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おまけ短編:失われた過去の馴れ初め
0−2:双神の絆
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ルシアがレイアと共にスクリングラの私殿へと戻ると、すでに召使いが夕食の支度を整えていた。
いつものようにレイアと向かい合って食事をはじめると、彼女が何気なく人払いをする。食卓を囲んで双神である姉と完全に二人きりになった。
ルシアはついに姉がディオンとの関係を打ち明けてくれるのではないかと予感する。胸をよぎる切なさを自覚したが、ルシアはすぐに気持ちを切り替えた。レイアが幸せに笑ってくれるのなら、それに勝る幸福はない。ディオンへの憧憬は、時間が経てば天界を統べる王への敬意にすり替えることができるはずだ。
「実は、ルシアに話しておきたい事があるのです」
姉であるレイアが、珍しく顔を強張らせている。彼女の緊張が伝わってきて、ルシアも気持ちが張りつめる。レイアにこんな顔をさせるという事は、やはり自分のディオンへの憧憬を慮って、彼女は隠していたのだ。
食事に手を付けることもなく、レイアはそのまましばらく沈黙してしまった。ルシアは思い切って先に祝福してしまった方が良いのではないかと逡巡する。
「ーールシア。私には愛する方がいます」
ルシアより一瞬早く、レイアが口を開く。ぎゅっと心臓をつかまれたように、ルシアは胸が苦しくなった。やはり思っていたとおりだと覚悟を決める。
「レイア。やっと打ち明けてくれたのね。ーー私、実は知っていました」
「え?」
心底驚いたように、レイアの綺麗な目が見開く。ルシアはさざめく水面のような動揺を、姉への祝福で塗りつぶして笑顔を向けた。
「ずっと、いつレイアが打ち明けてくれるのかと、この日を心待ちにしていたくらい」
「――そんな、一体、いつから?」
「いつからと言われると、……レイアがディオン様を訪れるようになってしばらくした頃かしら」
「それは、――もしかして、ディオン様に何か聞いているの?」
「え? いいえ。気が付いてからは、少しずつディオン様と距離を置くようにしていたから」
「どうして?」
「その、……レイアもそれで私に気を遣って言えずにいたのでしょう? 私がディオン様に憧れていたから」
「え?」
「ディオン様のお傍に在ると憧れが膨らみそうで、できるだけ会わない方が良いと思っただけよ。でも、大丈夫。私はただ憧れているだけだから。だから、二人の事は心から祝福できるわ」
言葉にすると、素直に喜びに満たされた。ルシアは嘘偽りなく心から姉に笑顔をむける事ができる。レイアはルシアを見つめたまま、再び沈黙してしまう。
やはり手放しに喜んではいけないと、自分を気遣ってしまうのだろうか。
「レイア、私の事は気に病まないで……」
「ーーどうやら、私が浅はかだったようね」
長い沈黙を破って、レイアが大きく吐息をついた。手元の器に匙を差し込みながら、何かを言いあぐねているように感じる。
「レイア?」
「ーーごめんなさい、ルシア。私はあなたがディオン様に憧れているなんて知らなかったわ。最近はあからさまに避けていたから、むしろ苦手なのかと……」
「え?」
「でも、そう、そういう事だったのね」
独りだけで何かを理解したようにうなずいて、レイアはくすくすと小さく笑い出した。
「そういう事なら、いっそうのことディオン様に委ねてしまいましょうか」
「レイア? どうしたの? さっきから何の話をしているの?」
「私はルシアがディオン様に対して苦手意識があるのだと思い込んでいたから、天界での私とディオン様の噂もそのままにして、できるだけルシアに矛先が向かないようにしていたつもりだったのだけど。あなたにとっては、ずっと辛い噂になっていたのね。知らずにあなたを傷つけていたなんて、本当にごめんなさい」
