髪だけを見れば三河屋よりも年嵩を感じさせるが、細身で洋装を纏っているせいか、三十そこそこの印象を受ける。
可畏の知る彼の実年齢よりも、ひどく若く見えた。
「安倍大臣。ご多忙なあなたがどうしてこんな現場へ?」
用件は読めたが、あえて口にしながら可畏は安倍家の当主である男と向き合うように座卓についた。
「近くまで来たから寄っただけだ、と言いたいところだが……」
可畏と目が合うと、彼はにこりと笑う。
「ここは単刀直入に言おう。三河高次の件は私にあずけてほしい。君ならこの意味を理解するだろう」
「もちろんです。予想はしていました」
「三河を敵に回すと、色々と動きにくくなる」
安倍は国の財政をになう省の長をつとめているが、省内の力関係が複雑であろうことは想像に難くない。
不本意だが、特務部を忌憚なく運用するには国の財政が必要だった。政治的な判断については委ねるしかない。可畏の心中を察したのか、安倍が自嘲的に笑う。
「御門閣下。私は彼の罪を不問にするつもりはない。ただ裁きの形を変えさせてもらうだけの話だ。この弱みで絞れるだけ絞ってやる」
安倍が場をやり過ごすために方便をつかっているわけではないのは、これまでの功績を振り返れば明らかである。
「大臣は恐ろしい方だ」
いずれ三河家は法によって裁きを受ける方が良かったと後悔するのかもしれない。
「特務部の権威はこれからも安泰だ」
まるで異能の恩恵に跪けと言いたげに、安倍が笑う。彼自身も稀にみる強力な異能者である。元をたどれば安倍家と御門家はおなじ陰陽道の祖から派生している。
発現した異能という特殊能力。明治の世になってから、安倍は政界から異能者の影響力を強めようと働いているようだった。
異能者にとって安倍家の功績は無視できず、それは可畏にとっても同じなのだ。
けれど、可畏は笑う気にはなれない。異能の発祥にまつわる罪を知りながら呵責を背負わない彼の厚顔無恥さとは、以前から相容れない。
不快を包み隠して、可畏も切り込む覚悟を決める。
「大臣、私にそれを詳らかにするということは、今回の一連の事件についてご自身が関与していたとお認めになるわけですか」
ぴたりと安倍の顔から笑みがひいた。不敵な色が浮かび上がっている。
「君が何を思ったのかは知らないが……、私が羅刹の花嫁は欲しがるのは、そんなに不自然なことかな?」
異能者の地位を盤石にしたいという野望が、安倍にはある。そのために稀有な能力者を欲しがることは、たしかに自然な思惑だった。
「君に蘆屋を差し向けたことは強引だった。それは謝るが……」
安倍は鋭い眼差しを可畏に向ける。
「でも、よく考えてほしい。私には花嫁の所在が隠されていたことの方が不思議だ」
安倍自身、自らの功績については自負している。異能者の頂きにたつ帝が、なぜ道を阻むのかわからないのだ。帝が千里眼で視たことを知らされていないのであれば、そう感じるのも仕方ない。
「私を疑う前に、御門閣下は陛下のことも疑うべきだと思うが?」
ふたたび安倍がにこりと笑う。
「とりあえず、三河屋の件は私があずかる。今日ここに来た用件はそれだけだ。本当は羅刹の花嫁にお目にかかりたかったが、閣下は陛下と結託しているようだからまた日を改めよう。君をこれ以上怒らせたくない」
「それは花嫁を諦めたわけではないということですか?」
即座に指摘すると、安倍は屈託のない様子で笑った。
「閣下。私は異能者の未来のために日々努めているつもりだ。だから、もちろん花嫁の力は欲しい。だが、それは理解してもらえる範疇の思惑だろう。まったく何を疑われているのか」
やれやれといった様子で、安倍を席を立った。
「長居は無用だ。では、これで失礼する」
安倍が中将と共に座敷をあとにした。可畏は独りだけ残って、深く吐息をつく。
(やはり一筋縄ではいかない男だ)
術者である蘆屋との関係はあっさりと認めたが、彼が漏らした情報はそれだけだった。千代の存在や不可解な異形の関わりについては、なんの手がかりも見せない。羅刹の角にたどり着くような綻びは全く得られなかった。
(逆に帝を疑えとは……)
それこそ可笑しな話だと笑い飛ばしたくなるが、帝が曲者であることもまた事実だった。
(陛下は葛葉の力について、すでに知っていたはずだ。だとしたら異形の正体も……)
行方知れずになっている葛葉の祖母は、帝が使役した妖なのだ。玉藻と眷属になる妖狐の尾崎。
自身の妖を幼少の葛葉につけていたのなら、すべて筒抜けだっただろう。
尾崎から得た情報があれば、可畏がようやく気づいた異形の正体にも、帝は容易にだどりついたはずである。
(いったい、陛下は何を考えておられるのか)
疑う気持ちは生まれてこないが、掌の上で踊らされているような居心地の悪さは拭えない。
可畏はもういちど吐息をついてから立ち上がると座敷を出た。
22
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる