紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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妹フランシスの足が動かなくなったのは15年前……4歳の秋、母親ローズが邸内の階段から落ちて亡くなったのが原因だった。



あの日フランシスは母と一緒に種を蒔いたコスモスが、花をつけたと侍女から聞いて、母を誘って、ふたりで2階から庭に向かっていた。



(たくさん、お部屋にコスモスを飾るの。)と、大きく手を広げるフランシスを微笑んでいたローズだったが、突然、階段の手前で足を止め、青ざめた顔で後ろを振り返った。



そう、母ローズはなぜか振り返ったのだ。



そこまではフランシスには記憶があるが、それ以上は何も思い出せない。



ただ、階段の下で倒れている母の姿と、泣き声とも悲鳴ともつかないフランシス自身の声が目と耳に15年経った今でも残っている。



だが不幸な出来事はそこで終わらなかった。



母の死を目の前で見てしまったフランシスは、自分が庭に誘わなければ、こんな事にならなかったと思いつめ、心も体も殻に閉じこまってしまい、その苦しい思いは、フランシスの足をまるで凍りつかせたかのように、動けないようにしてしまった。



*****





いつもなら、可愛い妹に会うのにためらうことなどなかったアークフリードだったが…。





偽装結婚。





―ミーナ嬢から言われたとはいえ、若い娘にそんなことをさせる俺を、フランシスは軽蔑するだろうなぁ…。





ため息をつき、妹の部屋の前でアークフリードは長いこと立っていたが、扉の前で小さな声とはいえ、長いことブツブツと言っているアークフリードに気づかないわけがない。



カチャ…とフランシスの侍女が扉を開いた。



アークフリードは慌ててフランシスの部屋に入り、まだ纏まっていない言い訳を口にしようとしたら、アークフリードの結婚に興奮気味のフランシスの声が重なった。



「お兄様!!「フ、フランシス…どうか説明させてくれ」」



キョトンと自分を見るフランシスに、一瞬固まったアークフリードの口からでてきたのは、「あ、あ、いや…」と意味不明な言葉。



それ以上、言葉がなかなか出てこないアークフリードに、動けないフランシスはベットの上で、ため息をつくと少しむっとした顔で



「なぜ、もっと早く教えてくださらなかったの?」



「そ、それは…。」



「ライド様がアツアツで横にいるのがたまらないって聞きました。」



「ア…アツアツ?…」



「それだけ、思いあっていらっしゃる方がいるのなら、早く言って欲しかったです。」





フランシスは、魂が抜けてしまったのかと思うくらい、茫然としているアークフリードの様子をおかしいとは思わず、アークフリードからの恋バナを期待するような目で見ると、矢継ぎ早に質問を口に…。



お兄様は女性に対しては奥手なのに、どうやって口説いたの?



プロポーズの言葉は?



その方のどこに惹かれたの?……etc









―ラ、ライド…おまえ、どう言ったんだ。



アークフリードは頭を抱え俯き、ますます偽装結婚だなんて言えなくなったと顔を歪ませたが…とにかく説明しないとミーナにも迷惑をかけると顔を上げれば…そこには…。





ポロポロと涙を零すフランシスの姿。





「…フランシス…」



「良かった、私のせいでお兄様まで不幸にしたのではと思っていたの。愛する方が出来たんですね、良かった。」 



青い瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出てくるのを呆然と見ていたアークフリードだったが、フランシスは涙を零してはいるが、その目元は…そして口元は笑っていることに、ようやく気がつき、アークフリードも微笑むことができた。



泣いているに幸せそうに笑う…それは奇妙だったが…見惚れるくらいのフランシスの笑顔。



―母を亡くした時、父を亡くした時、兄妹ふたりだけになってしまった時、 己の不幸を恨んだこともあったが時もあったが…この笑顔の為なら…俺は……まだ俺は頑張れる。



フランシスのベッドの上に腰を下ろし、そっとフランシスの頬に伝う涙を手で優しく拭うと、細い体を抱き寄せて、そして戸惑うことなく言葉が出て来た。



「ミーナ嬢はほんとうに素敵な女性なんだ、ぜひ会ってくれ。」





そして思うのだった、 



腕の中の青い瞳を……。

そして力を貸してくれる緑の瞳を曇らせてたまるかと。 
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