恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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躊躇した唇(3/8)

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ロータリーに入ったら速度が落ち、車が左側の駐車スペースへと行く。

「じゃぁ…また…。」
そう言って、もう止まるであろう左側の景色へと目をやった。


「今日は…。」

「えっ?なに?」

「今日は帰さない。」


彼はそう言って、右へとハンドルを切った。

「ま、待って!どうして!」

「話があるんだ!」

話…それって……別れようってこと?こんな関係が続くとは思ってはいなかったけれど、覚悟がまだできていない。
泣いて縋るようなことをしたくないから、もう少し待って欲しいと言いたいのに…でも、言葉がでない。

唇から出たのは…震えた声。

「…だ…だめ。まだ駄目!」

「彩矢!頼む…俺はこんな形で君と会うのは嫌なんだ。」

…嫌なんだ。
耳に残る言葉に私は項垂れた。それは彼から見たら頷いたと思ったのだろう、車は駅を出て近くの地下駐車場に入っていった。


23時を過ぎたのに地下駐車場には、まだたくさんの車が入っており、彼の車は地下1階から地下2階へと降りていく。私が住む町もそれほど小さい町ではないと思う、でもここのように大きな駅やビル、そして地下に駐車場なんてない。

車も外車が多いなぁと駐車されている車を見てぼんやり見ていた。ぁ…彼の車もそうだ。外国の車だ。前は車なんか持っていなかったのに、この町に来て購入したんだった。そう…心が寂しいと思い始めたのは、この車が最初だった。(車はもっと給料があがってからだなぁ。)と言ってショールームを見ていたあなた。でも会社のエリートコースへと歩き始めたあなたには、車の購入は悩む問題にはならなくなっていた。二人で過ごしたあの町を出て、まだ1年にもならないのに、彼の生活がこの町に染まって行くのが寂しかった、そして怖かった。


おしゃれな街、おしゃれな車……おしゃれな女性に囲まれる生活に、彼が変わってゆくのが怖かった。


エンジンの音が止まった。あぁ…これが最後なのかなぁ。
ずっとあなたの顔を見るのが怖かった。目が合えば話しかけられる、それはきっとサヨナラと言われる話だと思っていたから。


彰吾、顔を見せて。

少し茶色な猫毛、凛々しい眉に二重の眼、左目の下の黒子、薄い唇…大好きだったの、入社式であなたを見た時から、斜め前に座るあなたにドキドキして、入社式で来賓の挨拶が誰だったのかも覚えていないくらい。
だから、嬉しかった。あなたから好きと言われて。もう人生の幸運をすべて使ってしまったと思ったぐらい。


「ごめん、家に戻ればいいんだろけど、早く聞きたいんだ。彩矢が何を思っているのか。」


あなたを見つめるだけの私に、あなたは顔を歪ませ
「話したくないのか…。じゃぁ、なぜなんだよ!なせ俺に抱かれるんだ!話したくないほど嫌な男に…どうして?」

何を言ってるの?どうしてと言うのは…私のほうなのに

「…決まってるじゃない!あなたが、彰吾が、好きだからにきまってるじゃない!好きだから…抱かれたいにきまってるじゃない。…あなたを諦めきれなかった。あなたは私が会いに行くことを断らないんだもの。もうわからないの…あなたの心がほかの女性へと傾いていくのをどうやって止めたらいいのかわからない。とても…あの人に勝てそうにもないから…私は…。」

支離滅裂になってゆく私の言葉に、彼は大きく目を見開き
「ちょっと待って…。

彼の意外な言葉と重なって、あの女性の声が聞こえた。


【彰吾さんが悩んでいたわ。地方都市で知り合ったあなたと縁が切れないことを。彼ってやさしいからあなたを簡単に切れないのね。だからあなたから身を引いて。あなたがいるから私と彰吾さんはお付き合いが進められないの。】

あの人はそう言ったもの。あの人は…。

「あ、あの人…って、高倉さん…高倉 友梨佳さん。」

「高倉…?なんであいつが出てくるの?前に駅で会っただけの…高倉がなんで?俺、紹介しただろう。経営戦略部の同僚だって、高倉だって普通に(同じ経営戦略部の高倉です。)って挨拶して…それがどうして?」



思いがけない彼の返答に、私は「でも…。」と繰り返す言葉しか出てこなかった。
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