まるで突然違う世界に放り出されたように、レイアのいう事がまるで理解できない。
「てっきり私の知らないところでディオン様に言い寄られでもして、それで警戒しているのかと思っていたわ」
くすくすと面白そうにレイアが笑う。
「だから、さっきも慌てて二人の間に入ったのに」
「レイア?」
話が呑み込めず、戸惑うだけのルシアにレイアはようやくいつもの柔らかな笑顔を見せる。ルシアの愛すべき美しい女神。レイアが笑うと、それだけで心に花が咲く。
「ルシア。せっかく祝福する覚悟をしてくれたのに、ごめんなさい」
「え?」
「私が愛しているのは、ディオン様ではないのです」
「ーーえ?」
もしかしてレイアの気遣いだろうかと思ったが、姉の笑顔は心底美しい。ルシアの愛してやまない、ためらいも戸惑いもない自然な微笑みが宿っている。
「そんな、でも、ディオン様でなけれな誰が?」
「ルシアは知らない方よ。だけど、とても素敵な方です」
どこかうっとりとした様子で、レイアが語る。公正で聡明な姉が愛するのなら、それだけで信じられる気がした。
「全然、気がつかなかった」
ディオンと想いを通わせているのだという思い込みが、真実に目隠しをしていた。
「私が秘めていたのだから気づかないのは当然よ。でも、その事で私はずっとディオン様と揉めている。私がディオン様を訪れ、謁見を繰り返すのも、そのせいよ」
「え?」
ルシアは頭の中が真っ白になる勢いで声をあげた。
「デ、ディオン様と揉めている!? レイアが?」
「ええ、そうです」
ルシアはようやく自分の誤解を悟ったが、事態は喜んでよい方向には転がっていない。レイアにはディオンではない別の誰かーー心に決めた想い人があり、そのためにディオンの気持ちを拒み続けているという事ではないのか。この天界で覇者であるディオンに背くことなど許されるのだろうか。
ルシアは一気に血の気がひく。
(ーーもしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ)
さっきまで意味をなさなかったディオンの言葉が蘇る。彼の示していた事はこの事だったのだろう。
ディオンを受け入れないレイア。天界の豊穣を担うスクリングラでも、覇権を握るラグナロクに背くような力はない。だからと言って、レイアが無理強いされるのは、もっと耐え難い。自分の淡い憧憬など殺してしまっていいから、素直に二人を祝福できた方がよほど幸せな結末だった。
顔色をなくしたルシアの動揺がどのように映っているのか、レイアは他人事のように微笑む。
「ルシア、良かったら一度ディオン様とお話してほしいわ」
「私が?」
「ええ、ディオン様もルシアの事は憎からず思っておられるわ」
たしかにレイアとは双神なのだから、ディオンにとっては通じるところがあるだろう。
姉と同じ容貌の自分なら、何か打開策があるかもしれない。
ディオンは合理的で理知に富んだ天界の覇者である。レイアを力ずくで奪わないことがそれを示していた。話せばわかってくれるという希望が持てる。だからレイアも抗い続けられるのだ。自分からも姉の事を許してもらえるように嘆願しておくべきだった。
(ーーもしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ)
ディオンもそれを示唆していた。
(ーーおまえを泣かせるようなことはしない)
レイアの悲嘆はそのまま自分に響く。双神の宿命だった。それを慮っての言葉なのだ。ディオンはこうなる予感を抱いて、助け舟を出してくれていた。
ルシアとしては、姉と同じ容貌の自分を身代わりに差し出してでもレイアを守りたい。彼女が無理矢理引き裂かれた想いに嘆き、手折られるような姿は見たくない。耐えられない。ディオンにも、そんな無慈悲で容赦のない行いをしてほしくない。
「レイア、私も一度ディオン様とお話してみたいです」
「良かった! では、ディオン様には私からお願いしておきます」
