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どうして半年も気がつかなかったのだろう。
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11年前
「翔兄~!あのね、花音ね。翔兄が一番好き」
そう言って笑っていた5歳の私がいた。
両親が別れる2年ほど前だった。当時5歳の私は2つ上のお兄ちゃんよりも、翔兄に懐いていた、翔兄はほんとに優しくて、私はかなり邪魔な存在だったろうに、お兄ちゃんや他の男の子たちが嫌がるなか、翔兄は私の手をひいて仲間に入れてくれた。
あの頃、父と母の仲は冷え切っていて、夫婦喧嘩が耐えなかった状況を、翔兄は気にかけていてくれたんではないかと思う。だから、両親の喧嘩が恐くて、アパートの踊り場で隠れるようにして、泣いている私を見つけては、
「花音、一緒にご飯を食べよう。」と言って、自分の家に連れて行ってくれた。
あぁ、そうだ。そうだった。
翔兄のお父さんは、力が強くてよく腕にぶら下がって遊んでもらい、翔兄のお母さんは編み物が上手で、マフラーと手袋を編んでもらったんだった。成長した私にはもう手袋は小さいけれど、今も私の宝物。
居心地のいい翔兄の家。
だから、私はもう家に帰らない、翔兄のお家の子になると言っていたっけ。
うらやましかった。
翔兄のお父さんとお母さんは仲が良くて、うらやましくてたまらなかった。
でも…
そう、でも…
私は心の奥底に置いている、悲しみだけしかはいっていない記憶の蓋を開けた。
あれは私が5歳、兄や翔兄が7歳の頃だった。
交通事故で、翔兄の…翔兄のお父さんとお母さんが亡くなったんだ。
「おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。秋…いや翔兄になにかあったの?」
「俺からは言えないけど…ただ、今あいつの心を支えているのは…平蔵だけかもしれないなぁ」
「……まさか…あのまさかとは思うけど、く、ろい猫だったりして~」
兄は、大きく目を見開き…
「おまえ、いつ超能力者になった……」
兄のバカバカしい物言いに、いつもなら呆れたようにため息ぐらいはでるのに、今の私はあわわわ…と口を動くのだけだった。
なにが、起こっているのだろう?私の目は兄に縋ったが、この兄貴では…と頭が拒否する。
でも、誰にも言えない、いや信じてもらえないだろう。
兄を見ては頭を振り、また兄を見ては頭を振る…その繰り返しを兄は訝しげに見ていた。
その夜、心臓が飛び出すくらいドキドキ感が、堪らなくて眠れなかった。でも寝ないと、確かめられない。
これは現実なんだろうか?私が…猫になってるのは…。あの翔兄の…猫に…。
翔兄のご両親が亡くなってから11年。
当時、5歳だった私が覚えていることは…それほどない。でも翔兄のお父さんとお母さんのお葬式は覚えている。
親戚も少なく、そして一人息子の翔兄は入院していて、本当に寂しいお葬式だった記憶がある。
そうだ、喪主は父方の祖父だった…。
今、一緒に暮らしているのは、そのおじいちゃんなんだろうな。
翔兄が【…じいちゃんって無口でさ、今なら何を考えているのかわかるけど、小さい頃は何を考えているのかわからなくて、一緒に暮らしていけるんだろうかと不安だった。そんな不安な気持ちが顔に出ていたんだろな、突然じいちゃんが、俺を抱きしめたんだ。困惑したよ。】そう言って、笑った翔兄を思い出した。
良かった。少なくともあれからは幸せだったんだ。
最後に翔兄に会ったのは、あれは翔兄が引っ越す日。
荷物が次々と運び出される様子を、翔兄は顔を歪め、泣くのを我慢していた。
頭に包帯を巻き、骨折し三角巾で吊っている翔兄の左手には、家族の写真が握られていた。
私は翔兄の怪我をしていない右手を握ると、翔兄は繋がれている手を見て、そして私の顔を見て…
「ひとりぼっちになっちゃった…」
と言って、また片付けられていく部屋を見つめていたが…そのうち翔兄の目から涙がポロポロと零れた。
でも翔兄は泣き声はあげなかった。
だから私は、翔兄の手を強く握り、そしてうまく泣けない翔兄の代わりに大声で泣いた。
「ひとりぼっちになっちゃった…」と言った翔兄に、私がいるからと言葉に出来ない分、翔兄の手に伝えたかった。
私がいるから、翔兄の側にいるからとひとりなんかじゃないと伝えたかった。
あの日、雨で誰もいない校庭で、雨の音に紛れるように泣くあの姿は、確かに、翔兄だった…。
うまく泣けないあの時の…7歳の翔兄だった…。
いつ、眠ったのだろうか。
気がついたら翔兄のベットの上で、丸くなり、翔兄も机に伏して眠っていた、勉強をしていたのだろうか…。
私は机に飛び乗り翔兄を見た。
どうして半年も気がつかなかったのだろう。
あの頃と同じ、茶色い癖のある髪も、意志が強そうな眉も、口下手でうまく話せない口の代わりに、表情豊かに揺れ動く切れ長の目も変わっていないのに。
翔兄…。なにがあったの?
お兄ちゃんが側についててやりたいと思う出来事ってなんなの?
