賢者様の恋指南ー勇者の恋を成就させます。ー

秋野 林檎 

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第2章  オリビア

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街の中心へと目をやれば日が傾き始め、少しづつ空の色が変わってゆく。その景色は雄大な景色だが、地平線に広がるオレンジ色を侵食するように黒が交わってゆく様は、不安と言う何とも言えないものを連れてくるようだ。だからなのだろう私に幼い頃聞いた話を思い出させた。

(昼(オレンジ)と夜(黒)が交わる黄昏時は、逢魔の時とも言って現世と異界の境界が曖昧になり魔物が現れやすいんだよ。)

7つ上の兄はその話を聞いて笑い、私も兄の腕にしがみつきながらも一緒に(うそだもん)と言いながら笑った…でもその話は本当だった。8歳のあの黄昏時、私は魔物のような男達に、両親、兄を殺され何もかも失った。

あの日以来、声に出して両親名前を、そして兄の名前を声に出していない。
でも今日は、今日だけは呼ばせて欲しい、ひとりじゃ…心が折れそうだから…お願い助けて。

キリアンの婚約の話を聞いて動揺し、復讐を忘れそうだった自分に力を授けて欲しくて、私は両手で顔を覆い小さな声で両親の名前と兄の名前を、そしてあの日の出来事を忘れてはいけないと、心に更に刻みつけるように何度も口にすれば…温かい手が私の背中を撫で、そして私を呼ぶ声が聞こえてきた。「テイラー。」と。


もう誰も知らない私の名を呼ぶ声が聞こえた。



私の背中を撫でながら、「馬車に酔ったのかしら?」と心配そうな母の声。

「テイラーはこんなに長時間、馬車に乗ったのは初めてだからな。やはり馬車を止めて、侍女のケイトと一緒に少し外へ出てみたほうが良いな。」と父の深みのある声。

「あの勇者の本を、夜遅くまで読んでいたせいじゃないのか?。」と15歳になった兄の声は変声期を過ぎたのに、まだ少し高い声が聞こえる。


その会話を思い出すのは、これが両親と兄と交わした最後の会話だったから。


年が離れた隣国の商人の娘だった母を愛した父は、結婚を反対され駆け落ちのように国を出た。そんな父の下に兄である伯爵の危篤の知らせが来て、私達はバイザル国に行く決心をしたのが事の始まりだった。

駆け落ちのように国を出た父を、公にはシュルツ伯爵家は縁を切らざる得なかったという。だが仲の良い兄弟だった二人は頻繁に連絡を取り合っていた。だから疑わなかった。危篤の知らせも、シュルツ伯爵家から馬車が迎えに来た事も、すべて仕組まれていたことを誰も疑うことなどなかった。

今でもあの男の顔がはっきりと浮かぶ。私の家族に剣を向けるあの男の顔を。

すべてはあの男マクシミリアンが仕組んだことだった。

父の兄であった伯爵は息子のマクシミリアンが、人を殺める快感の為に、盗賊団と組み大勢の人を殺害していたことを知り、マクシミリアンを罪人として処罰し、弟である私の父に爵位を譲るために動いていた。それを知ったあの男は私達家族を殺し、自分の父親の伯爵にあんな惨い死を迎えさせる切っ掛けの矢を放った。そして伯爵の死と、私達家族の死を…もみ消したのだ。

あの男を生かしては置けない。
その為にもあの男の傍に行かないと…だから…だから…妻……になれば…近づける。
そう心に決めていたのに、キリアンが…あのひとが…結婚すると思ったら、心が揺れた。

もう止められないのに。
私がマクシミリアンとの結婚は…もう止めることはできないのに。
両親を兄を、あの日の惨劇を、忘れてはいけないのに。

大きく揺れる心に落ち着けと、フウ~と息を吐けば、吐く息が白く見えた。昼間はまだまだ暑いが、この高地では朝夕は息が白く見えるようになってきたんだなぁとぼんやりと考えていたら、幼いキリアンの声が聞こえた。

(オリビアが憧れる騎士に俺はなるからな、そしてグレートソードのようなこんなデッカイ剣を持つんだ。)
窓ガラスに息を吹きかけ曇ったガラスに、とても剣とは思えない下手な絵を書いていたわね。
クスッ…でもあれはどう見ても剣には見えなかったなぁ。教会の近くにある樅木を書いているのかなぁと思ってくらいだったもの。懐かしいな。ねぇ、気づかなかったの?私が憧れていたのは騎士ではなく、騎士になりたいと剣の修行を励むあなただったのよ。なのにあなたは…。

私は馬小屋の方向に目をやり
「あなたは昔から…そうずっと昔から鈍い人だったわ。…ほんとに。」

馬小屋から私の眼をそらすようにピューと切り裂くような音を連れた風が吹き、その風は私の首筋を通り、その冷たさに思わず手をやれば、止まっていた涙がまた零れて行った。

バカなだなぁ。もう手遅れなのに。なのに…それでも…と思ってしまう。



心が裂ける音がする。悲鳴のような切り裂く音が…。

気が付けば、昼(オレンジ)と夜(黒)が交わる黄昏時はいつの間にか、闇の世界に呑まれていた。







「そう自分を追い詰めるのではないぞ。」


その声に振り返れば、暗闇の世界からオレンジ色の灯りが見えた。


その灯りは黒いローブをきたお爺さんが手にしていたランプだった。その姿はまるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようで、私はその姿を茫然と見つめていたら、お爺さんはにっこり笑い

「探したぞ。オリビア嬢。」

私は言葉が出なかった、そんな私を気にすることもなく、

500


500年前…と言う言葉が、繰り返し頭の中で響いてくる。まさか…お爺さんは、私を、500年前の私も知っているの?


(賢者と言えばこの黒いローブ!とか言ってカッコつけてるんだけど、あいつの事だから服はあれしかないんだろうなぁ。)と笑う声が聞こえた。それはキリアンでもあり、マーベリックでもあったあの人だった。

『…あなたはまさか?』

私の震える問いかけにお爺さんは胸を張り
「わしは500年前、勇者マーベリックと共に旅をした賢者じゃ。」

絶句する私に、お爺さんはゆっくりと私に近づき、私の首筋を見つめると

「マーベリックがお主に送ったネックレスを魂に焼き付け、それを首筋に黒子にしてまで、お主は転生を待っておったんじゃな。なのにあ奴は自分の前世を覚えておらんかった。悲しかったろうな。ようやく巡り合えたのに…。」


お爺さんの言葉に、私は10年振りに子供のように大きな声を上げ泣きじゃくった。






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