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ウィンスレット侯爵家の嫡男シリル。
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ルシアン王子はどうされるおつもりなのだろうか。
ベットに横たわるお父様の額に置いたタオルを、冷たい水に浸すと桶の中に波紋が広がり、水面に映っていた私の顔が、より苦しげに歪んでいった。
「ルシアン王子を守るのが私の務めなのに…反対に守ると仰られる。」
タオルを力一杯絞ると、お父様の額に置き…
「ルシアン王子は頑固者です。」
そう言わずにいられない。
だって、ルシアン王子だってわかっていらっしゃるはず、この手紙に書かれている意味を…なのに、私に命じては下さらない。命を投げ出せとは言っては下さらない。
それしかないのに…
愛情深い方だとはわかっている、その優しさが多くの人から愛される要因のひとつだとも思う。
でも…上に立つ方は、簡単に敵の罠に飛び込んでいかれては、私達騎士は何の為にいるのか、わからない。
ルシアン王子を守るべき騎士が、逆に守られるなんて…何を思っておいでなのです。
自分のお立場をもっと考えて頂かなくては…ましてや、相手は銃を持っているのに…そう、銃を持っているのに…
銃を…
ぼんやりと銃の事を考えていたら、部屋の中に西日が差込み、ベットで横たわるお父様の顔に日が当たっていた。
「いけない。」
慌ててカーテンを引こうと立ち上がったのに、窓ガラスに映る金色の髪に、騎士の格好の自分の姿に、手はカーテンには行かず、窓ガラスに映る私へと、もうひとりの私へと行き…窓ガラスに映る青ざめた顔にそっと触れ…問いかけていた。
「…シリル。あなたは人を切る覚悟はできたの?」…と
窓ガラスに映るシリルが苦しい顔で
「躊躇すれば大切な人を失うかもしれない。その時、ロザリーは後悔はしない?」
後悔…。
唇がその言葉を紡ぐと視線は窓ガラスから…ルシアン王子がいらっしゃる隣の部屋へと動いていった。
扉の向こうにいらっしゃるルシアン王子を…
もしあの方を……守れなかったら…
怖かった、怖くて扉から視線を外し、また窓ガラスに移したが、窓ガラスに映る自分の顔を見て…
「…バカ、なんて顔をしてるの。」
見たくなかった、騎士の格好でいる私の顔が…女だったから…。
見たくなくて、両手で窓ガラスに映るその顔を隠して、自分に言い聞かせるように
「今は…今はシリル。」何度もそう口した時。
カサッ…
部屋の中で、衣擦れの音が聞こえ、ハッとして振り返ると掠れた声が
「…ロザリー…か?」
「お、お父様!お気づきなられましたか!」
「ぁ…姫は!ミランダ姫は!」
起き上がろうとされるお父様の左肩にそっと触れ
「…ミランダ姫は…攫われました。」
「…なんてことだ…」
項垂れ、左手で顔を覆われた。
右肩から斜めに、巻かれた白い包帯と、左前腕部の白い包帯。
お父様がこんなに怪我をされたのを見るのは初めてだ。そして…こんなに辛い顔を見るのも…
でも今はミランダ姫をお救い出す為には、お父様の話を聞かなければ
「お父様。隣の部屋にルシアン王子とバートさんがいらっしゃるので、詳しいことを…」
「待て、その前にお前に言っておきたい事がある。」
「お父様。」
お父様は自身を嘲笑うように
「ロザリー…。この私がエイブごときに…このざまだ。」
「エ、エイブ?!エイブがお父様を…ミランダ姫を?!」
お父様は頷くと
「あのバカは、犬をけしかけ、銃を使って襲ってきた。ロザリー、実行犯はエイブだが、あのバカにこんな事を考える頭はない。エイブの後ろには、大きな力を持った者がおるとしか思えん。」
「大きな力を持った者…。」
