王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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私の望み。

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遠くから見る度に、自分とは違うあの漆黒の髪の手触りは、硬いのではないかと思っていたけれど…震えながら触れた黒髪は柔らかく、指先から零れ落ちていった。


「何があっても、俺だけを信じて待ってろ。」


でも…

待ったその先には…辛く厳しい現実があるとしたら…それもルシアン王子がすべてを抱える事になるのなら、耐えられない。国を…そしてミランダ姫を…民を…この方に捨てさせるような事になったら、私は…きっと泣く。
死んでしまいたいほど、辛くて泣いてしまう。


「俺はお前を離さない。」


微笑むのが苦手そうだと思っていたルシアン王子の唇は、熱いキスと、そしてとても強引に甘い言葉を紡ぎながら、私のすべてを奪ってゆく。


でも…


「ロザリー。」

ルシアン王子が私の名前を呼び、また顔を寄せて来られた時、私の左手を包む小さな温もりが動き、ルシアン王子は苦笑すると、
「…これ以上は…」と言って、私の頬を撫でながら

「今回の件の後始末をやってくる。時間が掛かるかもしれないが…必ず片付けてくる。」

「…ルシアン殿下…。」

「だから約束を違えるな。」

「…ぁ…は…い。」

私の声に潜む迷いに、眉を顰められたルシアン王子は私の顎に指を掛け、ミランダ姫が目覚められるかもしれないのに、なにも考えるなと言うように、唇を重ねてこられた。






あれから…4日。

ルシアン王子は私のところには来られてはいない。






「ロザリー。」


私の名を呼ぶ声に、現実に引き戻された私は、慌てて笑みを浮かべると、お父様は私のベットの側に座られ


「陛下と王太子様が目覚められ、軟禁されていた王太子后様もご無事だ。すべてはお前の働きがあったからだ。でかしたぞ、ロザリー。」

得意気にお父様は笑うと続けて
「あれほどの傷を負いながら…。腹筋が内臓の損傷を最小限に留めたとは…さすがだ。」



可笑しかった。
可笑しくて、この数日、私の心を覆っていた霧が晴れてゆくような気がして、唇が綻んだ。
相変わらず、お父様は脳筋だ。


あぁ…私の日常が戻ってきた。
これでいいんだ。これで…。

この命と、そしていつもの日々…これ以上なにも望まない。





「ロザリー?」

お父様の心配げな声に、内心は笑っていたが…恨めしげに

「ほんとに、日頃鍛えた成果がここに現れたんですね…お父様。
なんて!微笑みながら言えません、一応、そう一応私は女です。それも花も恥らう乙女の腹筋が、まるで鋼のようだとは言われて喜べません。」


そうだ。これでいいんだ。
この調子で…笑うんだ。笑ってこれからも生きてゆくんだ。

あの日のことは…夢。
あの言葉は…夢。

ルシアン王子が好きだから、この国が好きだから…笑うんだ。



「い、いや…あの、す、すまん。どうも私はデリカシーがなくて…うまく言えなくてな…」


シドロモドロのお父様に私は微笑むと…
お父様の瞳が揺れた。

「いや、うまくなんて言えなくていいのだよな。ただ、今思っている事を言えば良いのだよな。ロザリー…18年という年月を、女としての華やかな人生を捨てさせ、シリルという名の男として、厳しい人生を歩ませた事を許してくれ。もう、すべてを陛下にお話しておる。すまなかった。」

「…お父様。」


事が終わった時点、お父様は必ず私の事を告白されるとは思っていたが…陛下がどう判断されるかわからないが、お咎めがないとは思えない。

爵位は…いや…爵位どころか…投獄も覚悟しなければならない。

「ロザリー…生きていてくれて、ありがとう。お前は私の自慢の娘だ。」

薄っすらと涙を浮かべ、鼻を啜りながらそう言われたお父様に、私は声が…、泣き声が、漏れないように両手で顔を押さえたが、大きく息を吐きベットから起き上がった。


最後だから、シリルとして…騎士として最後になるかもしれないから、だから…

唖然とするお父様の前に跪き

「父上!私の18年の人生は…シリルとして生きた人生は…有意義な人生でした。私は後悔などありません。今回、騎士としてもお努めも少しではありますが、果たせたと自負しております。今まで師として、私を導いてくださりありがとうございました。」

そこまで、一気に言ったら、体が倒れそうになった。

お父様は慌てて私を支えると
「…この馬鹿者が…。これぐらいの傷でよろめいてどうする。怪我が良くなったら、鍛えなおすぞ。」

そう言って鼻を啜られたが、顔を歪めて

「あ、ぁ…そうだった、す、すまぬ。もう…シリルではなかった。ロザリーに戻るんだった。」

私は笑いながら

「シリルでも、ロザリーでも、私は私です。剣は好きですから、どうかお相手をお願い致します。」

「…そうだな。お前はお前だ。騎士の服から、ドレスに変わるだけだな。」


私は頷いた。


そうだ。私は私だ。例え、この先何があってもだ。

国を、ルシアン王子を守れたのだから。


お父様の嬉しそうな顔を見て…そう思う。
これで良かったんだと。

この先、侯爵家がどうなろうともだ。

でも…ただ…ひとつだけ

もう騎士として剣を握り、国を、ルシアン王子を、守る事が出来なくなることが…寂しい。



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