レイアが浮足立つように、食事もそのままに食卓を立ち去った。行き止まりの先に道を見つけた気分なのだろうか。片割れの笑顔を守るためなら、どんな犠牲も厭わない。ルシアはレイアの力になれる事だけを祈った。
いつものようにレイアと向かい合って食事をはじめると、彼女が何気なく人払いをする。食卓を囲んで双神である姉と完全に二人きりになった。
ルシアはついに姉がディオンとの関係を打ち明けてくれるのではないかと予感する。胸をよぎる切なさを自覚したが、ルシアはすぐに気持ちを切り替えた。レイアが幸せに笑ってくれるのなら、それに勝る幸福はない。ディオンへの憧憬は、時間が経てば天界を統べる王への敬意にすり替えることができるはずだ。
「実は、ルシアに話しておきたい事があるのです」
姉であるレイアが、珍しく顔を強張らせている。彼女の緊張が伝わってきて、ルシアも気持ちが張りつめる。レイアにこんな顔をさせるという事は、やはり自分のディオンへの憧憬を慮って、彼女は隠していたのだ。
食事に手を付けることもなく、レイアはそのまましばらく沈黙してしまった。ルシアは思い切って先に祝福してしまった方が良いのではないかと逡巡する。
「ーールシア。私には愛する方がいます」
ルシアより一瞬早く、レイアが口を開く。ぎゅっと心臓をつかまれたように、ルシアは胸が苦しくなった。やはり思っていたとおりだと覚悟を決める。
「レイア。やっと打ち明けてくれたのね。ーー私、実は知っていました」
「え?」
心底驚いたように、レイアの綺麗な目が見開く。ルシアはさざめく水面のような動揺を、姉への祝福で塗りつぶして笑顔を向けた。
「ずっと、いつレイアが打ち明けてくれるのかと、この日を心待ちにしていたくらい」
「――そんな、一体、いつから?」
「いつからと言われると、……レイアがディオン様を訪れるようになってしばらくした頃かしら」
「それは、――もしかして、ディオン様に何か聞いているの?」
「え? いいえ。気が付いてからは、少しずつディオン様と距離を置くようにしていたから」
「どうして?」
「その、……レイアもそれで私に気を遣って言えずにいたのでしょう? 私がディオン様に憧れていたから」
「え?」
「ディオン様のお傍に在ると憧れが膨らみそうで、できるだけ会わない方が良いと思っただけよ。でも、大丈夫。私はただ憧れているだけだから。だから、二人の事は心から祝福できるわ」
言葉にすると、素直に喜びに満たされた。ルシアは嘘偽りなく心から姉に笑顔をむける事ができる。レイアはルシアを見つめたまま、再び沈黙してしまう。
やはり手放しに喜んではいけないと、自分を気遣ってしまうのだろうか。
「レイア、私の事は気に病まないで……」
「ーーどうやら、私が浅はかだったようね」
長い沈黙を破って、レイアが大きく吐息をついた。手元の器に匙を差し込みながら、何かを言いあぐねているように感じる。
「レイア?」
「ーーごめんなさい、ルシア。私はあなたがディオン様に憧れているなんて知らなかったわ。最近はあからさまに避けていたから、むしろ苦手なのかと……」
「え?」
「でも、そう、そういう事だったのね」
独りだけで何かを理解したようにうなずいて、レイアはくすくすと小さく笑い出した。
「そういう事なら、いっそうのことディオン様に委ねてしまいましょうか」
「レイア? どうしたの? さっきから何の話をしているの?」
「私はルシアがディオン様に対して苦手意識があるのだと思い込んでいたから、天界での私とディオン様の噂もそのままにして、できるだけルシアに矛先が向かないようにしていたつもりだったのだけど。あなたにとっては、ずっと辛い噂になっていたのね。知らずにあなたを傷つけていたなんて、本当にごめんなさい」
まるで突然違う世界に放り出されたように、レイアのいう事がまるで理解できない。
「てっきり私の知らないところでディオン様に言い寄られでもして、それで警戒しているのかと思っていたわ」
くすくすと面白そうにレイアが笑う。
