恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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躊躇した唇(8/8)

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「どうやら、お迎えが来たみたいよ。」高倉さんはそう言ったが、その先の言葉を躊躇うように何度も唇を舐め、何か言おうとしてるようだったが顔を歪め、視線を下に向けると請うように「お願い…。」と言った。

訳が分からず、「えっ?」と答えた私に、高倉さんは視線をあげ私を見ると

「お願い。吉崎さんに告らせて。一度も気持ちを伝えることなく終わったら未練が残りそうなの。だから吉崎さんにはっきりと振られたい。」

何も言えなかった。私は小さく頷くと小さな声が返ってきた「ありがとう。それから…ごめん。」

彰吾へと歩き出す高倉さんの足取りはゆっくりだった。
スローモーションのように近づいていくふたりに、心がざわめかなかったわけじゃないけれど、私へ(お願い)と頼んだ高倉さんの言葉が、心に響いたから…。
彼女は今までずっと第一線で走ってきた女性なんだろう。美人で学歴もあるし、彰吾も彼女の仕事を評価していたし、そんな人が恋と言うマニュアルがないものに、どう手を付けていいのかわからず、嘘で相手を貶めるという禁じ手を使ってしまったことを、今後悔しているように思えたから。

それは私も同じだ。周りどころか、自分の気持ちさえ見えなくなってしまい、愚かな事をしてしまうのは。

私は高倉さんのような美人で仕事もできる女性に憧れていた、そんな女性が彰吾の前に現れたことで、動揺してしまった。私は私以上にはなれないのに、本当の自分に自信がなくて、素敵な女性だと思われたくて、彰吾に自分の中の不安を口にせずただ逃げて、そう逃げて、体だけでもいいからと…より自分を貶めていたことさえわからなくなっていた。



10メートル先に彰吾と高倉さんがいる。
それはほんの数分だった、高倉さんが頷くと公園を出て行き、彰吾は公園へと…私へと向かって歩いてくる。


去ってゆく高倉さんの背中と、彰吾の顔を交互に見ながら思わず…。

「…高倉さんは彰吾の事が…」と言って私は口を閉ざした。

これ以上は私が口にしてはいけないと思った、どんな言い方をしても高倉さんも、彰吾も気分が良くなる話ではない。いろんな思いがいろんな傷となって、心に残ったのだから。

黙ってしまった私を、彰吾は腕の中で囲うと
「うん、だから俺も真摯に答えた。俺には自分よりも大切な人がいるから、その気持ちには答えられない。でもありがとうって言った。」

彰吾は頬を私の頭の上に置き
「俺さ…。高倉から入社式の時から…と言われた時、俺が彩矢に感じた気持ちと同じように、運命を感じたのかと思ったら、今まであいつが彩矢にしてきたことを強く責められなかった。俺も…一歩間違えれば、あいつみたいなことをやっていた気がしたから。」

それは…私も同じだった。


「入社式で彩矢を見た時、もう心臓がバクバクで絶対連絡先を聞いてやると思っていたんだ。だけど…式が終わったら見失って、あの日は落ち込んだなぁ。でも配属された先に彩矢がいて、もうこれは神様がガンガン行け!と言ってる気がして、でも確実に彩矢を手に入れるためには強引に攻めてはいけないと抑えるのに苦労した。

だから…昨年のクリスマスまで我慢して…。なのにここ数ヶ月、俺達は心がすれ違ってしまった。

それは高倉だけのせいじゃない。俺も悪かったんだ。彩矢がなにか悩んでいる、でも俺に話せないということは…と考えていたら、悪い事しか浮かばなくて…。体だけでも俺を求めてくれるのなら、まだ彩矢は俺から離れて行かないとか…思っていた。ごめん。」

「私も!ごめんなさい。私は劣等感の塊で、いつ彰吾が私がつまらない女だと気が付くのじゃないかと、いつも怖かった。そんな時、私がなりたかった美人で仕事ができる女性が…高倉さんが、彰吾の前に現れて私はより動けなくなったの。いつか振られると怯え、彰吾が私を求めてくれるたびに安心して、ほんとに何をやっていたんだろう。」

「ほんとに…俺達なにやっていたんだろうな。でも、一番悪いのはやっぱり俺だ。転勤するときにちゃんと言えばよかったんだ。結婚を考えていると。」

そう言って、まるで逃がさないというように、より強く私を抱きしめた。

「本社で一目置かれるような存在になって、外車に乗って、カッコよく彩矢にプロポーズしようなんて考えていたから…。車だけはどうにか買ったけど、仕事はまだまだだし。わぁ俺ってカッコ悪。」

そうか…車はそうだったんだ。そう思ったら唇が緩んでしまった。
彰吾の心臓の音が早い、きっと私も同じようなリズムを刻んでいる。きっと同じ気持ちでいてくれる。


「ねぇ、彰吾。私ね、もういろいろ考えすぎて何も言えなくなってしまう自分とサヨナラする。」

「彩矢?」

私は彰吾の胸から顔を上げ

「もう彰吾と離れるのは嫌だから、結婚してください。」

「俺が…プロポーズするつもりだったのに…。」

「躊躇したからよ。」と笑ったら、彰吾は「返事は…」と言いながら、私の頭を優しく包み込むように触れていた手が、力強く押さえ込まれるような手に変わり熱い唇が私の唇を覆った。














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