羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

文字の大きさ
60 / 77
第十二章:鬼火の願い

60:藤模様の鏡箱

しおりを挟む
 三河屋の身柄が第一隊にあずけられたという話は、葛葉くずはの耳にもすぐに入ってきた。千代ちよの行方は依然としてわからず、夜叉も戻ってこないが、第三隊には事件が収束したという空気が流れている。翌日には隊員が屋敷から引き上げはじめた。

御門みかど様はまだこちらで千代ちよちゃんの行方を追うのですか?」

 一方で葛葉くずはは翌日の夕刻になってから、屋敷を出て見回りをすると可畏かいに呼びだされた。これと言ってすることもなく、手持ち無沙汰に感じていた葛葉くずはは嬉々として玄関で待つ可畏かいの元へ駆けつける。

「彼女を逃してから時間もたっている。もうこの辺りに潜伏していないだろう」

「では、何のために見回りへ出るのですか?」

 葛葉くずはにはまだどんな後始末が必要なのか想像がつかない。昨日は休息が命じられ、そのまま一日が休暇となって過ぎた。可畏かい四方しかたに勧められて、任務とは関係なく通りにでて暖簾をかかげる店をあちこち見て回った。

「閣下。こちらを」

 可畏かい葛葉くずはの問いに答える前に、玄関へ四方しかたがやってくる。彼は風呂敷に包まれたものを両手でかかげるように持っていた。重箱のような大きさの四角い荷物だった。

「ありがとう、四方しかた。では、少し出てくる」

「はい、お気をつけて」

「いくぞ、葛葉くずは

「はい!」

 可畏かいは風呂敷に包まれたものを受け取ると、石油ランプを葛葉くずはに渡す。そのまま玄関を出て庭を進んだ。葛葉くずははあわてて履き物に足をいれて後を追いかけた。

「どこへ行くのですか? それに、その風呂敷は……」

「昨日からこれが届くのを待っていた」

「何が入っているんですか?」

 素直に尋ねると、可畏かいからは答えではなく確認が入った。

「おまえはちゃんと柄鏡えかがみを持ってきたか?」

「はい、もちろんです。御門みかど様にそう命じられたので」

 屋敷の門を出て通りへ出ながら、葛葉くずはは懐から小ぶりな柄鏡えかがみを取り出して見せた。可畏かいはうなずくと、風呂敷を持ち上げて示す。

「これはその柄鏡えかがみをしまう鏡箱だ」

「あ、この柄鏡えかがみのために用意されたのですか?」

「私が用意したわけではない。用意されていた」

 葛葉くずはは首をかしげる。

「誰が用意したのですか?」

 すぐに答えが返ってこない。可畏かいが言葉を選んでいるのがわかる。彼が歯切れのわるい話し方になるときは、葛葉くずはへの配慮が含まれている時だ。

 葛葉くずはは急き立てることをせず、可畏かいが口を開くのを待った。
 屋敷をでた頃、まだ夕焼けの名残があった空はいつのまにか完全に暮れている。足元がおぼつかない暗さになっていることに気づいて、葛葉くずははそっと石油ランプを灯した。

 夕闇の中に橙色の明かりが広がる。葛葉くずは可畏かいの影が背後に伸びて、二人のあとをついてくる。

 店じまいをした様子の通りを、しばらく無言で歩いた。
 葛葉くずはが手元の柄鏡えかがみに視線をおとしたとき、はじめて聞いた時と同じようにわらべ唄が聞こえてきた。歌声には美しい三味線の音色が重なっている。

御門みかど様」

「ああ、聞こえている」

「でも、どうしてですか? まだ何か恨みが残っているのでしょうか?」

「三河屋を恨んでいたのはたえの母親だ。その柄鏡えかがみは母親とたえ、二人の思いを宿して付喪神つくもがみとなった。母親の恨みはおまえに浄化されたが、たえの未練はまだ残っている」

 石油ランプの明かり以外にも、辺りを照らす光があった。葛葉くずはが目を向けると、唄声にあわせて鬼火がくるくると回っている。以前に見た時とは異なり、白い炎だった。

「未練というよりは、心残りなことがあったというべきか」

 二人の歩調に合わせて白い火もついてくる。

「だから、まだその鏡に宿った付喪神つくもがみの願いは完全に叶えられていない」

 柄鏡えかがみの鏡面がぼんやりと光っている。辺りを飛び交う白い鬼火をうつしているのかと思っていたが、鏡自身が発光していた。

御門みかど様。あの時のような白い玉が……」

 うりざね顔の美しい女性。あれは付喪神つくもがみが顕現した姿だった。彼女の掌にあったのと同じ、丸く白い光が柄鏡えかがみの鏡面から浮かび上がって光っている。

「この光は、たえさんの思いでしょうか?」

「そうかもな」

 可畏かいは惨劇のあった廃屋でも古井戸のあった藪でもなく、通りを帝都の方角へと進んでいる。行き先に何の心当たりも浮かばず、葛葉くずは可畏かいの横顔を仰いだ。くるくると回る白い鬼火が追いかけてくる。

御門みかど様はどちらへ向かっているのですか?」

「あてはない。ただ、できるだけ帝都へ近づくように歩いているだけだ」

「帝都に?」

 ますます可畏かいの意図がわからない。やがて立ち止まると可畏かいが手元の風呂敷をといて鏡箱を出した。
 箱の表面には、柄鏡えかがみに記された藤模様とよく似た柄が描かれてる。

「このわらべ唄が何を意味するのかわからなかった。だから、三河屋で働くたえの同僚だった青年に話を聞いてみたんだ」

 葛葉くずははすぐに該当する人物を思い描いた。自分と可畏かいたえの住処とされていた長屋まで案内してくれた彼のことだろう。

「何かわかったんですか?」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...