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第十二章:鬼火の願い
61:わらべ唄の思い出
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「ああ。妙には将来を約束した幼馴染がいたそうだ」
「恋人が?」
これまで全く聞こえてこなかった話である。その理由を察して、葛葉は何ともいえない気持ちになった。
「妙の幼馴染も母親が旅籠屋で働いていた。妙の母親と同じように客との間にできた子どもだったようだな。だが幼い頃に母親に先立たれて、それからは妙と一緒に育ったらしい」
葛葉にはその幼馴染の所在を聞く勇気がなかった。可畏が鏡箱に目を向けたまま続ける。
「妙の幼馴染の青年は俥夫として働いていた。だが通りの人の流れが変わり、この辺りではだんだんと客を乗せるのが難しくなった。それで稼ぎのために帝都へ出たらしい。いずれは妙と二人で店を構えるのが夢だった。金を貯めて戻ってくるという約束だったようだ」
「それきり戻ってこなかったんですか?」
白い鬼火が辺りに揺らめいている。歌声はやむことなく、同じわらべ唄を繰り返していた。
もしかすると、可畏は柄鏡をとおして妙に幼馴染の顛末を伝えようとしているのかもしれない。
「帝都に出たからと言って稼ぎがよくなったとは限らない。俥夫同士の客の取り合いも激しくなるし、鉄道馬車とも競合している。はっきり言えば先の厳しい仕事だ。病気にでもなれば後が無い」
「はい。でも、失業した俥夫を助ける組合がありませんでしたか?」
「車会党か。一時期は機能していただろうが、妙の幼馴染に恩恵があったのかはわからない」
葛葉は希望のある結末を願ったが、その願いはむなしく空回りする。
可畏が白い鬼火に聞かせるように続けた。
「ただはっきり言えることがある。幼馴染は妙の元へ戻らなかったのではない。戻れなかった」
「――亡くなったのですか?」
心なしか、鬼火の描く可畏の影が深くなった気がする。
「帝都で彼の消息を調べさせた。風邪をこじらせて亡くなったらしい」
可畏が鏡箱の蓋を開けた。中には同じ藤模様の施された櫛が入っていた。
「ずっと妙との約束を果たすために働いていた。この鏡箱は彼のことを調べている時に、ある店からこれを買い取ってほしいと泣きつかれたらしい。ほとんど売掛になるような前金で注文されたが売り物にもならず迷惑をしていると」
「売り物にならない? どうしてですか?」
「その柄鏡は一般的なものよりかなり小さい」
「はい。たしかに小ぶりです」
おかげで葛葉が懐にいれて持ち歩くのにも困らなかった。
「鏡箱もそれにあわせて作られている。だから売れない。でも、妙にとっては価値のある品だろう」
「じゃあ、この鏡箱を注文したのは」
「そう。妙の幼馴染だ」
可畏が蓋をとった鏡箱を葛葉の方へ差しだす。
「葛葉、その柄鏡を箱におさめろ」
「はい」
「付喪神に、いや、妙に伝えてやれ。もう独りで待つことはないのだと。おまえにならできる」
柄鏡の鏡面に浮かぶ白い光の玉を閉じ込めるように、葛葉は藤模様が見えるように鏡面を伏せて箱に収めた。石油ランプを地面に置くと、可畏から箱を受け取ってゆっくりと蓋を閉める。
葛葉は鏡箱を抱き締めるように抱えて、妙に伝えた。
彼女の心残りが晴れるように。
もう鬼火となって彷徨わなくてもいい。待たなくてもいいのだと。
幼馴染だった彼の思いは、間違いなくこの鏡箱に詰まっている。
残された思いは、いま妙の元へ戻ってきたのだ。
「このわらべ唄は、二人が幼い頃に歌いあった思い出の唄だった」
「はい」
二人にとって、この世界で生きることは過酷だった。
でも、幸せな記憶は残っている。柄鏡にも、わらべ唄にも。
葛葉は美しい三味線の音色と唄声に耳を澄ます。
抱える鏡箱がゆるやかに発光をはじめた。蓋に描かれた藤模様が光にすけて美しく煌めく。やがて鏡箱の輪郭が光に弾けるほどの白い輝きとなって辺りを照らした。
眩い光は、くるくると燃えていた小さな鬼火を飲み込んで広がり、上空へと抜けていく。
三味線の音色と唄声が、その光を追いかけるように遠ざかっていった。
辺りが静寂を取り戻すと、後にはただ石油ランプの灯りだけが揺れている。
清浄な光の中で、葛葉にはたしかに視えた。
幼い二人が、声をそろえてわらべ唄を口ずさむ光景。
それは明るい日向の中にあり、楽しそうな笑顔が輝いていた。
幸せだった頃の記憶。
――ただいま
――おかえりなさい
しんと澄んだ夜空に星が瞬いている。じわりと込み上げた熱で星空がにじんだ。
葛葉は歯をくしばってその場に立ち尽くす。
抱えていた鏡箱に、ぽつぽつと涙が落ちて弾けた。
わらべ唄の余韻が広がって、胸に沁みる。
おいでよ おいで 街道を
おいでよ おいで 灯りのもとへ
迷子になってはいけないよ
おいでよ おいで 細道を
おいでよ おいで 井戸ばたに