「まだ、この大陸に銃は出回ってはいない、それなのに…エイブが銃を手に入れたと言うことは、エイブの後ろに、大きな力を持った者がおるとしか考えられない。その事に気がつけば…」
そう言って、唇を噛まれ
「もっと早くエイブの後ろには、大物がいるという事に気がつけば…。ミランダ姫を攫われることはなかったかも知れない。」
「お父様…。」
「姫を守れるのなら…命さえ惜しくは無かった。この老いぼれの命など!いらなかった!」
「お父様!私が必ずミランダ姫をお助けします。だから…お願いです。そんなことを仰らないでください。」
「ロザリー…」
私の名を呼ぶと、お父様は私の頭へと手を伸ばすと
「お前が生まれた頃、不穏な動きを見せる弟一家に爵位を渡すことが出来なくて…お前を双子などと馬鹿げたことで乗り越えようとした私の罪が…より大きな罪を呼んだ。もっと早く爵位を返上すべきだった。あのバカなエイブとて一族だ、あいつの罪も当主である私の責任だ。ならば私の手であいつを切る。そして私の罪も告白して、責任をとって縛につくつもりだ。すまぬ、ロザリー…。お前には罪はない。だからお前の命だけは、ルシアン王子に乞うつもりだ。」
「お父様!……エイブは…私が…」
「ロザリー…お前…」
「私はシリルです!!ウィンスレット侯爵家の嫡男である私が、エイブに……引導を渡します。」
人を切る覚悟。
それは…人としての情を捨てる事。
「私はエイブを切り、ミランダ姫を救い出し…そして、そして…お父様を助命を嘆願します。」
「ロザリー!待て!」
「それが…ウィンスレット侯爵家の嫡男シリルとしての勤めです。」
「違う!お前は…私の娘、ロザリーだ。」
私は微笑み、頭を下げ…部屋を飛び出した。
背中にお父様の声とそして……扉が開く音と一緒にルシアン王子の声が聞こえる。
シリルと呼ばれるルシアン王子の声が…
シリル…そう私はシリルだ。
ルシアン王子を、ミランダ姫を守る騎士であり、そして…ウィンスレット侯爵家の嫡男シリル。
ロザリーじゃない。
だから、やらねばならない。
23時まで、あと5時間。
それまでにすべてを片付ける。
ベットに横たわるお父様の額に置いたタオルを、冷たい水に浸すと桶の中に波紋が広がり、水面に映っていた私の顔が、より苦しげに歪んでいった。
「ルシアン王子を守るのが私の務めなのに…反対に守ると仰られる。」
タオルを力一杯絞ると、お父様の額に置き…
「ルシアン王子は頑固者です。」
そう言わずにいられない。
だって、ルシアン王子だってわかっていらっしゃるはず、この手紙に書かれている意味を…なのに、私に命じては下さらない。命を投げ出せとは言っては下さらない。
それしかないのに…
愛情深い方だとはわかっている、その優しさが多くの人から愛される要因のひとつだとも思う。
でも…上に立つ方は、簡単に敵の罠に飛び込んでいかれては、私達騎士は何の為にいるのか、わからない。
ルシアン王子を守るべき騎士が、逆に守られるなんて…何を思っておいでなのです。
自分のお立場をもっと考えて頂かなくては…ましてや、相手は銃を持っているのに…そう、銃を持っているのに…
銃を…
ぼんやりと銃の事を考えていたら、部屋の中に西日が差込み、ベットで横たわるお父様の顔に日が当たっていた。
「いけない。」
慌ててカーテンを引こうと立ち上がったのに、窓ガラスに映る金色の髪に、騎士の格好の自分の姿に、手はカーテンには行かず、窓ガラスに映る私へと、もうひとりの私へと行き…窓ガラスに映る青ざめた顔にそっと触れ…問いかけていた。
「…シリル。あなたは人を切る覚悟はできたの?」…と
窓ガラスに映るシリルが苦しい顔で
「躊躇すれば大切な人を失うかもしれない。その時、ロザリーは後悔はしない?」
後悔…。
唇がその言葉を紡ぐと視線は窓ガラスから…ルシアン王子がいらっしゃる隣の部屋へと動いていった。
扉の向こうにいらっしゃるルシアン王子を…
