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第十二章:鬼火の願い
60:藤模様の鏡箱
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三河屋の身柄が第一隊にあずけられたという話は、葛葉の耳にもすぐに入ってきた。千代の行方は依然としてわからず、夜叉も戻ってこないが、第三隊には事件が収束したという空気が流れている。翌日には隊員が屋敷から引き上げはじめた。
「御門様はまだこちらで千代ちゃんの行方を追うのですか?」
一方で葛葉は翌日の夕刻になってから、屋敷を出て見回りをすると可畏に呼びだされた。これと言ってすることもなく、手持ち無沙汰に感じていた葛葉は嬉々として玄関で待つ可畏の元へ駆けつける。
「彼女を逃してから時間もたっている。もうこの辺りに潜伏していないだろう」
「では、何のために見回りへ出るのですか?」
葛葉にはまだどんな後始末が必要なのか想像がつかない。昨日は休息が命じられ、そのまま一日が休暇となって過ぎた。可畏と四方に勧められて、任務とは関係なく通りにでて暖簾をかかげる店をあちこち見て回った。
「閣下。こちらを」
可畏が葛葉の問いに答える前に、玄関へ四方がやってくる。彼は風呂敷に包まれたものを両手でかかげるように持っていた。重箱のような大きさの四角い荷物だった。
「ありがとう、四方。では、少し出てくる」
「はい、お気をつけて」
「いくぞ、葛葉」
「はい!」
可畏は風呂敷に包まれたものを受け取ると、石油ランプを葛葉に渡す。そのまま玄関を出て庭を進んだ。葛葉はあわてて履き物に足をいれて後を追いかけた。
「どこへ行くのですか? それに、その風呂敷は……」
「昨日からこれが届くのを待っていた」
「何が入っているんですか?」
素直に尋ねると、可畏からは答えではなく確認が入った。
「おまえはちゃんと柄鏡を持ってきたか?」
「はい、もちろんです。御門様にそう命じられたので」
屋敷の門を出て通りへ出ながら、葛葉は懐から小ぶりな柄鏡を取り出して見せた。可畏はうなずくと、風呂敷を持ち上げて示す。
「これはその柄鏡をしまう鏡箱だ」
「あ、この柄鏡のために用意されたのですか?」
「私が用意したわけではない。用意されていた」
葛葉は首をかしげる。
「誰が用意したのですか?」
すぐに答えが返ってこない。可畏が言葉を選んでいるのがわかる。彼が歯切れのわるい話し方になるときは、葛葉への配慮が含まれている時だ。
葛葉は急き立てることをせず、可畏が口を開くのを待った。
屋敷をでた頃、まだ夕焼けの名残があった空はいつのまにか完全に暮れている。足元がおぼつかない暗さになっていることに気づいて、葛葉はそっと石油ランプを灯した。
夕闇の中に橙色の明かりが広がる。葛葉と可畏の影が背後に伸びて、二人のあとをついてくる。
店じまいをした様子の通りを、しばらく無言で歩いた。
葛葉が手元の柄鏡に視線をおとしたとき、はじめて聞いた時と同じようにわらべ唄が聞こえてきた。歌声には美しい三味線の音色が重なっている。
「御門様」
「ああ、聞こえている」
「でも、どうしてですか? まだ何か恨みが残っているのでしょうか?」
「三河屋を恨んでいたのは妙の母親だ。その柄鏡は母親と妙、二人の思いを宿して付喪神となった。母親の恨みはおまえに浄化されたが、妙の未練はまだ残っている」
石油ランプの明かり以外にも、辺りを照らす光があった。葛葉が目を向けると、唄声にあわせて鬼火がくるくると回っている。以前に見た時とは異なり、白い炎だった。
「未練というよりは、心残りなことがあったというべきか」
二人の歩調に合わせて白い火もついてくる。
「だから、まだその鏡に宿った付喪神の願いは完全に叶えられていない」
柄鏡の鏡面がぼんやりと光っている。辺りを飛び交う白い鬼火をうつしているのかと思っていたが、鏡自身が発光していた。
「御門様。あの時のような白い玉が……」
うりざね顔の美しい女性。あれは付喪神が顕現した姿だった。彼女の掌にあったのと同じ、丸く白い光が柄鏡の鏡面から浮かび上がって光っている。
「この光は、妙さんの思いでしょうか?」
「そうかもな」
可畏は惨劇のあった廃屋でも古井戸のあった藪でもなく、通りを帝都の方角へと進んでいる。行き先に何の心当たりも浮かばず、葛葉は可畏の横顔を仰いだ。くるくると回る白い鬼火が追いかけてくる。
「御門様はどちらへ向かっているのですか?」
「あてはない。ただ、できるだけ帝都へ近づくように歩いているだけだ」
「帝都に?」
ますます可畏の意図がわからない。やがて立ち止まると可畏が手元の風呂敷をといて鏡箱を出した。
箱の表面には、柄鏡に記された藤模様とよく似た柄が描かれてる。
「このわらべ唄が何を意味するのかわからなかった。だから、三河屋で働く妙の同僚だった青年に話を聞いてみたんだ」
