王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

6日目④

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粉々に割れたグラスを黙って見つめる俺に女が
「何やってんのよ。」と、ため息をつきながら店の者を呼んだ。


ほんとに俺は何をやっているんだろう。いや何をやりたいんだろう。


「あらまぁ…。上等な服を着ているから、良い酒を飲んでるかと思えば…こんな安酒を呑んでるんだ。」

女は鼻をクンクンとさせながら
「ねぇ、金…持ってんだろう?!もっと良い酒を飲みなよ。」


そう言って、まだ俺を諦めきれないのか、女は俺の腕に触れ
「嫌な事がでもあったのかい?だったらさ…70回以上もの蒸留を繰り返すことで、96度という高アルコール度数に仕上げられた世界最高純度のスピリッツが、この店にあるんだよ。どう?そんな強烈な酒を飲んで、何もかも忘れて、あたしと遊ぼうよ。」


女の赤い唇に目が行った。

強烈な…酒を呑んで忘れる…。

ぼんやり、女を見ながらそう思った時だった。割れたグラスを片づけに来た店の男がニヤニヤと笑いながら

「兄さん、気をつけな。このアニータは言葉巧みに男を誘い虜して、身ぐるみ剥ぐ女だぜ。」

「はぁ…もっと言い方があるだろう。例えば…【たらし】とかさぁ。」




【たらし】…。




「だったら、アニータ、おまえは悪質の【たらし】だ。」

「何よ。その悪質と言うのは?!」

「【たらし】にも、悪質と良質があるってことさ。
悪質は一言で言えば、(相手を魅了するために画策する能力に長けている。)ということだな。
良質というのは、(意図せずに自分では自然にしたつもりが相手を魅了することになった。)ということだ。

まぁ、良質の【たらし】というのは、カリスマということだな。」





【良質というのは、意図せずに自分では自然にしたつもりが相手を魅了する。
良質の【たらし】というのは、カリスマということだな。】


そう、男の言葉を心の中で反復した瞬間、突然アストンの声が聞こえた。



『なぁ…【たらし】同志の会話は…強烈だろう。』




2日前、あの時、俺は…思ったんだ。



確かに、ルシアンとロザリーのふたりは【たらし】と言う、人を魅了する人間だ。
まったく、この男は人が良すぎる、命を張って、俺みたいな男を助けようとする新しいローラン王とかありえないぜ。だが、安心なんだろうな、なんたって背中を守る奴がいるのだから、小さく細い体で、剣を振るルチアーノが…

ぁ……いや…そうだった。
あいつは…女だった。
ロザリーと言う名の女だった。
あいつは…ルシアン殿下の…妻になる女だった。


寄り添うふたりを見た瞬間、このふたりならきっとローラン国の舵取りは大丈夫だと思った反面、あいつが…、ルチアーノが…女だったと思ったら、なにかが肺の中を一杯にして、息がうまくできなくなったんだ。


息ができない…苦しい。
なんなんだ。わけがわからない。


怖くて、俺の体は震え、ただ、この場所から離れたいと思った。
そっとふたりから視線を外し、この部屋から出て行きたくて、扉へと視線を移した俺にアストンがひとりごとのように言ったんだ。

『入り込む隙間なんぞないぞ。』

『えっ?!』

目を見開いた俺に、アストンは笑うと
『経験者は語るだ。』

そう言うと、ルシアンと…そして…ロザリーを見ていた。

『…何を…言ってるんだ?』

『いや、それならいいんだ。わかっているのならな。』



あの後の出来事は、あまり覚えていない。
朝、目覚めた部屋は酒臭く、ベットの周りに数本の酒瓶が転がり、王都へと出発する時間に遅れた俺を見に来たアストンに大笑いされたんだった。


王都までの道のりは気分が重く、それは二日酔いのせいだけじゃない事は認めるしかなかった。
なぜなら俺の目は、ルシアンとロザリーを追いかけていたから…


だがそれが、愛と言う大層な言葉で言える物なのかはわからない。
ただ…ロイとジャスミンの為なら何でもやりたいと思う気持ちと同様に、ロザリーにもそうしてやりたいと思っていることだけは間違いない。


でも、もし…ルシアンがいなかったら…。

始めから、あいつが女だと知っていたら…。

俺はどうしていただろう。
あの体を抱きしめ、キスをしていただろうか?




もう、なにがなんだかわからない!

ロザリーを気に入っているとか…

バウマン公爵が…俺の…俺の父親だとか…

なんだよ…一体なんだよ!!


ポケットから出した手紙をギュッと握りしめると、手紙に書かれていたことから、逃げるように目を瞑った俺に、横に立っていた女が何か叫んだが、もうでもよくて、俺はカウンターに顔を突っ伏した。

女は俺の背中を叩きながら、何か言ったが…突然
「…いいのかい?悪いね。」と言ってクスクスと笑うと

「あんた、良いお友達がいるじゃん。」と言って、小走りに去って行く靴音が聞こえてきた。



…何を言ってんだ…あの女?

女の言葉に顔をあげようとしたら、俺の肩を誰かが叩いた。

慌てて、叩かれた肩の方向へと振り返ると、そこには…あいつがいた。

「…どうして…ここに?」

俺の言葉に、あいつはクスリと笑い、
「話をしたいんだ。」

そう言って、俺の横に座った。


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