言葉に出来ないもどかしさに、私は小さく鳴いて、翔兄の頬に頭を寄せた。
「翔兄~!あのね、花音ね。翔兄が一番好き」
そう言って笑っていた5歳の私がいた。
両親が別れる2年ほど前だった。当時5歳の私は2つ上のお兄ちゃんよりも、翔兄に懐いていた、翔兄はほんとに優しくて、私はかなり邪魔な存在だったろうに、お兄ちゃんや他の男の子たちが嫌がるなか、翔兄は私の手をひいて仲間に入れてくれた。
あの頃、父と母の仲は冷え切っていて、夫婦喧嘩が耐えなかった状況を、翔兄は気にかけていてくれたんではないかと思う。だから、両親の喧嘩が恐くて、アパートの踊り場で隠れるようにして、泣いている私を見つけては、
「花音、一緒にご飯を食べよう。」と言って、自分の家に連れて行ってくれた。
あぁ、そうだ。そうだった。
翔兄のお父さんは、力が強くてよく腕にぶら下がって遊んでもらい、翔兄のお母さんは編み物が上手で、マフラーと手袋を編んでもらったんだった。成長した私にはもう手袋は小さいけれど、今も私の宝物。
居心地のいい翔兄の家。
だから、私はもう家に帰らない、翔兄のお家の子になると言っていたっけ。
うらやましかった。
翔兄のお父さんとお母さんは仲が良くて、うらやましくてたまらなかった。
でも…
そう、でも…
私は心の奥底に置いている、悲しみだけしかはいっていない記憶の蓋を開けた。
あれは私が5歳、兄や翔兄が7歳の頃だった。
交通事故で、翔兄の…翔兄のお父さんとお母さんが亡くなったんだ。
「おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。秋…いや翔兄になにかあったの?」
「俺からは言えないけど…ただ、今あいつの心を支えているのは…平蔵だけかもしれないなぁ」
「……まさか…あのまさかとは思うけど、く、ろい猫だったりして~」
兄は、大きく目を見開き…
「おまえ、いつ超能力者になった……」
兄のバカバカしい物言いに、いつもなら呆れたようにため息ぐらいはでるのに、今の私はあわわわ…と口を動くのだけだった。
なにが、起こっているのだろう?私の目は兄に縋ったが、この兄貴では…と頭が拒否する。
でも、誰にも言えない、いや信じてもらえないだろう。
兄を見ては頭を振り、また兄を見ては頭を振る…その繰り返しを兄は訝しげに見ていた。
その夜、心臓が飛び出すくらいドキドキ感が、堪らなくて眠れなかった。でも寝ないと、確かめられない。
これは現実なんだろうか?私が…猫になってるのは…。あの翔兄の…猫に…。
翔兄のご両親が亡くなってから11年。
当時、5歳だった私が覚えていることは…それほどない。でも翔兄のお父さんとお母さんのお葬式は覚えている。
親戚も少なく、そして一人息子の翔兄は入院していて、本当に寂しいお葬式だった記憶がある。
そうだ、喪主は父方の祖父だった…。
今、一緒に暮らしているのは、そのおじいちゃんなんだろうな。
翔兄が【…じいちゃんって無口でさ、今なら何を考えているのかわかるけど、小さい頃は何を考えているのかわからなくて、一緒に暮らしていけるんだろうかと不安だった。そんな不安な気持ちが顔に出ていたんだろな、突然じいちゃんが、俺を抱きしめたんだ。困惑したよ。】そう言って、笑った翔兄を思い出した。
良かった。少なくともあれからは幸せだったんだ。
最後に翔兄に会ったのは、あれは翔兄が引っ越す日。
荷物が次々と運び出される様子を、翔兄は顔を歪め、泣くのを我慢していた。
頭に包帯を巻き、骨折し三角巾で吊っている翔兄の左手には、家族の写真が握られていた。
私は翔兄の怪我をしていない右手を握ると、翔兄は繋がれている手を見て、そして私の顔を見て…
「ひとりぼっちになっちゃった…」
と言って、また片付けられていく部屋を見つめていたが…そのうち翔兄の目から涙がポロポロと零れた。
でも翔兄は泣き声はあげなかった。
だから私は、翔兄の手を強く握り、そしてうまく泣けない翔兄の代わりに大声で泣いた。
「ひとりぼっちになっちゃった…」と言った翔兄に、私がいるからと言葉に出来ない分、翔兄の手に伝えたかった。
私がいるから、翔兄の側にいるからとひとりなんかじゃないと伝えたかった。
あの日、雨で誰もいない校庭で、雨の音に紛れるように泣くあの姿は、確かに、翔兄だった…。
うまく泣けないあの時の…7歳の翔兄だった…。
いつ、眠ったのだろうか。
気がついたら翔兄のベットの上で、丸くなり、翔兄も机に伏して眠っていた、勉強をしていたのだろうか…。
私は机に飛び乗り翔兄を見た。
どうして半年も気がつかなかったのだろう。
あの頃と同じ、茶色い癖のある髪も、意志が強そうな眉も、口下手でうまく話せない口の代わりに、表情豊かに揺れ動く切れ長の目も変わっていないのに。
翔兄…。なにがあったの?
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