つもる話をきかせておくれ
おいでよ おいで わたしのもとへ
おいでよ おいで 熾火のそばへ
灯りが消えたら さようなら
「恋人が?」
これまで全く聞こえてこなかった話である。その理由を察して、葛葉は何ともいえない気持ちになった。
「妙の幼馴染も母親が旅籠屋で働いていた。妙の母親と同じように客との間にできた子どもだったようだな。だが幼い頃に母親に先立たれて、それからは妙と一緒に育ったらしい」
葛葉にはその幼馴染の所在を聞く勇気がなかった。可畏が鏡箱に目を向けたまま続ける。
「妙の幼馴染の青年は俥夫として働いていた。だが通りの人の流れが変わり、この辺りではだんだんと客を乗せるのが難しくなった。それで稼ぎのために帝都へ出たらしい。いずれは妙と二人で店を構えるのが夢だった。金を貯めて戻ってくるという約束だったようだ」
「それきり戻ってこなかったんですか?」
白い鬼火が辺りに揺らめいている。歌声はやむことなく、同じわらべ唄を繰り返していた。
もしかすると、可畏は柄鏡をとおして妙に幼馴染の顛末を伝えようとしているのかもしれない。
「帝都に出たからと言って稼ぎがよくなったとは限らない。俥夫同士の客の取り合いも激しくなるし、鉄道馬車とも競合している。はっきり言えば先の厳しい仕事だ。病気にでもなれば後が無い」
「はい。でも、失業した俥夫を助ける組合がありませんでしたか?」
「車会党か。一時期は機能していただろうが、妙の幼馴染に恩恵があったのかはわからない」
葛葉は希望のある結末を願ったが、その願いはむなしく空回りする。
可畏が白い鬼火に聞かせるように続けた。
「ただはっきり言えることがある。幼馴染は妙の元へ戻らなかったのではない。戻れなかった」
「――亡くなったのですか?」
心なしか、鬼火の描く可畏の影が深くなった気がする。
「帝都で彼の消息を調べさせた。風邪をこじらせて亡くなったらしい」
可畏が鏡箱の蓋を開けた。中には同じ藤模様の施された櫛が入っていた。
「ずっと妙との約束を果たすために働いていた。この鏡箱は彼のことを調べている時に、ある店からこれを買い取ってほしいと泣きつかれたらしい。ほとんど売掛になるような前金で注文されたが売り物にもならず迷惑をしていると」
「売り物にならない? どうしてですか?」
「その柄鏡は一般的なものよりかなり小さい」
「はい。たしかに小ぶりです」
おかげで葛葉が懐にいれて持ち歩くのにも困らなかった。
「鏡箱もそれにあわせて作られている。だから売れない。でも、妙にとっては価値のある品だろう」
「じゃあ、この鏡箱を注文したのは」
「そう。妙の幼馴染だ」
可畏が蓋をとった鏡箱を葛葉の方へ差しだす。
「葛葉、その柄鏡を箱におさめろ」
「はい」
「付喪神に、いや、妙に伝えてやれ。もう独りで待つことはないのだと。おまえにならできる」
柄鏡の鏡面に浮かぶ白い光の玉を閉じ込めるように、葛葉は藤模様が見えるように鏡面を伏せて箱に収めた。石油ランプを地面に置くと、可畏から箱を受け取ってゆっくりと蓋を閉める。
葛葉は鏡箱を抱き締めるように抱えて、妙に伝えた。
彼女の心残りが晴れるように。
もう鬼火となって彷徨わなくてもいい。待たなくてもいいのだと。
幼馴染だった彼の思いは、間違いなくこの鏡箱に詰まっている。
残された思いは、いま妙の元へ戻ってきたのだ。
「このわらべ唄は、二人が幼い頃に歌いあった思い出の唄だった」
「はい」
二人にとって、この世界で生きることは過酷だった。
でも、幸せな記憶は残っている。柄鏡にも、わらべ唄にも。
葛葉は美しい三味線の音色と唄声に耳を澄ます。
抱える鏡箱がゆるやかに発光をはじめた。蓋に描かれた藤模様が光にすけて美しく煌めく。やがて鏡箱の輪郭が光に弾けるほどの白い輝きとなって辺りを照らした。
眩い光は、くるくると燃えていた小さな鬼火を飲み込んで広がり、上空へと抜けていく。
三味線の音色と唄声が、その光を追いかけるように遠ざかっていった。
辺りが静寂を取り戻すと、後にはただ石油ランプの灯りだけが揺れている。
清浄な光の中で、葛葉にはたしかに視えた。
幼い二人が、声をそろえてわらべ唄を口ずさむ光景。
それは明るい日向の中にあり、楽しそうな笑顔が輝いていた。
幸せだった頃の記憶。
――ただいま
――おかえりなさい
しんと澄んだ夜空に星が瞬いている。じわりと込み上げた熱で星空がにじんだ。
葛葉は歯をくしばってその場に立ち尽くす。
抱えていた鏡箱に、ぽつぽつと涙が落ちて弾けた。
わらべ唄の余韻が広がって、胸に沁みる。
おいでよ おいで 街道を
おいでよ おいで 灯りのもとへ
迷子になってはいけないよ
おいでよ おいで 細道を
おいでよ おいで 井戸ばたに
つもる話をきかせておくれ
おいでよ おいで わたしのもとへ
おいでよ おいで 熾火のそばへ
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