恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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躊躇した唇(7/8)

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「どうして…あなたがここに…」

高倉さんの声は小さな声だったが、静まり返った深夜にははっきりと聞こえ、それが彰吾のイラつきを大きくしたのか、強い眼差しを高倉さんに向け

「俺の彼女がここにいるのが、なにか問題があるとでも?」

相良さんも彰吾の言い方にトゲを感じたのだろう、彰吾の顔を驚いたように見ている。その表情に私は、思わず唇を噛んでいた。


ここで高倉さんとは会いたくなかった。このままだと相良さんは高倉さんと彰吾、そして私との間に何か問題があった事に気づいてしまうかもしれない。相良さんと彰吾の屈託のない会話に、職場内の空気は良いんだと思っていたから、もし気づかれたら高倉さんの立場も、それによって職場の空気も変わってしまうのではと思うと嫌だった。

だから…。

「…高倉さん、お久しぶりです。」と言って、彰吾と相良さんに向かって「すみません、高倉さんにお願いしたいことがあって、女同士で話をしてきていいですか?ちょっと男性の方の前では話しづらいので。」と言って笑みを浮かべた。

「えっ…は、はい。」戸惑うように相良さんは言い、高倉さんは睨むように私を見つめ、彰吾も高倉さんを睨み、「高倉…おまえ…」の後に続く怒りに満ちた言葉が迸りそうな唇を私は…私の手でそっと塞いだ。

「大丈夫だよ。彰吾が勇気をくれたから、逃げていた私に勇気をくれたから…大丈夫。」

私は彰吾の眼を見つめながら、彰吾の唇に触れた手をしっかりと握りしめた。




「ここでいい?お店に入って、あなたと向かい合って話をするなんて…嫌だから。」
そう言って、高倉さんは振り返った。

ここは駐車場から5分ほど歩いた公園だった。

高倉さんはつまらなそうに、私を見るとブランコに腰をかけ
「はい!全部嘘でした。あなたが誤解するように話しました!これでいい?!あぁ、吉崎さんの前だから良い子ぶってるから、きっと吉崎さんには確かめないだろうと思っていたのに…甘かったな。戦略部の私が策に溺れるとは…。さぁあなたも馬事雑言をどうぞ!ここなら吉崎さんにも相良さんにも聞こえないから、これからも良い子ぶりっ子は続けられるわよ。」

「良い子ぶっているわけじゃないです。ただ、高倉さんとも親しい相良さんの前では言ってはいけないと思っただけです。」

「私の立場を考えたわけ?それが良い子ぶってるって言ってるの!そこがイラつくの!」

「…あなたの立場というより、彰吾がいる職場の空気を悪くしたくなかっただけです。」

高倉さんはフ~ンと言うとブランコを漕ぎ出し
「そうやって、良い子の顔で吉崎さんに近づき、体で誘ったの?」

「そんな…違います!彰吾とは入社式で…。」

「えっ?ちょっと待って!」と言って高倉さんは「あなたも同期なの?」と言ってブランコを止めた。

「えぇ、でも私は彰吾や高倉さんと違って支社での採用です。でも入社式の時、たまたま本社採用者の最後の列に彰吾がいて、支社採用者の列の一番前に私がいたんです。素敵だなぁとチラチラ見ていたのを彰吾は覚えていたんでしょうね。支社に配属された時私を見て、入社式の時俺の斜め後ろにいた人だよねと声を掛けられたのが切っ掛けでした。」

「…吉崎さん…あなたを覚えていたの?千人近い新入社員がいたのよ。どうして?」

「多分彰吾が隣の席の女性と話す度に、私と目があっていたので、私が彰吾を見ていたのがわかったんでしょうね。だから覚えていたんだと思います。」

「待ってよ。そんなの…そんな事って…。」

高倉さんは両手で顔を覆うと、しばらく黙っていたが小さな声で「…バカみたい」と言って私を見た。

「…入社式、吉崎さんの隣に座っていたのは…私。」

「…えっ…。」

「いろんな話をしたのよ、これから1~2年は支社に配属されるけど何れは本社。その時はよろしくね。と挨拶して…ようやく経営戦略部で会えたのに…私はこの日を待っていたのに…吉崎さんは…私を覚えていなかった。隣の席に座って、話をしていたのによ。その後、吉崎さんに彼女がいることを知ったわ。」

足元にあった小石を蹴り、大きなため息をつき
「入社式で連絡先を交換しようと言っていたのに、入社式が終わったら、人の波に押され吉崎さんを見失ってしまい、連絡先を交換できなかったことを後悔したわ。でも1~2年後には会えるんだもの。私と吉崎さんは赤い糸でつながってるから、焦る必要なんてないって思ってた……ほんと…どうしてそう思ったのかしら。出会いが運命的だと思ったせいかなぁ、千人近い人がいる入社式で、理想の男性が隣の席だったことが運命だと思ったんだけど…。でもあなたのほうが運命的な出会いだったのよね。バカみたい。自分が物語の主人公になったみたいに…私は吉崎さんと結ばれるのが運命だって思っていたの、本気でね。ほんと笑っちゃう。」


高倉さんはそう言って笑ったが、その目には涙がいっぱいだった。






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