葛葉はすぐに該当する人物を思い描いた。自分と可畏を妙の住処とされていた長屋まで案内してくれた彼のことだろう。
「何かわかったんですか?」
「御門様はまだこちらで千代ちゃんの行方を追うのですか?」
一方で葛葉は翌日の夕刻になってから、屋敷を出て見回りをすると可畏に呼びだされた。これと言ってすることもなく、手持ち無沙汰に感じていた葛葉は嬉々として玄関で待つ可畏の元へ駆けつける。
「彼女を逃してから時間もたっている。もうこの辺りに潜伏していないだろう」
「では、何のために見回りへ出るのですか?」
葛葉にはまだどんな後始末が必要なのか想像がつかない。昨日は休息が命じられ、そのまま一日が休暇となって過ぎた。可畏と四方に勧められて、任務とは関係なく通りにでて暖簾をかかげる店をあちこち見て回った。
「閣下。こちらを」
可畏が葛葉の問いに答える前に、玄関へ四方がやってくる。彼は風呂敷に包まれたものを両手でかかげるように持っていた。重箱のような大きさの四角い荷物だった。
「ありがとう、四方。では、少し出てくる」
「はい、お気をつけて」
「いくぞ、葛葉」
「はい!」
可畏は風呂敷に包まれたものを受け取ると、石油ランプを葛葉に渡す。そのまま玄関を出て庭を進んだ。葛葉はあわてて履き物に足をいれて後を追いかけた。
「どこへ行くのですか? それに、その風呂敷は……」
「昨日からこれが届くのを待っていた」
「何が入っているんですか?」
素直に尋ねると、可畏からは答えではなく確認が入った。
「おまえはちゃんと柄鏡を持ってきたか?」
「はい、もちろんです。御門様にそう命じられたので」
屋敷の門を出て通りへ出ながら、葛葉は懐から小ぶりな柄鏡を取り出して見せた。可畏はうなずくと、風呂敷を持ち上げて示す。
「これはその柄鏡をしまう鏡箱だ」
「あ、この柄鏡のために用意されたのですか?」
「私が用意したわけではない。用意されていた」
葛葉は首をかしげる。
「誰が用意したのですか?」
すぐに答えが返ってこない。可畏が言葉を選んでいるのがわかる。彼が歯切れのわるい話し方になるときは、葛葉への配慮が含まれている時だ。
葛葉は急き立てることをせず、可畏が口を開くのを待った。
屋敷をでた頃、まだ夕焼けの名残があった空はいつのまにか完全に暮れている。足元がおぼつかない暗さになっていることに気づいて、葛葉はそっと石油ランプを灯した。
夕闇の中に橙色の明かりが広がる。葛葉と可畏の影が背後に伸びて、二人のあとをついてくる。
店じまいをした様子の通りを、しばらく無言で歩いた。
葛葉が手元の柄鏡に視線をおとしたとき、はじめて聞いた時と同じようにわらべ唄が聞こえてきた。歌声には美しい三味線の音色が重なっている。
「御門様」
「ああ、聞こえている」
「でも、どうしてですか? まだ何か恨みが残っているのでしょうか?」
「三河屋を恨んでいたのは妙の母親だ。その柄鏡は母親と妙、二人の思いを宿して付喪神となった。母親の恨みはおまえに浄化されたが、妙の未練はまだ残っている」
石油ランプの明かり以外にも、辺りを照らす光があった。葛葉が目を向けると、唄声にあわせて鬼火がくるくると回っている。以前に見た時とは異なり、白い炎だった。
「未練というよりは、心残りなことがあったというべきか」
二人の歩調に合わせて白い火もついてくる。
「だから、まだその鏡に宿った付喪神の願いは完全に叶えられていない」
柄鏡の鏡面がぼんやりと光っている。辺りを飛び交う白い鬼火をうつしているのかと思っていたが、鏡自身が発光していた。
「御門様。あの時のような白い玉が……」
うりざね顔の美しい女性。あれは付喪神が顕現した姿だった。彼女の掌にあったのと同じ、丸く白い光が柄鏡の鏡面から浮かび上がって光っている。
「この光は、妙さんの思いでしょうか?」
「そうかもな」
可畏は惨劇のあった廃屋でも古井戸のあった藪でもなく、通りを帝都の方角へと進んでいる。行き先に何の心当たりも浮かばず、葛葉は可畏の横顔を仰いだ。くるくると回る白い鬼火が追いかけてくる。
「御門様はどちらへ向かっているのですか?」
「あてはない。ただ、できるだけ帝都へ近づくように歩いているだけだ」
「帝都に?」
ますます可畏の意図がわからない。やがて立ち止まると可畏が手元の風呂敷をといて鏡箱を出した。
箱の表面には、柄鏡に記された藤模様とよく似た柄が描かれてる。
「このわらべ唄が何を意味するのかわからなかった。だから、三河屋で働く妙の同僚だった青年に話を聞いてみたんだ」
葛葉はすぐに該当する人物を思い描いた。自分と可畏を妙の住処とされていた長屋まで案内してくれた彼のことだろう。
「何かわかったんですか?」
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