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おまけ短編:失われた過去の馴れ初め
0−1:豊穣(スクリングラ)の女神
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豊穣の女神としての役割を終えて、ルシアは大きく伸びをした。レイアを待っていようかと思ったが、久しぶりの逢瀬なら早くは戻らないだろう。
ラグナロクの神殿から自身の私殿を備えるスクリングラへの帰路につく。覇者の壮大な神殿。大理石の敷き詰められた通路には、彫刻の施された柱が長く続いている。レイアが訪れているのであれば、ディオンが現れることもない。見つからないように気を遣う必要もなかった。
久しぶりに通路の真ん中を辿るように歩き出す。
ルシアの胸にはディオンへの憧憬が色濃く刻まれているが、彼がレイアを選んだ事は素直に受け止めている。
すでに天界でも噂になっているが、ディオンはいずれレイアを妃に据えるのだろう。
レイアはまだディオンとの関係を打ち明けてくれないが、二人が想いを通わせているのは疑いようもない。これまでにも、今日のようにレイアがディオンを訪れることが幾度もあった。
逢瀬を重ねているのだ。
(でも、レイアはいつになったら話してくれるのかしら)
自分とレイアの間には分け隔てなどない。ディオンへの憧れを自覚すると少し胸が苦しくなるが、レイアが愛すべき片割れであることは変わらない。少しの嫉妬は、レイアへの親愛を前にすぐに姿を潜める。
(もしかして、私がディオン様に憧れているのを知っていて、気を遣っているの?)
レイアに心苦しい思いをさせているのなら申し訳ないが、だからといって自分から暴くような事も言えない。ぐるぐるとレイアの事を考えていると、ふっと視界に影が過った。
「ルシア」
一瞬幻聴かと思いながら顔をあげて、ルシアはぎょっと一歩後ずさる。天界の王座に相応しい美しい金細工がきらめく。久しぶりに見る覇者にだけ許された特別な意匠。いつのまにか、ディオンの輝くような美貌が至近距離に迫っていた。
「なぜ、そんなに驚く?」
「デ、ディオン様!」
心臓が止まるのではないかという衝撃をやりすごして、ルシアは辺りを見回す。
「レイアは一緒ではないのですか?」
条件反射のように通路の端に寄り、足が一刻も早くこの場を立ち去ろうと動くが、ルシアの進路をふさぐようにディオンが白く大きな柱に手をついた。
「逃げるな」
「あ……」
「なぜ、私を避ける?」
言い当てられてルシアは慌てた。ディオンへの憧憬を募らせないように、できるだけ接触を避けてきたが、さすがに彼の目にも余ったのだろう。
「いえ、あの、べつに避けているわけでは……ないのです」
消え入りそうな語尾になってしまう。以前のようにディオンの顔を真っすぐ見ることもできない。戸惑いと焦りでいっぱいになりながら俯いていると、ディオンの長い指が、ルシアの顎を持ち上げるように触れた。しっかりとディオンと見つめあってしまい、ルシアは頬に熱が巡る。
澄み切った湖底で輝く水面の照り返しのように、ディオンの瞳は澄明な青を湛えている。
「今日は笑ってもくれないな」
「え?」
「私の知っているルシアは、いつも笑顔だった……」
ルシアはぐっと奥歯を噛み締めた。ディオンとレイアが想いを通わせる前は、彼に会えるのが嬉しかった。あの胸の高鳴りは、永遠に封印しなければならない。ルシアは何とか笑顔を取り繕おうとしたが、うまくいかなかった。じわりと涙が滲んでしまう。
「ルシア?」
「も、申し訳ありません」
すぐに目元を拭ってごまかす。今度はうまく笑顔を向けることに成功した。同時に自分を包み込むようにディオンの気配が触れる。抱きすくめられているのだと気づいて、ルシアは慌てた。
「デ、ディオン様!?」
「ルシア、もしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ」
「え?」
「ーーおまえを泣かせるようなことはしない」
「それは、どういうーー」
ディオンはもう一度強くルシアを抱き寄せてから、そっと腕を解いた。呆然とするルシアの耳に、新たな声が響く。
「ルシア! ディオン様!」
レイアが長い通路を駆け寄って来る。
「レイア」
「良かった、一緒に帰りましょう!」