「だから、さっきも慌てて二人の間に入ったのに」
「レイア?」
話が呑み込めず、戸惑うだけのルシアにレイアはようやくいつもの柔らかな笑顔を見せる。ルシアの愛すべき美しい女神。レイアが笑うと、それだけで心に花が咲く。
「ルシア。せっかく祝福する覚悟をしてくれたのに、ごめんなさい」
「え?」
「私が愛しているのは、ディオン様ではないのです」
「ーーえ?」
もしかしてレイアの気遣いだろうかと思ったが、姉の笑顔は心底美しい。ルシアの愛してやまない、ためらいも戸惑いもない自然な微笑みが宿っている。
「そんな、でも、ディオン様でなけれな誰が?」
「ルシアは知らない方よ。だけど、とても素敵な方です」
どこかうっとりとした様子で、レイアが語る。公正で聡明な姉が愛するのなら、それだけで信じられる気がした。
「全然、気がつかなかった」
ディオンと想いを通わせているのだという思い込みが、真実に目隠しをしていた。
「私が秘めていたのだから気づかないのは当然よ。でも、その事で私はずっとディオン様と揉めている。私がディオン様を訪れ、謁見を繰り返すのも、そのせいよ」
「え?」
ルシアは頭の中が真っ白になる勢いで声をあげた。
「デ、ディオン様と揉めている!? レイアが?」
「ええ、そうです」
ルシアはようやく自分の誤解を悟ったが、事態は喜んでよい方向には転がっていない。レイアにはディオンではない別の誰かーー心に決めた想い人があり、そのためにディオンの気持ちを拒み続けているという事ではないのか。この天界で覇者であるディオンに背くことなど許されるのだろうか。
ルシアは一気に血の気がひく。
(ーーもしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ)
さっきまで意味をなさなかったディオンの言葉が蘇る。彼の示していた事はこの事だったのだろう。
ディオンを受け入れないレイア。天界の豊穣を担うスクリングラでも、覇権を握るラグナロクに背くような力はない。だからと言って、レイアが無理強いされるのは、もっと耐え難い。自分の淡い憧憬など殺してしまっていいから、素直に二人を祝福できた方がよほど幸せな結末だった。
顔色をなくしたルシアの動揺がどのように映っているのか、レイアは他人事のように微笑む。
「ルシア、良かったら一度ディオン様とお話してほしいわ」
「私が?」
「ええ、ディオン様もルシアの事は憎からず思っておられるわ」
たしかにレイアとは双神なのだから、ディオンにとっては通じるところがあるだろう。
姉と同じ容貌の自分なら、何か打開策があるかもしれない。
ディオンは合理的で理知に富んだ天界の覇者である。レイアを力ずくで奪わないことがそれを示していた。話せばわかってくれるという希望が持てる。だからレイアも抗い続けられるのだ。自分からも姉の事を許してもらえるように嘆願しておくべきだった。
(ーーもしレイアの事で思い悩むなら私を頼れ)
ディオンもそれを示唆していた。
(ーーおまえを泣かせるようなことはしない)
レイアの悲嘆はそのまま自分に響く。双神の宿命だった。それを慮っての言葉なのだ。ディオンはこうなる予感を抱いて、助け舟を出してくれていた。
ルシアとしては、姉と同じ容貌の自分を身代わりに差し出してでもレイアを守りたい。彼女が無理矢理引き裂かれた想いに嘆き、手折られるような姿は見たくない。耐えられない。ディオンにも、そんな無慈悲で容赦のない行いをしてほしくない。
「レイア、私も一度ディオン様とお話してみたいです」
「良かった! では、ディオン様には私からお願いしておきます」
レイアが浮足立つように、食事もそのままに食卓を立ち去った。行き止まりの先に道を見つけた気分なのだろうか。片割れの笑顔を守るためなら、どんな犠牲も厭わない。ルシアはレイアの力になれる事だけを祈った。
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