もしあの方を……守れなかったら…
怖かった、怖くて扉から視線を外し、また窓ガラスに移したが、窓ガラスに映る自分の顔を見て…
「…バカ、なんて顔をしてるの。」
見たくなかった、騎士の格好でいる私の顔が…女だったから…。
見たくなくて、両手で窓ガラスに映るその顔を隠して、自分に言い聞かせるように
「今は…今はシリル。」何度もそう口した時。
カサッ…
部屋の中で、衣擦れの音が聞こえ、ハッとして振り返ると掠れた声が
「…ロザリー…か?」
「お、お父様!お気づきなられましたか!」
「ぁ…姫は!ミランダ姫は!」
起き上がろうとされるお父様の左肩にそっと触れ
「…ミランダ姫は…攫われました。」
「…なんてことだ…」
項垂れ、左手で顔を覆われた。
右肩から斜めに、巻かれた白い包帯と、左前腕部の白い包帯。
お父様がこんなに怪我をされたのを見るのは初めてだ。そして…こんなに辛い顔を見るのも…
でも今はミランダ姫をお救い出す為には、お父様の話を聞かなければ
「お父様。隣の部屋にルシアン王子とバートさんがいらっしゃるので、詳しいことを…」
「待て、その前にお前に言っておきたい事がある。」
「お父様。」
お父様は自身を嘲笑うように
「ロザリー…。この私がエイブごときに…このざまだ。」
「エ、エイブ?!エイブがお父様を…ミランダ姫を?!」
お父様は頷くと
「あのバカは、犬をけしかけ、銃を使って襲ってきた。ロザリー、実行犯はエイブだが、あのバカにこんな事を考える頭はない。エイブの後ろには、大きな力を持った者がおるとしか思えん。」
「大きな力を持った者…。」
「まだ、この大陸に銃は出回ってはいない、それなのに…エイブが銃を手に入れたと言うことは、エイブの後ろに、大きな力を持った者がおるとしか考えられない。その事に気がつけば…」
そう言って、唇を噛まれ
「もっと早くエイブの後ろには、大物がいるという事に気がつけば…。ミランダ姫を攫われることはなかったかも知れない。」
「お父様…。」
「姫を守れるのなら…命さえ惜しくは無かった。この老いぼれの命など!いらなかった!」
「お父様!私が必ずミランダ姫をお助けします。だから…お願いです。そんなことを仰らないでください。」
「ロザリー…」
私の名を呼ぶと、お父様は私の頭へと手を伸ばすと
「お前が生まれた頃、不穏な動きを見せる弟一家に爵位を渡すことが出来なくて…お前を双子などと馬鹿げたことで乗り越えようとした私の罪が…より大きな罪を呼んだ。もっと早く爵位を返上すべきだった。あのバカなエイブとて一族だ、あいつの罪も当主である私の責任だ。ならば私の手であいつを切る。そして私の罪も告白して、責任をとって縛につくつもりだ。すまぬ、ロザリー…。お前には罪はない。だからお前の命だけは、ルシアン王子に乞うつもりだ。」
「お父様!……エイブは…私が…」
「ロザリー…お前…」
「私はシリルです!!ウィンスレット侯爵家の嫡男である私が、エイブに……引導を渡します。」
人を切る覚悟。
それは…人としての情を捨てる事。
「私はエイブを切り、ミランダ姫を救い出し…そして、そして…お父様を助命を嘆願します。」
「ロザリー!待て!」
「それが…ウィンスレット侯爵家の嫡男シリルとしての勤めです。」
「違う!お前は…私の娘、ロザリーだ。」
私は微笑み、頭を下げ…部屋を飛び出した。
背中にお父様の声とそして……扉が開く音と一緒にルシアン王子の声が聞こえる。
シリルと呼ばれるルシアン王子の声が…
シリル…そう私はシリルだ。
ルシアン王子を、ミランダ姫を守る騎士であり、そして…ウィンスレット侯爵家の嫡男シリル。
ロザリーじゃない。
だから、やらねばならない。
23時まで、あと5時間。
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