ルシアに追いついたレイアは、ディオンに責めるような目を向けている。ディオンは再び労わるようにルシアを見たが、それ以上何かを語ることもなく、二人が帰路につくのを見届けてから立ち去った。
ラグナロクの神殿から自身の私殿を備えるスクリングラへの帰路につく。覇者の壮大な神殿。大理石の敷き詰められた通路には、彫刻の施された柱が長く続いている。レイアが訪れているのであれば、ディオンが現れることもない。見つからないように気を遣う必要もなかった。
久しぶりに通路の真ん中を辿るように歩き出す。
ルシアの胸にはディオンへの憧憬が色濃く刻まれているが、彼がレイアを選んだ事は素直に受け止めている。
すでに天界でも噂になっているが、ディオンはいずれレイアを妃に据えるのだろう。
レイアはまだディオンとの関係を打ち明けてくれないが、二人が想いを通わせているのは疑いようもない。これまでにも、今日のようにレイアがディオンを訪れることが幾度もあった。
逢瀬を重ねているのだ。
(でも、レイアはいつになったら話してくれるのかしら)
自分とレイアの間には分け隔てなどない。ディオンへの憧れを自覚すると少し胸が苦しくなるが、レイアが愛すべき片割れであることは変わらない。少しの嫉妬は、レイアへの親愛を前にすぐに姿を潜める。
(もしかして、私がディオン様に憧れているのを知っていて、気を遣っているの?)
レイアに心苦しい思いをさせているのなら申し訳ないが、だからといって自分から暴くような事も言えない。ぐるぐるとレイアの事を考えていると、ふっと視界に影が過った。
「ルシア」
一瞬幻聴かと思いながら顔をあげて、ルシアはぎょっと一歩後ずさる。天界の王座に相応しい美しい金細工がきらめく。久しぶりに見る覇者にだけ許された特別な意匠。いつのまにか、ディオンの輝くような美貌が至近距離に迫っていた。
「なぜ、そんなに驚く?」
「デ、ディオン様!」
心臓が止まるのではないかという衝撃をやりすごして、ルシアは辺りを見回す。
「レイアは一緒ではないのですか?」
条件反射のように通路の端に寄り、足が一刻も早くこの場を立ち去ろうと動くが、ルシアの進路をふさぐようにディオンが白く大きな柱に手をついた。
「逃げるな」
「あ……」
「なぜ、私を避ける?」
言い当てられてルシアは慌てた。ディオンへの憧憬を募らせないように、できるだけ接触を避けてきたが、さすがに彼の目にも余ったのだろう。
「いえ、あの、べつに避けているわけでは……ないのです」
消え入りそうな語尾になってしまう。以前のようにディオンの顔を真っすぐ見ることもできない。戸惑いと焦りでいっぱいになりながら俯いていると、ディオンの長い指が、ルシアの顎を持ち上げるように触れた。しっかりとディオンと見つめあってしまい、ルシアは頬に熱が巡る。
澄み切った湖底で輝く水面の照り返しのように、ディオンの瞳は澄明な青を湛えている。
「今日は笑ってもくれないな」
「え?」
「私の知っているルシアは、いつも笑顔だった……」
ルシアはぐっと奥歯を噛み締めた。ディオンとレイアが想いを通わせる前は、彼に会えるのが嬉しかった。あの胸の高鳴りは、永遠に封印しなければならない。ルシアは何とか笑顔を取り繕おうとしたが、うまくいかなかった。じわりと涙が滲んでしまう。
「ルシア?」
「も、申し訳ありません」
すぐに目元を拭ってごまかす。今度はうまく笑顔を向けることに成功した。同時に自分を包み込むようにディオンの気配が触れる。抱きすくめられているのだと気づいて、ルシアは慌てた。
「デ、ディオン様!?」
「ルシア、もしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ」
「え?」
「ーーおまえを泣かせるようなことはしない」
「それは、どういうーー」
ディオンはもう一度強くルシアを抱き寄せてから、そっと腕を解いた。呆然とするルシアの耳に、新たな声が響く。
「ルシア! ディオン様!」
レイアが長い通路を駆け寄って来る。
「レイア」
「良かった、一緒に帰りましょう!」
ルシアに追いついたレイアは、ディオンに責めるような目を向けている。ディオンは再び労わるようにルシアを見たが、それ以上何かを語ることもなく、二人が帰路につくのを見届けてから立ち去った。
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