恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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見えない涙

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翔兄の頬から感じるこの温かさが、夢ではないのなら…。

もう一度、会いたいと思った。
ううん、会わないといけないと思った。

だから…

眠っている翔兄の横顔に(挨拶にいってくるね。)と言って、ほんの少し開いていたドアをすり抜け部屋の外へとでた。どうやら、翔兄の部屋は2階だったらしい。2階は、あと2部屋あるがドアを押しても動かない。あきらめて階段を下りてみると、下はリビングとキッチン、そして和室があり、襖が少し開いていた。

たぶん、ここ。

頭が入れば体はすんなりと、狭い隙間をなんなく通り抜けられた。その先は二間続き和室で、そして奥の和室は…。

仏間だった。

ここだ。
昨日見た写真はこの部屋で見たんだ。
キョロキョロと見渡すと、仏壇にその写真は飾られてあった。


家族三人の写真。
無邪気な笑顔の翔兄と翔兄のお父さんとお母さん。ふたりは翔兄を挟んで笑っている。

(お久しぶりです。)

そう言って、歩み寄り

(ごめんなさい。翔兄のお父さんとお母さんを記憶の奥底に入れて、あの時の怖さと悲しさを忘れようとしてた。だから翔兄のこと、気が付かなかったのかもしれない。)

小さい頃は、テレビの話、お菓子の話、幼稚園の話…いっぱい翔兄のお父さんとお母さんに話していたのに、今は言葉が出てこない。

(私…)

ようやく、でてきそうだった言葉は、翔兄が私を…平蔵を呼ぶ声で行き場を失い、そのまま胸の中で止まった。
 


「平蔵…!平蔵…!」

「にゃあ~(翔兄、仏間だよ。)」

私の声に気がついた翔兄が、仏間に顔を出し
「今、じいちゃん入院しているから、ここに入れるけど、じいちゃんがいたら追い掛け回されていたぞ。」

と笑いながら言ったつもりだったのだろうが、その顔に本当の笑みが浮かんでいなかった。


入院・・・?!


そう思ったら、頭の中で翔兄が言った、あの不安げな言葉が次々を思い出した。


『どこにも行かないで、俺と一緒にいてくれ…。』

『ひとりはもう嫌なんだ。』

そして、そう言って、より私を抱きしめてきた腕を…私は思い出していた。




まさか…おじいさんは…

私は、翔兄を見つめ
「にゃぁ~(翔兄…)」と鳴いた。

翔兄は、私を抱き上げ…
「平蔵…。」
と言って、仏壇の前に座ると、笑っている11年前の家族の写真を見ながら

「11年前、両親が事故で亡くなったことで、俺の周りが次々と変わって行き、心が追いつかなかった。両親の死でさえ、わからないくらい…周りの変化に戸惑っていたんだ。

住んでいたアパートから、荷物がどんどん出て行くのを見たとき、俺は…あぁひとりぼっちなったんだ。
もう、父さんや母さんはいないんだと…ようやく理解できた。

だけど、次に感じたのは恐怖。

奈落の底に落ちていく感じだった…恐かった…。それを引き止めてくれた子がいたんだ。

幼馴染の女の子で、俺の手を握って泣いてくれたんだ。何かに押さえ込まれたように、俺は声も涙も出すことができなくて、このまま悲しみに押しつぶされ、奈落の底に落ちそうだった。そんな時、俺の手を握って、彼女は泣いてくれたんだ。俺は大きな声で泣く彼女に、握ってくれる温かい手に…教えてもらった。もう戻れない幸せを見送り、新しい幸せを見つける勇気を持てと…。」

そう言って、私の頭を撫で

「俺、頑張ったんだぜ。父方の祖父に引き取られてから、勉強もスポーツも…。俺はあの頃とは違う強い自分を、彼女に見せたかった、そしてあの時はありがとうって言いたかったんだ。半年前に会えたんだけど…だけどちょうどその頃に、じいちゃんが倒れたんだ…脳腫瘍だった。」

私の頭を撫でていた、翔兄の手が震えるのがわかった。

「昨日の電話…じいちゃんが入院している病院からなんだ。数日前、もう手術をするのにも体力がないから、ホスピスに…と担当医から言われ、その返事を…と言う電話だった。

でも俺がじいちゃんの人生を決めるなんて…できない。どちらかを選ぶことなんかできない。

俺は…

じいちゃんが、最後までじいちゃんらしく、尊厳をもって過ごして欲しいと思う反面、一日でも長く生きていて欲しいと…俺は、俺は思ってしまうから、だから簡単に答えなんか出てこない。出てこない!」

翔兄の撫でていた手が私から離れた。


「数日前のあの雨の日…病院からホスピスの紹介があったあの日。

俺は壊れそうだった。

雨の中で…またひとりになるかもしれない、また大事な人を見送ることになるのかとそう思ったら、もう耐えられなかった。その時おまえが、俺の足元で、汚れた俺の足元で、尻尾を絡ませて来てくれた。

嬉しかった。
一緒にいてくれて…ひとりぼっちじゃないと言ってくれているような気がしたんだ。…おまえは猫だもんなぁ…勝手に俺がおまえに助けを求めて、勝手におまえを、崩れそうになる俺の心の支えにしていることもわかっている。…ごめん…平蔵。」



翔兄の目には、涙はなかったが…でも私には頬を伝う涙が見えた。
その涙を私は舐め取るように頬をそっと舐めた。

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